其十二 陽華物語
あづまなるちひさき庵に、女尼、いと艶かしうて居たり。
宮なりし日、きはをきはめたりし女なるに、かかるあやしき鄙の家にて読経したるは、惜しく、切なく、嘆かしけれど、安らかなりて、名残なきさまなり。
もえいづる野茨の、ささやかなる花を見、みやこなるいと若き女にあくがる。彼はいま帝のかたはらにさぶらふらむと。
父母は天竺葵の女御のかしらおろすをいとかたはらいたく思へど、彼の本意ぞはかばかしかりける。苦しきことの数知らざるみやこよりなるほど離れむとしければ、あづまの国にうつりぬ。さるとき、野茨の更衣、泣きて言ひたる。
「女御に会はれざるは心もとなし。家渡りし給ふ先だに、妾がふるき里にし給はざるか。されば、妾は浮世にありとも、里にかへる日あらばたづねたし」
美しき花よ、とぞ、かつて天竺葵の女御ともてはやされける尼、野茨を撫でつつひとりごつ。いま彼は、きはをきはめつらむ。されどかのたふとき無垢なる心あらば、新たに参りたるものありとも、かくはふることぞなからむ。我とてこころうつくしと人に言われしかど、げにはこころあしかりけり。さりとわろからじ、かのごとく、きはも名もなき穏やかなる庵にあらば。
あな、なつかしきかな。かの美しき女よ。
みやこでは、帝、日ごとに野茨の更衣を召させ給ひて、夜ごとに深き契りを交はす。幾年かののち、いと清らなる男御子ぞ生まれ給ひぬ。一の皇子にはあらねど、帝、いよいよかしづき給ふなり。
更衣、御子をなすべくふるさとにかへりけるをり、天竺葵の庵に行く。更くまでかたみに、いまのことどもを語らひて、大いにうち笑ひけり。
御子の生まれしのちも、野茨の更衣をかしづかせ給ふはいよいよ深くなりぬ。されど、帝、前栽をうち眺め給ひて、たまかるがごとく思さるるは、天竺葵の女御のことなり。ほむらを思し出でてのち、彼のやさしきを思ひて、うち笑ませ給ふ。
日の本を照らしたる陽の光は、殊勝なる花々にゑまひにけり。
エピローグでした。つまり……ついに、完結いたしました!! ここまで付き合ってくださった皆さま、本当にありがとうございました!!!
次は「後書き」として、これを書こうとした経緯、ストーリーの簡単な解説をさせていただいたのち、「完結」とさせていただきます。




