表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひばな物語  作者: 坂下茉莉
1/13

其一 天竺葵の女御

 その昔、いづれの御時にやありけむ、帝のおはしましたる邸、女御更衣らのいと美しうてはべる中に、ひときはときめきたる女ありけり。名をば、天竺葵の女御となむいひける。


 その清らなるかたち、かれにしくものゆめゆめあるべうもなけれど、さばかりならましかば、かのごとくときめくことぞなかりてまし。女の才、その手、ひとつをとるとも、勝るものかはありける。ことにその歌、ひとたび口をいづれば、聞くものどもを、春の花道、夏の蛍、秋の紅葉、冬の雪、かれの思ふがままの世へといざなひければ、心奪はれざるものぞなかりける。


 その父、左大臣なりけり。母もまた、さうなき歌詠む清華の人なり。裳着をしける日より、帝の隣につかふまつれともかたはらいたからざらむべく、夕と朝だに分かつことなく、母にいろはをまねび、父大臣に礼を習ふ。黒き梢までまぶしくしなやかなる髪を長く伸ばし、白粉を雪の如くやおらにつけ、眉をそぎて歯を宵闇の如くし、襲の色をその身にまとひ、漢籍を鈴のやうなる音にてそらんじ、三十一文字を編み、十三の弦をその指ではじくこと、ただのひとときも休まざりけり。


 いまだいはけなき頃より、その美しきに男女にかかはらず惹かれざる者なし。かさねてその音を聞かば、直ちに虜となりぬべし。続きて女の歌に触れたる刹那、男はその目にいと艶かしき歌詠みの影を見、女は悔しき心さへ忘るる。あまつさえ、かの女の優れたるは、その才のみにあらず。いとこころうつくしかれば、いかなる上臈下臈に話すも等しく優し。我こそはと勇みて、めやすき男が恋文を奉らば、微笑みて、しかるに鮮やかにも冷たく、いみじき歌をかへしつつその手をしてさながら退けしむ。


 全ては、ふた親が願ひを叶へ女御となりたてまつらむがためなれど、学をしんから楽しみ帝を慕ひ奉りにければ、つゆ苦しからざりける。されば、女御になりてのちも、あまねく書を読みて新たなること学ぶを止むことなければ、女の歌はいよいよ輝きを増し、琴の音は踊り、深き造詣はいよいよ鋭くなりぬ。帝は来る日も天竺葵の女御を召させ給ひ、他のいづれの女御更衣にも語らざる契りを交わさせ給ふ。


 ひむかしより新参者の来ざるうちは、帝とその字のごとく枝を重ね翼を並べるひと、天竺葵の女御の他になかりけるなり。

 ご感想は、非なろうユーザーの方々からも受け付けております。ご感想をいただけますと筆者はとても喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと何なの、これ。こんなこと出来るんですか?いとすさまじき。 [気になる点] 『時空』って単語、当時あったのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ