亮平 59
三が日が開けて仕事が始まり、その日は得意先周りで大忙しの1日だった―。
午後9時―
「ふぅ〜…疲れたな…」
仕事が終わり、帰宅するとネクタイを緩めた。
「お帰り、亮平。今日は忙しかったのか?」
俺よりも先に帰宅していた父さんがリビングでビールを飲みながらテレビを見ていた。
「ああ、今日は新年の挨拶に得意先を回っていたからな…父さんは早かったんだな?」
「もうお前のように外回りするような役職じゃないからな」
ニヤリと笑みを浮かべながら言う。
「無理言うなよ。まだ入社して2年目なのに…」
「亮平、先にお風呂に入ってきたらどう?今夜はキムチ鍋よ」
「お、うまそー。それじゃ先に風呂入ってくるか」
俺は一度部屋に戻る事にした。
部屋着と着替えを持って風呂場へ行くと、スーツを脱いでハンガーに掛けると早速風呂場の扉を開けた―。
****
30分後―
「ふぅ〜…いい湯だったな…」
風呂から上がり、リビングへ行くと既に食事の準備が出来ていた。
「亮平、もう鍋の準備出来ているわよ」
「ああ、ありがとう…」
椅子を引いて座ると、母さんが鍋敷きの上に大きな土鍋を運んできた。
「はい、熱々よ〜…」
母さんが鍋の蓋を開けるとキムチのつゆの中で具材がグツグツ煮え立っていた。
「うまそうだな〜」
早速お玉で器によそうと箸を付けた。
「うん!美味いっ!この辛味がいいなっ!」
そしてふと思った。鈴音にも鍋を食べさせてやりたい…と。すると俺の気持ちを見透かしたかのように母さんが言った。
「鈴音ちゃんにも食べさせてあげたいわね〜。一人暮らしだと中々お鍋料理なんて出来ないだろうから…」
そうだ!俺から誘いにくくても母さんからなら…!
「あ、あのさ…だったら…!」
すると父さんが言った。
「でも鈴音ちゃんにはもう彼氏がいるかもしれないぞ?今頃一緒に鍋だってつついているかもしれないじゃないか。何と言っても鈴音ちゃんは美人だし、気立てもいいからな」
何?!す、鈴音に彼氏…?!
「…」
俺は無言でキムチ鍋を急いで食べ進めた。
「どうしたのよ、亮平…そんなに急いで食べたら火傷するわよ?」
そして次の瞬間―。
「アッチーッ!!」
俺は口を火傷してしまった―。
****
火傷でヒリヒリする舌で苛つきながら部屋に戻ると、すぐにスマホをタップした
「男と一緒かどうか確認してやるっ!…ん?」
するとスマホに着歴が残っていた。
「何だ?風呂に入っているときに電話がかかってきたのか…?え?川口じゃないかっ!」
俺は急いでスマホをタップした。
トゥルルル…
トゥルルル…
『もしもし』
5コール目で川口が電話に出た。
「おい、突然一体どうしたんだよっ!」
『ああ、ちょっと色々あってな…とりあえず新年明けましておめでとう』
「おい、何呑気に新年の挨拶をしてくるんだよ?用件は何だよ?」
すると川口が言った。
『ああ、実は俺の弟の事でなんだ』
「え?弟?お前に弟がいたのか?」
『そうだよ。名前は和也。19歳だ。今大学に通いながら派遣であちこちの飲食店のアルバイトをしているんだけど…鈴音に会ったって言うんだよ』
「何だって?て言うか…その前に、何でお前の弟が鈴音の事を知ってるんだよ。ひょっとして会わせたことでもあるのか?」
『いや、会わせた事はない…写真は見せてるけどな』
「何だってっ?!写真だってっ?!」
こいつ…勝手に鈴音の写真を…っ!
『別に良いじゃないか。写真を見せたときはまだ鈴音とは恋人同士だったんだから。自慢の恋人なら紹介したいと思わないか?』
今の自分の立場を分かっていて、そんな口を叩くのか…?!
「そ、それで…お前の弟は鈴音の顔を覚えていたっていうのか?」
『ああ、何しろ鈴音は美人だから…弟も顔を赤くして見ていたから覚えていたんだろう?それで年末に偶然千駄ヶ谷のファミレスのバイト中に鈴音に会ったって言うんだよ』
「な、何だって…?」
千駄ヶ谷なら…間違いないかも知れない…。
『弟に聞いたんだよ、鈴音…ファミレスで泣いていたらしい。しかも俺の名を呟いていたって…その話を聞いて確信したよ。鈴音は間違いなく…まだ俺の事を思っていてくれているんだと。だから俺は決めたよ』
「き、決めたって…。何をだよ…」
川口の自信有りげな声を聞いていると、頭が痛くなってきた。
『必ず婚約者とは別れて…鈴音ともう一度やり直して…プロポーズするって』
「プロポーズ…」
俺はスマホを強く握りしめた―。