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船団

(あー、頭が痛い)


 旗艦の司令官室にやって来たカイルは自分が置かれた状況に頭痛を感じた。

 一応、カイルは臨時昇進だが海佐である。正規軍艦の艦長に補される階級であり、その上は提督である。

 だが、一一隻の船団の艦長達の中では昇進したばかりの新米海佐だ。

 同階級の者が複数いる場合は、指揮系統の混乱を避けるために昇進日が早い順に先任序列――階級内の序列を決める。たとえ同階級でも伊日でも昇進日が早ければ上官である。

 そのため、初対面同士の海軍士官が出会うと昇進日を聞くのが挨拶同然となっている程に重要だ。

 昇進したばかりのカイルにとって他の海佐は全て上官である。

 海尉から艦長に任命された海尉艦長もいるがいずれも自分より軍歴が長い。旧陸軍では星の数よりメンコの数、従軍日数が長い方が力関係が強い、と言われていたそうだが、アルカディア帝国海軍も同じで、従軍日数は時に階級を超える権威を持つ。

 つまりカイルはこの船団の艦長の中では一番の下っ端である。

 一応海賊退治、ガリアとの戦争、先の内戦に従軍しておりカイルも従軍経験を持つが、カイルが生まれたときから船に乗っている先任艦長達に比べればひよっこである。

 ここは大人しくするしか無い。

 だが、巡察使が乗り込んだのは、ひよっこ新米海佐であるカイルの指揮するフレンドシップだ。しかも巡察使は司令官より上位の存在なので、巡察使を通じてカイルが船団に命令を下すことは可能だ。

 一応、仕来りで巡察使は船団に乗船中は司令官に命令を下さないという事になっている。だがカイルを信頼するウィリアムはカイルの航海計画に従うように命令を出している。

 司令官は海軍での豊かな経験を持つパーカー提督だが高齢のため、恐らく初期の認知症があり指揮能力に問題がみられていた。

 本来なら退役させるべきだが、アルビオン海軍においては提督は終身制のため本人が辞めると言わなければ現役のまま。そして海軍内の序列ではパーカー提督が船団の司令官に任命される順位だったので自動的に司令官となってしまった。

 アルビオン海軍人事の硬直性は太平洋戦争期の旧海軍と同じくらいの硬さであり、融通が利かない。

 そのため補佐としてカイルが巡察使の代理として指揮することになっていたが、そのことに嫉妬している艦長が多い。

 命令には従うだろうが個人の感情までは抑えられない。

 故にカイルは嫉妬の視線に一人耐えなくてはならなかった。


「さて、諸君揃ったかね」


 豊かな白い髪、恐らくカツラを装着し、その上から二角帽を被った金モールの提督服を着た老人、パーカー提督が旗艦シリウスに設けられた司令官公室に入ってきた。


「我らは畏れ多くも巡察使に任命された殿下のお供としてニューアングリアへ向かう。今回の指揮は不肖私パーカーが取らせて貰う。しかし、航海計画に関しては、先年世界一周航海を成功させたフレンドシップ艦長クロフォード海佐にとって貰う。なお殿下はクロフォード艦長のフレンドシップに座乗頂く。クロフォード海佐、説明を頼む」


「アイ・アイ・サー」


 視線の圧力が強まるのを感じながらも、カルは口を開いて説明した。


「今回の航海は東回り航路を取ります。本国を出航後、南西へ進路をとり南下。北回帰線を越えた後、適当な泊地で風が変わるのを待ち、北風が吹き次第出帆。赤道を越えて更に南下し、暗黒大陸の南端を通過後、東に針路をとりニューアングリアへ向かいます」


 カイルが口にしたのは、先日ウィリアムに話した内容と同じだ。少しばかり詳細に計画した物を話しているが内容は同じだ。


「以上です。何か質問は?」


「ある」


 話しかけて来たのは囚人輸送船シャーロット艦長のエドワース海佐だ。


「出港までの期間が短すぎないか。今月中の出港は無謀だ。各艦は疫病が蔓延しており出港出来る状態では無い」


「いえ、今出港しなければ、季節風に間に合いません。物資に関しては途中の寄港地で調達予定であり、二、三ヶ月分の食料と水で十分です」


 漂流する可能性もあるが、これだけの大人数を載せて行くとなると新鮮な食料が大量に必要であり二、三ヶ月以内に何処かに寄港しなければ、航海自体が詰む。船内に積み込んだ食料だけでは、とても持たない。途中の寄港地で新鮮な食料、特に果物を調達しなければ壊血病で大量の死傷者が出る。

 カイルが早期に出港を計画したのも、航海期間を短縮するためだ。


「何よりニューアングリアは危機的状況にあると聞いております。できるだけ早く到達する必要があります」


 カイルが拙速とも言える出航を命じるのはニューアングリアの状況を勘案してのことだ。報告が届くまでに半年以上掛かる事を考えると、現地は危機的状況にあると考えて良い。

 最悪の場合、もう既に全滅の可能性もあるが、もし生き残りがいるのなら早急に救援を送るべきであり、最短の航海計画を立てた。


「船団の衛生状態に関しては、毎日ビルジを汲み出し、清潔な衣類を支給し、監獄内の清掃を徹底させます」


「そのような人手は無いぞ」


「囚人も動員すれば問題無いかと」


「監視態勢が整っていない。それに囚人も病気で弱っている」


「新鮮な食料を十分に支給すれば回復します。出来る範囲で良いのでやらせて下さい」


「保証は無い。出港は延期すべきだ」


「航海期間を短くすることで囚人への負担を少なくします」


「そこまで気を使う必要があるのか。そもそも君は序列が下だ、上位者の命令に従うべきでは無いのか?」


「ですが航海責任者に任命されたのは私です。そして計画は司令官の承認を受けています。航海計画には従って下さい」


「断る」


「黙らないか」


 泥沼の論争になりかけたところを止めたのはパーカー提督だった。


「エドワース海佐。既にクロフォード海佐の提出した航海計画は承認されている。今更変更は無い」


「しかし、この計画は出港準備が短すぎます」


「それに関しても承認している。命令に従わなければ君を解任し軍法会議へ送るぞ」


「……分かりました」


 不承不承ながらエドワースは従った。


「はあ、何とかなった」


 多少荒れたがパーカー提督が間に入ったこともあり無事に終了した。

 カイルへの不満を艦長達は大なり小なり持っているがエドワース海佐以外は従ってくれそうだった。


「大丈夫かい? カイル」


 フレンドシップへ戻るボートの上で乗艦するために一緒に乗り込んできたウィリアムが話しかけてきた。


「まあ、何とかするよ。問題は一つ一つ解決すれば良い」


 カイルは自分の指揮艦であるフレンドシップを見て言った。

 艦内から悲鳴が聞こえてくるがとりあえずは予定通りだ。カークは引き攣った顔をしているが、問題無いだろう。

 艦内と艦外の問題を抱えているが、何とかなる。航海に多少の問題や不安は付きものだ。一つ一つ対処しながら進んで行こう。

 カイルはそう考えていた。

 少なくとも司令官はカイルに友好的だ。最悪、敵になる可能性も考えていた。ウィリアムの指示を忠実に聞いているのかカイルの計画を支持してくれているようだ。

 ただ司令官はともかくエドワースを初めとする艦長達が従ってくれるか、そこが不安だった。




 開闢歴二五九五年二月二六日 ポートロイヤル鎮守府泊地 シャーロット後甲板


「問題山積だ」


 船団の出航直前、カイルは再び頭を抱えていた。

 艦内の状況については改善しつつある。疫病はヒラリー軍医の活躍もあり、衛生状態を改善したお陰で治まりつつある。

 囚人達も健康診断を受けた後は羊のように大人しくなり従順になってくれた。

 それでもオブライエンが暴れたり、他の囚人を扇動しているが艦内で対処できる。

 問題なのは艦外、特にエドワース海佐だ。

 カイルが序列で下位であることを盾に指示に従わない。毎日ビルジの排水を要請しているのに、艦外へ排水口から水が流れている気配がない日が多い。

 カイルがそれを注意すると、命令するなと信号が返ってくる。

 他にも色々と指示に従わないことが多々ある。

 その度にパーカー提督が間に入ってくれたが、今後も続くとなると問題だ。

 兎に角出航しなければならない。


「出航の命令を出します」


「許可します」


 船団の最上位者であるウィリアムから承認を受けてカイルは信号旗を上げた。

 各艦からの応答旗が上がり帆を張り増して出航して行く。シャーロットを除いて。


「信号手。シャーロットに続行するよう、後続艦へ信号旗を上げるんだ」


「アイアイサー」


 ここに来てサボタージュをするとはカイルにも予想外だった。

 だが、更に予想を上回る事態が起きた。

 各艦は防衛用に小型の大砲を装備している。フレンドシップもそしてシャーロットにもだ。

 そのシャーロットの砲門が開き、大砲が外に出てくると、フレンドシップの前方海面に向かって発砲した。


「何故撃ったんだ」


 再びシャーロットを見るとマストに信号旗が上がっていた。


「出港を延期すべき、だと。意見具申のために砲撃するのか」


 味方に大砲を向けることはある。通信をしたいのに相手の見張りが見落として信号を受信しないときだ。

 特に敵と接触したときなど、味方の鼻先に砲撃を行い注目させて報告することもある。

 だが、今は出航前でしかも巡察使である殿下を載せている艦に向かって砲撃を仕掛けてきた。

 流石に許される事では無い。


「続行するように命じろ」


 カイルが、再び同じ信号旗を掲げるように命じたが、その前にシャーロットは大砲を一度引いた。

 砲撃を止めたわけでは無い。再砲撃するためだ。

 再び砲門が出てきてフレンドシップに向けられる。


「やる気か」


 フレンドシップのバウスプリット――艦首にある斜めに突き出たマストを狙っている。

 船体から離れており人的被害が少ない。そして修理しなければ出港出来ない場所だ。

 壊して出港を延期させるつもりか。

 カイルは戦慄した。

 再び砲撃音が鳴り響きシャーロットの舷側海上に水柱が上がる。


「シリウスからの砲撃です」


 見張員の報告でシリウスの方向を見ると一筋の砲煙が見えた。


「旗艦より信号。全艦我に続けです」


 上位者である司令官命令にシャーロットは従い、ようやく出港する。

 大砲も一発撃って、フレンドシップから離れた海面に向かって撃ってから収めた。


「全く、冷や冷やさせる」


「カイル。厳しく処断しようか?」


「……いや止めておこう」


 ウィリアムの提案をカイルは断った。


「どうしてだい? 明らかに歯向かっていたじゃないか」


「いや、今回は通信を行う為に注意を引きつけるために撃ったと弁明するだろう。規則上は問題無い行為だ」


 先にも書いたが、通信を行う為に相手艦の気を引くため実弾込みの大砲を撃つことは許されている。


「向こうもそう弁明するよ。だから軍法会議を開いても有罪に出来ない」


「でも、今後も不服従は続よ」


「そうだね。警告と譴責を与える程度はしておこう。それ以上の事は出来ないよ。それにどんな形であれ出航したんだ。今一度止まって処分をしていたらその分遅れるよ」


 そのことも狙ってエドワース海佐は撃ってきたのだろう。ここで止まるのは寧ろ思惑に乗ってしまう。


「付いてきているのなら問題無いよ。出航したら後は航海計画に従うしかないんだ。何とかなるさ」


 カイルはそう言ってウィリアムを安心させた。いや、カイルが自分自身に対して言ったのだ。

 今回の行為が後でどうなるか、吉と出るか凶と出るか分からない。

 それが航海であり、大なり小なり不安な気持ちを抱えたまま行くしか無いのだ。


「さて、一体何がおきますやら」


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