後書き 現代文口語にて経緯とストーリー解説
初めましてのかたは初めまして(言ってみたかった)、『ひばな物語』の作者、坂下茉莉と申します。
まずは、読みづらかったであろう本作をここまで読んでくださった皆様には最大限の感謝を。
ここでは、前半部に執筆の経緯、後半部(☆から下)にストーリーの概説をさせていただきます。
さて、私は普段、別のペンネームでファンタジーをメインに書いています。「能力」というものに関して日頃感じていることを魔法に託して綴った、処女作のローファンタジー(完結済み)。せっかく「なろう」をやっているのだから一度はバズってみたくて――今のところバズっていませんが――書き始めた、いわゆる「なろう系」のテンプレハイファンタジー(連載中)。
後者は高校3年の春から書いているのですが、主要登場人物のひとり「神様」は、平安時代に生まれ、古語を喋る設定なのです。といっても、小説全体としては現代文なので、歴史的仮名遣いをしてしまうと混乱を招くかと思い、「神様」の口調を表現するのだというつもりで現代仮名遣いで表記しています。――大学生になってから一般教養として受講した言学の講義によれば、平安時代と今では、例えば「は・ひ・ふ・へ・ほ」を「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音するなど、ずいぶんと口調が違ったそうではありませんか!(歴史的仮名遣いと現代仮名遣いの違いというのもこれが原因だそうです) やはり高校生の頃の私は浅はかだったようです。「神様」の話す古語は、カッコつけたりキャラの独自性を付与したりというぐらいの意味しかありませんね。――閑話休題。
つまり、私は、古語や古文が好きなのです。中学の授業で古典文学を学んだときは、よくわからないけれど雅だなぁという感じでした。しかし、高校で古典文法を習い、体系的にまとめられた文法の美しさに感動し、ますます好きになりました。専門にしたいというほどの熱ではなくとも、魅了されたのは事実でした。
大学生になって、理学部に入り、私と同じ分野を志す友達ができました。そのうちのひとりは、古典文学も大好きで、チャットアプリやゼミで喋る時に古語が交ざることのあるほどでした。
その子と古文でチャットするのを通じて、刺激され、もっと古語を使いたい、と思うようになりました。
そうだ、古語で小説を書いてみてはどうだろう。でも現代にしかないものを古語で書くとなれば、語彙に困るだろうから、少なくともRPG系のファンタジーは使えない。実際に古語が使われた舞台……平安京を舞台にしてみよう。といっても、既に古典文学として存在するストーリーだとまずいし……。
こうして考えを巡らしているうち、ついにアイデアが降りてきて、急いでプロットを書き、筆をとったわけです。
現代人、それも高校や大学の一般教養として学んだだけのド素人なので、その時代の話し言葉やスラングの存在を知りません。また、ファンタジックな語彙も知りません。つまり、非現実的な出来事や、コメディに走ることができないのです。そんな中で物語を成立させようとした私は、今までにないほど、「人間の心」と向き合っていたように思います。昔についてもっと学べば、表現の幅も広がっただろうと思いますが、制限されている中で書くからこそ、いい経験ができた気がします。私にしては結構重めのヒューマンドラマに仕上がりました。
テーマは、「天才と努力家の出会い」「妬む側の人間の葛藤」「それらを超えた友愛」。
妬まれる側の悲喜劇は、『源氏物語』の桐壺など、既に古文の題材になっている気がするのですが、こちらの描写は結構珍しいのではないかな、と。(私が知らないだけでどこかにきっとあるでしょうが)
おそらく、文法的なミスは多々あるでしょう。それに、平安時代のお話なのに、鎌倉時代以降に使われている言葉を使ってしまっているかもしれない。言葉はある程度わかるとしても、建物の構造とか習慣とか、まだわからないものも多いし、何より、言葉も舞台も平安京を中心としていながら、描いている心理は現代人のもの。きっと、平安時代の人々がこれを読めば「気持ち悪い」と思うでしょうし、現代人からすれば「なにこれ読みづらい」と思うでしょう。はっきり言って、「受け」ない作品になってしまったかも。
しかし、後悔はありません。先述のように、いい経験ができたと思っていますし、何より、雅な言葉で最後まで書ききれたことに、単なる自己満足に過ぎないとしても、達成感があります。
さて、このお話の現代語訳についてですが。
正直、1万字以上の古文の全文逐語訳は自作とはいえ骨が折れますし、生硬な文になりがちです……
それに、先ほど申したことにも関わるのですが、既にラノベに慣れているというか、現代文で書こうとすると、ついついかなり口語的になってしまう癖がついてしまっているのです。会話文などはもちろんのこと、地の文もまた然り。それでは、せっかく私が人の心理をいつになく追求して頑張って文章を練り上げたのが、台無しになってしまう気がして、怖いのです。
しかし一方で、「せっかく投稿したのに誰にも読んでもらえない」というような事態は、いくら自己満足で書いているとしてもあまりに悲しいです。それに、もし文法的な間違いが多ければ、私の中で組み立てたことが間違って伝わってしまうし、意図が不明瞭ならば(もし校正したいと言ってくださる心優しい方が仮にいたとしても)誰にも修正されずに自然消滅するでしょう。
だから、後書きの後半で、全体的なストーリーを、お伝えさせていただこうと思っています。
話は変わって、このお話の裏について、もう少し。
人物名について。登場人物で名前が出てくるのは、主人公の「天竺葵の女御」と主要サブキャラの「野茨の更衣」。天竺葵の女御は誰にも負けぬ努力家で、野茨の更衣は田舎から来た天才少女。天竺葵はいわゆるゼラニウムで、野茨は日本古来の野バラです。これは、「花言葉 努力家」とか「花言葉 天才」で検索して出てきた花々の名前を採用しました。……が、今改めて、逆に「ゼラニウム 花言葉」のように調べても思っていたものが出ないので、詰めが甘かったかもしれません。
タイトルの「ひばな物語」について。これ、エピローグでは「陽華物語」となっているのがわかるかと思います。なぜ「ひばな」とひらがなにしたのかといえば、「火花」と「陽華」をかけているからです。「火花」は、女御と更衣のライバル関係、クライマックスでの火事を意味します。そして、「陽華」は造語ですが、最終場面「日本を照らす日の光(帝)は健気な花々(天竺葵の女御、野茨の更衣)に微笑んだのだった」を踏まえています。
和歌について。これはすべて私が作りました。和歌の出てくる話の後書きで、それぞれの意図を解説しています。歌合のシーンで具体的な歌を書かなかったのは、和歌の天才たちの歌を作るのが気が引けたというか、単にサボったというべきか……。それに、最初の方はかなり本気で作っていましたが、後の方の話になるほど雑になっている感が否めません。もう少し勉強したいものです。
と、改めて。ここまで長々とお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!!
ここから、ストーリー解説を始めさせていただきます。ネタバレを避けたい方は、ここでひとまずお別れです。このご縁が良きものでありますように。
こういう新たなジャンルもいいかも、と思ってくださった方、ブクマや評価、ご感想やレビューをいただけますと舞い上がります。ご感想は、制限なく受け付けております。色々と教えていただけると、大喜びします!!
☆
ある時代に、この上なく帝の寵愛を受けている女御がおり、天竺葵の女御と呼ばれていた。とても良い家柄に生まれた彼女は、幼い頃から、帝の妃となるようにと言われ、寝食も惜しんで教養を身につけていた。ひとときも怠ることなき努力が実ったからこそ、帝の並々ならぬ寵愛を受けていたのだ。両親に言われてやっていたこととはいえ、本当に学問が楽しかったから、苦ではなかった。そして、今もさらなる研鑽を怠らない。容姿端麗、品行方正、その上秀才で、とりわけ和歌がよくできる。しかも性格が良いので人を蔑むこともない。もはや宮中には、彼女を見下す者はもちろんのこと、妬むものさえひとりもいない。
しかし、東の国から突如やってきた少女、野茨の更衣の出現により、状況は変わった。初めは、その訛り、世間知らずゆえに、他の女房や妃たちから嘲笑されていた。それでも、帝に見初められるきっかけとなった、野茨の更衣の和歌の才能を、天竺葵の女御はいち早く見出す。宮中最大の権力を誇っていた女御の庇護の甲斐あって、他の女たちは更衣をいじめなくなった。
しかし、帝は野茨の更衣を可愛がり、ついには天竺葵の女御を超える愛情を注ぐようになる。
徐々に天竺葵の女御の胸の内に、気づかないうちに憎悪が膨らんでくる。自分の冷たい態度に自分で驚くこともあった。自分は決して人を妬んだりするような卑しいものではないと思っていたのに、それは自分に明らかに優っている者が身近にいなかったからだったのか、と愕然とする。帝の寵愛が薄らいでいくにつれ、女御の気持ちの余裕がなくなっていた。それが原因となって、さらに帝や更衣に冷たく当たる。帝はさらに愛を失い、女御は自己嫌悪を深めてしまう。悪循環になってしまった。野茨の更衣はあまりに善良で、女御を恩人だと言って少しも嫌おうとしないので、女御は尚更自分の心の醜さを感じてしまう。
なぜここまで帝の愛情にすがろうとするのか。自分自身にとって学問が楽しいから学んでいるのだ、と信じて疑わなかったが、なぜここまで周囲の影響を受けてしまうのか。思いを巡らしてみれば、それは、両親の言葉のせいだった。「女御になれなければ家の恥だ」と脅されたり、体調が悪くて休もうとしても「怠け者」と責められたり。よくよく考えてみれば、辛いこともあったではないか。楽しさ、そしてひょっとすると優越感に霞んで、忘れていたけれど。
では、もしも帝が私を捨ててしまったら、これまでの苦しいことはすべて無駄になってしまうの?
女御の心の余裕はさらになくなって、先ほどの悪循環が加速してしまう。ついに、帝から、女御への愛情の移ろいを暗示する歌を贈られてしまった。
もう、この世に生きていても仕方ない。出家して、静かに暮らそう。帝への置き手紙で暇乞いしようとしたとき。
宮中で、大火事が起きた。帝と、ちょうどそのとき契りを交わしていた野茨の更衣、そして天竺葵の女御の3人が、火の中に取り残されてしまった。
しかし、女御だけが知っている抜け道があった。それを活路にすれば助かるが、2人しか使えないところだった。
一瞬、「ここで野茨の更衣が焼けてしまえば私の心は平穏になるのではないか」という思いが頭によぎり、女御は自分の冷酷さにぎょっとする。もう世を捨てようとしていたのに、まだ地位に固執して、しかもあれほどに素晴らしい少女の死を願うなんて。いよいよ自らに失望し、女御は帝と更衣を説得して抜け道に導き、自分は火の中に身を投じようとする。
だが、そこで、帝と更衣は、我が身を捨ててまで助けようとしている女御の姿に心を打たれ、死んで欲しくないと懇願する。
そのような一悶着の間にも、火は迫っているように見えた。すると、奇跡が起こった。雨雲が立ち込め、突如大雨が降った。火事は収まり、3人ともが助かったのだ。
落ち着いてから、女御は自分の嫉妬心や冷酷な考えを、帝や更衣の前に跪いて懺悔する。ふたりは、それでも良いのだと言った。現に女御は、ふたりの身代わりになろうとしてくれたのだから。それに、更衣にとって、女御は、自らが宮中に居続けることができたことの恩人なのだ。
その後、帝は、女御を再び深く愛するようになった。しかし一方で、火事について、女御の悪い噂が立って居心地が悪くなり、彼女は1年後に出家してしまう。
尼になったのち、彼女は東国の小さな庵でお経を読んで暮らすようになった。そこは、野茨の更衣の故郷だった。更衣自ら、女御が宮を去るのは寂しいと言って、せめて里帰りの時にお会いしたいと泣いて懇願したのだ。
庵に野茨が咲いているのを見て、更衣を懐かしむ天竺葵の女。
帝との間に皇子を生み、里帰りのときに約束通り彼女を訪ねた野茨の更衣。
そして、野茨の更衣と深い契りを結びながらも、ひとりふと、かつての女御を思い出して微笑む帝。日本を照らす日の光は、健気な花々に微笑んだのだった。




