オブライエン
監視と共にフレンドシップの甲板に上げられてきたのはオブライエン。
先のニューアルビオンの内乱で反乱軍の拠点となった町ホームズの民兵隊司令官だ。
反乱軍に加担し内戦終結時に逮捕され、本国へ送還。戦犯として逮捕起訴された。
「流刑の判決が出たのか。しかし早いな」
当然判決は有罪だったが、熱烈な共和主義賛同者がいるため死刑に出来ず、流刑となった。
しかし、流刑を実行するにも、かつての流刑地はオブライエンの故郷ニューアルビオンであり無罪放免に等しい。本国内に流刑しても、国内に居る共和主義者に脱走を幇助される恐れがあるし、刑を執行したとは思われない。
ならばアルビオンの裏側にあるニューアングリアへ文字通り島流しにすれば良いと政府は考えたのだろう。
この時期に囚人輸送船団が編成されたのもニューアルビオンの反乱者をサッサと遠方へ送り出したいが為なのだろう。
そのために裁判の判決を早めることさえしたのだろう。
お役所であり何事に付けても時間の掛かる裁判所がこんな短期間で判決を下して送り出してきたのは、政治的な圧力が加わった何よりの証拠だ。
この分だと、他の反乱関係者も送られてくるに違いない。
「無能な皇帝の犬共が俺に触るな」
「口を慎め!」
「うるせえ!」
黙らせようと掴みかかってきた見張りをオブライエンは軽く躱すと肩からタックルして吹き飛ばした。
「ふん」
甲板に倒れた見張りを見下すオブライエン。
刑務所暮らしが長かったのか髪と髭が伸び薄汚れている。
しかし、目にはまだ力が残っている。いや、待遇が悪かったのか怒りの炎が燃え上がっている。
かつて見た時よりも迫力が増していた。
「この反逆者が罪人は大人しくしていろ!」
「五月蠅い!」
捕まえようとする周囲の人間を威圧しながらオブライエンは大声で叫んだ。
「人を抑圧しておいて何様のつもりだ! お目らの方が悪人だろうが!」
「何を言うか犯罪者め!」
「犯罪だと? 税と抜かして人の財貨を奪っていくお前らの方が悪いだろうが。そして身ぐるみ剥がして無一文に。それを怠惰だとぬかして浮浪罪で獄に繋ぐ。お前らの方が悪人だろうが」
役人に言い放った後甲板で作業していた囚人に向かって大きな声で叫んだ。
「お前らもそう思わないか!金を奪い自由を奪い奴隷に貶める。そんな帝国を許しておけるか!」
「許せねえ!」
「叩きつぶせ!」
「ぶっ壊せ!」
オブライエンの言葉で囚人達の心の中に溜まっていた怒りに火が付いた。
殆どが浮浪罪で捕まった囚人でありオブライエンが言った経緯で獄に繋がれ、この囚人輸送船の甲板に上げられた。他にも窃盗や放火、詐欺で捕まった者も居るが、多くが生活に困り犯罪に走った者達だ。
普通なら軽微な犯罪は町で暫くの間、晒し者になって直ぐ放免される程度だった。だが最近は植民地開発が盛んになり労働力が不足している。その労働力確保の為に軽罪の犯罪者に流刑を言い渡し、流刑囚として送り込んでいた。
政府の心ない行為に囚人達の心の中には怒りの火種がくすぶっていた。
それがオブライエンの扇動で大きく巻き上がって燃え上がった。
「ぶち倒せ!」
「俺たちは自由だ!」
その怒りは怒声となって囚人の身体から放出されるが、怒りのごく一部でしか無い。残りの大部分は彼等の身体の中で、今にも甲板を燃やし尽くそうと更に熱を帯び、破壊に身を委ねようとしている。
「静まりなさい!」
海兵隊も指揮するレナが叫び囚人達を牽制しようとした。普段なら屈強な海兵隊員さえ震え上がるレナの叱責だがヒートアップした囚人達は止まらない。
「海兵前へ!」
暴動を防ぐべく、海兵隊員に着剣させて前に出して牽制すさせる
しかし見張りの為に乗り込んだ海兵隊員は一〇〇名に満たない。
病気のため甲板での作業を免除された囚人もいるが甲板には二〇〇人以上の囚人が働いている。
幾ら斬り込み隊として日々訓練をしている海兵隊員でも囚人全て相手にするのは骨が折れる。
何よりこの状況で暴動が起きれば何人かは逃してしまう。
積み込みの為にボートが何隻か横付けされており暴動の最中に逃げ出す囚人も出るだろう。
だが殆どの囚人は海兵隊と激突してこの船を制圧する気で居る。
双方の激突は避けられないかと思われた。
「彼等が私の患者か?」
囚人と海兵が激突する寸前、冷水のような女性の声が甲板に響き、全員の心を冷え上がらせた。
上がってきた美女は、ヒラリー・サマービル。カイルが前に指揮していた艦で軍医を務めていた女性だ。
「ジメジメとした不衛生な環境。洗濯されていない古い衣類。入浴しておらず垢まみれ汗まみれの身体。病気の者が多く居そうだな」
「病気になりたくて病気になったんじゃねえ!」
ヒラリーの言葉にオブライエンは反発した。
罪を犯したとはいえ、彼等は政府に逮捕されて劣悪な環境に閉じ込められていたのだ。
不衛生な環境に閉じ込められていれば病気になるのも当然だ。
「ならば私が治療しよう」
「なに?」
思いがけない言葉にオブライエンは戸惑った。
「全員の健康診断をする。身体の隅から隅まで調べさせてくれ。おい、そこの海兵。樽でも箱でも良いから何かテーブルになるものを持ってきてくれ」
ヒラリーは慣れた風に命じると自分が持ってきた衣類箱から商売道具、医療器具を出し始め、海兵隊員が持ってきた樽の上に並べていく。
その動きは素早く美しささえ感じる。彼女のような整った美人がやるのだから尚更である。
何より素晴らしいスタイルの女性であり、彼女の大きな胸が動く度に揺れて男達の本能を刺激する。
激突寸前まで燃え上がった闘争の本能を、性欲の炎が飲み込む。
「なあ、俺のここも見てくれるのか」
嫌らしい顔を浮かべた囚人が自分の股間を指して尋ねる。
カイルは一瞬止めようと思い言葉を発しようとした。
だが目を妖しく輝かせたヒラリーの声に消された。
「勿論だ。寧ろ今すぐ見せろ!」
ヒラリーの返答に囚人達は一瞬呆気に取られた。
「いや、見せるだけじゃない。触診させろ、いや握らせろ!」
単刀直入なヒラリーの言葉に囚人達は歓声を上げる。
「何を騒いでいるんだ! 早くズボンを下ろして見せろ! 全員健康診断だ!」
騒ぎ出すだけで一向に健康診断の準備をしない囚人達に苛立ったヒラリーは怒鳴る。
「良いだろう艦長」
そして、ついでのようにヒラリーはカイルに許可を求めてきた。
「……勿論だ軍医。監獄船だったために疫病の巣だ。治して欲しい。そして病気が広まらないようにして欲しいのだが」
哀れな羊を見るような目で沸き立つ囚人達を見つつカイルは妖しく微笑むサマービルに許可を出した。
「了解した。全員の病気を診よう」
最後に「ウフッ」と猛禽類が得物を見とけた時のような声と笑みを浮かべたヒラリーは早速、両手にアルコール消毒を施した後、真っ先に指示に従った囚人から診断を始めた。
「海兵は見張りを続けるように。私は旗艦に向かう。指揮はエドモント海尉に」
そう言った後、カイルは旗艦で自分の仕事を果たさすんだ、という態度で背を向けて艦舷に向かう。
「いいのカイル?」
カイルの後を追ってきたレナが尋ねてきた。
「仕方ないよ。伝手のある内科医なんて彼女しか居ない」
海軍で内科医、正規の教育を受けた軍医は少ない。
外科医なら五〇〇人以上いるが内科医は一〇人もいないだろう。
しかも外科医は船大工が船から人間に商売相手を変えたような連中であり、負傷した身体の部位を素早く切ることに特化している。
そのため病気に対する知識は殆ど無く、疫病の流行を止める事など出来ない。
そんな連中に利用を任せたら船団はあらゆる病気で溢れかえる。
いや監獄船の段階から病気が蔓延しており、今でも危険な状態だ。
「この状況を止められるのは彼女しか居ないよ」
「それは認めるわ」
レナはカイルに渋々同意した。レナは前の艦で疫病が殆ど発生して居らず、発症者が出ても軽症で回復したのを何度も目撃している。
故にヒラリーの内科医としての腕前に疑問は抱いていない。
「でも本当に彼女で良いの? あんな事をするのよ」
「他に内科医のアテがあるなら是非紹介してくれ」
「ゴメン、無理」
切羽詰まったような目でレナが尋ねると、同じような目でカイルが尋ね返してきたため、レナは自分の非を認めた。
彼女以上の腕前を持つ医者などいない。
知り合いに医者はいることはいるが、陸上から遠く離れ事故、死亡の危険があり、給金が少ない軍艦の軍医など引き受けてくれるような人物などいない。
医師ならば、はるかに安全でより大金を貰える開業医をやりたいに決まっている。
「なら、これ以上抗議するのはやめてくれ。やる事は沢山あるんだ」
「そうね。あんな酷い光景を見る必要なんて無いわよね」
既に前の艦でヒラリーを経験済みの二人は、この後に起こることを確信して、ボートに乗り込むためにタラップを下りて行く。
囚人が上げる歓喜の声が恐怖の悲鳴に変わることを。