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ひばな物語  作者: 坂下茉莉
10/13

其十 あかき華のたつ時

 天竺葵の女御、宮より暇乞ひし、かしらおろさむ本意をはかばかしく抱きてけり。


 帝、我を飽かさせ給ひぬれば、里にかへるとも、我を仕立てつる親に会はむは面無きことかぎりなし。なにゆゑ、野茨の更衣のいとすぐれたるにかくみにくき心を起こしきや。我が気色だにみづから控ふることをえずか。帝さだめて我をうんぜさせ給ひぬらむ。さりとも、げにことはりなるべし。うたてにおぼされ奉りて、浮き世に我が身のあるべきところ失ふとも、ずちなく、あへなき報ひぞ。


 内裏に参り着きにけれど、をりしも帝は女御の来むとしたるを知らせ給はで、野茨の更衣を召させ給ひたり。御几帳のあなたおもてより、御声聞こゆ。過ぐる日、女御つつめかれ奉りし、深くとほき契りの御詞なりけり。


 はじめはいささかなりとも後ろ髪引かるる心地ありたれど、つゆなごりなくなりぬ。


 紅と紫に染められし、たたうがみを取り出で、ゆめうつつの心地で書きつく。



 ――うつろひて のぼるひのもと ゆるるらむ 赤かりし花 いまたたむずる

 御歌にかへり歌すらせざるに、世をそむくは心残りなれば。



 帝、なほ女御の来たるを知るさまつゆなかりければ、また口惜しき心もこそおこれ、まみえざるままにて立たむとて、御几帳のかたはらに、かのふみと、鮮やかに咲き匂ひたる野茨を置きて、音もなく去らむとしけるに、女房、いへのこどもの、いといたうあらあらしくののしりたる声、おもてより聞こえ、あさましくおぼえてとまりけり。



「こはいかに」



 女御のひとりごつる音、帝のおどろかせ給ふ御声と被りぬ。前栽より火出できにけむ。清涼殿にうつりて、帝、野茨の更衣、天竺葵の女御をぞまはしたりける。他の者どもは逃げてけれど、彼らの逃るる道すでに皆失せにけるめり。


 されど、まことに失せたるにはあらず。女御、時めきたる日々のいと長く、帝の女御を召すこと日ごとにいくそたびとなりければ、みづからの住まひたるところと帝おはするところとを行き来するに、いとまいるを惜しく思へば、忍びて、簀子の下にいとちひさき室を作りぬ。帝の召させ給ふことぞともしくなりて、しばし使はざりしかど、かれの燃ゆることこそあらじ。


 女御はかの室に誘はむとぞ思ひけれど、女御ひとり入らむとて作りしものゆゑ、いみじう小さければ、入らるるはたかだかふたりならむ。いま惑ひたるは三人、皆が入るにはおよばじ。しかれども、いまは他に道こそあらざれ。ふつに遅れためるを、人々せうしなりとののしりて見る。かの室に入るを得ざらば、立ちたるあかきほむらの煙と消えむ。生くるを知るは、女御のみなりけり。


 かかるとき、女御、もし野茨の更衣失せましかば穏しからまし、との念、せつなのうちにふと打ち覚え、おそろしく揺るぎたり。

和歌の意図:

うつろひて のぼるひのもと ゆるるらむ 赤かりし花 いまたたむずる (天竺葵の女御)

色あせて、高く登った太陽のしたで(危うく)揺れているらしい、(かつて)赤かった花も、いま(かろうじて)立とうとする。これは、枕草子『冬はつとめて』の部分を踏まえた歌にしようとしました(昼になって熾火になると〜というあたりです)。また、「立つ」に「発つ」「断つ」の意味も含ませ、帝の元を立ち去ろうとする意図も暗示しようとしました。前話の帝の歌への返歌なので、それを踏まえてもいます。

「うつろふ」「花」が縁語で、「のぼる」「ひ(日)=火」「ゆるる」「立たむ」が縁語です。そろそろ縁語以外の修辞も操れるようになりたいものです。ご指摘お待ちしております。

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