其十一 我が身果つとも
我こそ去なめ。浮き世のひとときの命に、帝のかたはらのきはにまつはれて、かくまでに人心失せたるか。飽かるるに、憎まれつ恨まれつ、ながらふるは我が望みにあらじ。生くるとも、世を背くにあらざるかは。
女御、うち惑へる更衣と帝に、室のことを告ぐ。ふたりを導きて、みづからはさながら火に入らむとす。
「まな。女御よ、な行きそ」
更衣、苦しげなる声にていさちれば、女御、寂しげなるこわづかひにていらふ。
「なにゆゑ、我を生かさむずるか。ひとりは消ゆるのみなるは、すでにずちなき。さればかたみにまことに愛づるふたり、幸ひにかげをならべ、枝を連ね、羽を比べ給へ」
「さりとも」
「いざ、とく」
あかきほむら、かたはらに迫るとも、地下なる道ぞなほある。されど、刹那のうちにほとほとしく失せぬるべきものなめれば、女御、いよいよせきて、「いざや、くは」と催す。
みづからの身を投げてさへ我らの幸をのぞむかと、しをらしく、やさしきさま、いみじうあはれにおぼさるるにや、帝もまたのたまふ。
「女御よ、永く愛でたりし紅の花を、かくあさましくあかき花がうちに散らすはいたく口惜しきことぞ。めづらかなる身を、いたづらにし給ふな」
「ならず。そなたら失せなば、妾ながらふとも」
かかるとき、たふとき御しるしかありなむ、黒き雲、いづこともなく出で来て天を覆ひ、村雨したたかに降り初めてけり。日、雲のあなたにありて、をぐらき空のもと、花のごとくありけるほむら、車軸のごとき雨にいりもまれければ、とく消えにけり。
人々、みな大いに喜びて、めでたき奇特こそありけれ、帝の失せさせ給ふはこの日の本が日の光を失ふがごとけれど、さすがに天はくすしきかな、とめいめいにわめく。
残りたる煙にむせつつ、帝、更衣、女御、みながみなをいだきて、うち泣きあひたり。
されど、天竺葵の女御、みづからの身のうつつにあるを思ひて、なかなかにうつろなる心地す。火のうちに起こりし心、悔ゆるとも許されざることに思はるるがゆゑにこそ、と思ひ及びければ、ふたりの御前にかしこまりて言ふ。
「かのほむらは我がうちより出できつるものにはつゆあらねど、かく思すとも責むにたらふまじ。野茨の更衣よ、君が、ありし日の我のやうにときめきそめしをりより、我がにくさげなる心、おのづから君をいたくそねみてけり。かの回禄ありて、刹那なりとも、君火に失せましかばとぞ思ひき」
野茨の更衣、うち驚きて、ものも言はで女御を目守る。
「もとより、けふ、宮をまかりて、身のあるべきところすらなき憂き世を背かむずるに、世を惜しみて、あまさへ、わろきところなくうるはしき君の失するを思ふ。いとむげなる女よ。ふたり生くる道知りたるに。くしくも逃れけれど、げに我はとくとく去るべかりけり」
「いや、あらず。妾ここにあるは、女御の優なる御心の御蔭なりき」
「かかることは、君を嫉む心地起こらざりし日のことなれば」
「さりとて、女御につゆ及ばざるものどものあさましき言どもによりて、我いかに泣きしか。女御あらざりせば、我ここにえあらざらまし。女御のあしき心ぞ知らざる。しかるとも助けられつるはまことなり。今も、御身すら投げ、我らを生さむとしつ」
野茨の更衣の語るを聞きて、女御、いといみじうおぼえけり。帝も、更衣の言に同ぜさせ給ふ。
されど、宮にあしき覚えの立ちければ、いよいよそばそばしくなりぬ。帝、またまごころより女御を愛づるやうなり給へど、女御のみづからを恨む心、けのこりければ、あくる年の春、つひにほがらかにみぐしおろしてけり。
ようやく山場が書けました……
次はエピローグです。ふとした思いつきに始まったものですが、完結しそうで嬉しいものです。




