其七 我が心はかくもあさきか
渡殿にて、女房ども物語りたり。
「近ごろ、天竺葵の女御、いささかつれなくあらざるか」
「かかるめり。例の笑みは優なれど、すげなきこわづかひも、折々」
彼らのおぼえはまことなりけり。女御みづからさへ、あやしく思ひたりけることなり。幼き折より礼をならひて、男どものよばひも、蔑みも、さだめて忍ぶるすべを、まほに学びたれば、いかなる者どもをも見おとさず、あまた褒むられどもおごることなからで、他の歌詠みの優れたるをかのごとく厭ふかと、みづからのかみからをうたてに思ふ。
天竺葵の女御が歌の美しきは、生まれしおりよりつとしのぎたるがゆえなり。しかれども、野茨の更衣、げになのめならず努めたるといへど、彼のなからほどもしのぐことなくして彼並みの歌をぞ詠む。歌合にて更衣が歌褒められ、帝の召させ給ふが増すにつれ、女御が心地、いよいよいらちたれば、これこそ嫉む心なれと思ひ及びて、嘆きつべくなりぬ。
歌合にて、左にさぶらふ更衣、けふの歌はきはめて優れたると判者どもにゆるされ、天竺葵の女御さぶらひたりける右にまさりにけり。女御、帝を見ゆるに、更衣に笑ませ給ひて、女御にひとめ賜ふ気色すら無かるめれば、いよいよもだし、ものいはぬなりぬ。
さる時、更衣、新たに参りたる日のかそけくうち歪みたる声につゆ似ざる、先に歌詠む折ののびやかなる声にて、さやにぞ言ひける。
「我に歌を教へしは、右におはする天竺葵の女御なりき。されば我が歌、彼に及ばざるが常なりて、それは、今宵もまた然り。彼の歌、日頃月頃いとよけれど、今宵は常とも異なる雅ありき。無学なるあづまびとも心得たりしことゆゑ、みな思し及びしことならめど、右なる御方どもののたまひざりしかば、判詞済みて勝ち負けのふみなき今、差し出でたるやうなれど、ここに申すを許したまへ」
さてまた、更衣、女御の歌のいとめでたきこと、あまたの雅なることを、いちいちつまびらかに述ぶ。いづれもまさに、女御の案じたることなりけり。
女御は、まるでみづからの顔の前の扇をたちまちにとらるるがごとく思ゆれど、左右にさぶらふものども驚きて、かのごとくゑしゃくせらるるか、げにみやびなり、まことなりと、口々にののしり初むれば、先の穏やかならざる心地うち失せて、またかのごとく変わりし自らの心を、あさましく思ひにけり。
「されど、かの事どもの分かずとも美しきと言はるる歌こそ、真に良き歌ならむ。更衣の歌どもには及ぶまじ」
女御、念じつつ、かく言ひてのち、つと立ちて罷りにけり。




