其六 満ちたらざらばまごころ知らず
例によりて、帝、天竺葵の女御を召させ給ひて、逢瀬は定められたりし宿世なり、遥かとほき世まで愛でむとの契りをぞ交はさせ給ひけれど、女御、まことの言なりやと問ひかへしさぶらふ。
「こはいかに」
「いや、妾は」
言はむとせざりけるに、つれなきかへしの、おのづから出で来たるはあさましく、おほけなくしてなめげなるみづからの言に、女御みづからいといたふまどひぬ。されど帝の御心のおほきくあらせ給ひければ、帝、事ともせざる御気色にて、げにやげに、汝にまさるひとかはある、憂ふることなかるべしとぞ、彼の艶かしき髪をやをらかいなでつつ、のたまひける。
女御の心のうちにかかることのおぼえたるは、ことはりなめり。このごろ、帝の天竺葵の女御を召させ給ふことぞいささか少なくなりて、野茨の更衣の召さるること、いよいよ増しにけり。しかれども、常の女御はきはめてこころうつくしくありて、人を試さむ言を申すこと、彼にはよもありぬべからざることなれば、あまたの女御更衣、女房従者ども、なべて皆々あやしがりけり。
またの夜、歌合ありけり。天竺葵の女御と野茨の更衣は共に左にさぶらふ。野茨の更衣の歌にうち笑う者はつゆあらざれど、天竺葵の女御のみぞ、定めて彼を称へける。他の者どもの褒めざるは、更衣の歌の悪しかるにあらず。更衣の歌のみやびなることを感ぜられざる者は宮になかりけり。皆々、今参りの、鄙より来たる更衣の歌の、誰よりもめでたく優なることを、はや思ひ知りぬれば、そねむ心も失せにけり。なのめなる歌詠みは、更衣の歌のやむごとなきを知るとも、よきゆゑを知りて褒むること叶はず。いはけなきよりおぼろけに学び、さうなき才ありたる天竺葵の女御のみぞ、その巧みなるを心得、わざをいといたう褒めつつ、なほいたらざるを教ふ。
この夜は、例によらずして、野茨の更衣が歌のいとよきこと、判者が述ぶる。更衣、大いに喜びて、しかれどもおごることつゆほどもなく、かのごとき歌詠むを得るは女御が手ほどきが故なりとぞ、はなやぎて言ふ。
女御は彼の言にうち笑みたれど、他の判者の女御に例のごとき言のみ述ぶるを聞けば、いかにぞや、いささかうたてなる心地し、野茨の更衣の歌におしなべての賛辞をぞ贈りつべくなりぬ。




