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ひばな物語  作者: 坂下茉莉
3/13

其三 父のはなむけ

 娘(野茨の更衣)が可愛くて仕方ないお父さんのお話です。

 帝の見させ給ひしあづま女、父は東なる小さき国の受領なりけれど、あそびを好み、なすべきわざをぞことごとく彼の弟に頼み、みづからは年ごろ歌を詠みつつ西へ東へと馬にてありく。娘の生まれし折より、歌に触れ、三十一文字をなぞるを心より楽しみたるを見て、大いに喜び、裳着ののちより、歌の旅々に定めて具せば、天より給へるがごときみやびなる歌の才に、我が子なれど尊びたりけり。


 秋の夜、みやこに宿りたる家より消えにたれば、鬼に女を食はれし男の心地して、庭の露を見るに、あけぼのの光の秋霧に映る内に娘の姿を見ければ、こころやすく思ふめり。


 されど、白き頬を朱に染め、おほきなるまなこを更に開き、物も言はぬ娘のさまに、いよいよ何事かありたると、父こと問へば、秋風に紛れてきこゆ言葉、いまこの宿が一刹那に飛ばさるるともさほど驚くことかはありける。



()は、ほどなく帝が宮ならむ」


「宮か何()。何を言ひたる()。帝にまみえ奉るとも、我らのごとき鄙の臣にかかることのたまはせ給ふこと()あるまじき」


「いや、げにまことなり。つれづれにもみじをながむるうち、……」



 定めてひがことならむ、帝の御名を名乗りたるに誰か知らざる者なりなむと、父はすずろに聞きにけれど、師走の朔日のころ、とく来よとて、帝よりよしありたる御ふみ奉りければ、喜びつ、いといたふおののきけり。


 いやしくはあらねど、殿上人はさらなり、みやこの地下にもおよぶまじかるきはなれば、はづかしきことの数少なくせむとて、邸の隅まで袿、単を探り、書を読み、宮に参らむ日に備へけり。あとひと月だにあらば、声の歪みを正し、立ち居をまねぶこと叶はまし。後ろ見のなき我が娘、桐壺のそねみにあはざらまほし。彼の母、いまもなほ存へましかば。父の憂ふること、限りなきうちに、契りたりける日は来にけり。


 あかつきのとき、馬のはなむけし、父詠める。



 ――あまさかる ひなてらすひや はるかたつ しろきみちにぞ さちよもゆべし



 女、応へて詠む。



 ――のぼるたび ましろきみちの ふみそむと きゆるはあらじ ゆくへかはさむ



 女立ちて、父は邸にひとり残ることとぞなりにける。平らかなる旅なれ、穏やかなる暮らしなれと、とほき娘に願立つ。みやこなる旅の美しきを心に浮かべ、あらまほしとぞ詠まれしかども宮にふみ書くはいささかをこがましきことなりや、されど、などとながめつつ、眠られざる夜ふけにけり。

和歌の意図:

あまさかる ひなてらすひや はるかたつ しろきみちにぞ さちよもゆべし (父)

「あまさかる」は「日」や「ひな」を導く枕詞です。田舎を照らす日よ、春はやってきたのだろうか。(娘が)遠くへ出発する、雪で白く染まった道に、幸せ(の花)よ、萌え出てくれ。「日=火」、「たつ」、「もゆ」が縁語です。また、「はるか」=「春か」「遥か」が掛詞です。


のぼるたび ましろきみちの ふみそむと きゆるはあらじ ゆくへかはさむ (女=のちの野茨の更衣)

京に上る旅の真っ白な道を踏み始めて(その足跡のようには)、手紙を(墨で)染めても文字が消えることはないでしょうから、(互いの)行方を交わしましょう。「道」、「踏み」、「ゆくへ」が縁語です。また、「ふみ」=「踏み」「文」、「そむ」=「初む」「染む」が掛詞です。「きゆる」は雪に因んでいます。離れていても手紙を送りあいたい、という趣旨ですが、修辞に気を取られて少し苦しい訳になってしまっている気はします……


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