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ジョージ

「畜生……なんで捕まるんだよ。文無しってだけなのに」


 牢獄に入れられた元水兵のジョージことジョージ・バークリー。

 彼は、子だくさんの農家に生まれて、受け継ぐ土地がないので、町に出てきて工場の労働者として働いた。

 インディアの綿糸を使って織物を作り、エウロパ大陸に輸出していた。

 だが、最大の輸出先であったガリアが貿易制限、輸入に関する税金を引き上げたために、売り上げが激減した。

 アルビオンに金貨が渡らないようにするためだという話しだったが、お陰で工場の売り上げが下がったために、ジョージは解雇されてしまった。

 他に職を見つけようとしたが、何処も不景気で職を得ることが出来ない。

 やむを得ず海軍の町なら職はあるだろうとポート・ロイヤルにやって来たが、ここも不景気で職がない。

 パブで憂さ晴らしをしていたら海賊討伐の為に乗員を補充していたプレスギャング――強制徴募隊に捕まり無理矢理海軍に入隊させられた。

 ガリアの戦争と内乱を運良く生き延び、去年の年末に本国に帰還してそこで解雇された。

 地獄のような艦内生活の後、無事に解放されてジョージは生の喜びを噛みしめるべく、溜まりに溜まった給料を握ってパブに入った。

 そして数日後には文無しになった。

 パブで派手に飲み食いして、散財してしまったのだ。文無しを泊めてくれる心優しい主人ではなかったため直ぐに叩き出されて浮浪者に。

 そこを役人に見つかり、浮浪罪で逮捕され治安判事に有罪を宣告され海岸近くのキャプティビティ監獄に収監された。


「まったく酷い監獄だ」


 キャピティビティ監獄は帝都キャメロットでは水はけが悪く衛生的に悪いことで評判だ。暗くジメジメしており、常に濡れている。

 特に匂いは酷く、軍艦に乗っていたときに嗅いだビルジ――船底に溜まる水で腐っていたり汚水が混ざった匂いが終始ジョージの鼻を曲げる。衛生環境改善は監獄の閉鎖まで行わないことを表明しているようなものだ。


「しかし、入ってくる連中が多いな」


 ジョージが入れられた収監場所は二本ある通路の両壁に檻が設置されている。ジョージが入って二、三日しか経っていないが、次々と新人が入ってくる。

 近年の浮浪者増加で収容人数が増えているようだ。そのため監獄でも増築が行われているという噂を看守達が囁いていた。

 他にも何か話していたようだが、酔った頭では分からなかった。


「しかし安普請だな」


 独房、いや建物がひっきりなしに揺れており船の上に乗っていた時を思い出してしまう。

 一寸した衝撃で建物が崩れ落ちそうだ。


「太い梁や柱が通っているのに、どうして監獄が揺れるんだよ。船じゃあるまいし水の上にでも建っているいるのか。まあ、こんな木ばっかりの建物じゃあ火事でおしまいか」


 鉄格子こそあるが、周りは分厚い木の板や柱で囲まれており、脱出は不可能。

 脱走してもイク宛も無いのでジョージはふて腐れて眠る事にした。

 だが、その瞬間頭上から多数の足音が鳴り響き、槌音がけたたましく鳴り始める。


「何が始まったんだ!」


 突然の騒音にジョージは溜まらず起き上がって叫んだ。

 音は依然として鳴り止まず、寧ろ更に激しくなる。


「くそっ、本当になんて監獄だよ」


「流刑囚はここに居るので全員なんだな」


 その時聞き覚えのある声がジョージの耳に入って来た。


「え、エルフだ」


 隣の監房の囚人が叫んで狭い監獄の隅に逃げた。

 エルフと聞いてジャージは、まさかと思って鉄格子から覗き込む。


「か、艦長」


 予想通り、海軍士官服を着たエルフ、カイル・クロフォード海尉いや、階級章が代わっており昇進して海佐になっていた。


「ジョージだったか。ここに収監されていたのか」


 カイルもジョージに見覚えがあり、名前で話しかけた。


「ここに収監されたという事は流刑囚だな」


「そう言われましたかね」


 自分をここに収監するよう命じた治安判事の言葉を思い出しながらジョージは、答えた。


「酒臭いな。大方パブで金を巻き上げられて文無しになった浮浪罪で収監され流刑を言い渡されたんだな」


「そういうことですよ」


 直近の過去を言い当てられて、ふて腐れたようにジョージは答えた。


「このままだと流刑地へ送られてそこで一生を過ごすことになるぞ。実は私は艦を一隻任される事になった。そこで水兵として乗艦しないか?」


 多少素行に問題があるが、言う事はよく聞くし多少経験があるので水兵としてジョージは使える、とカイルは判断し提案した。


「結構です。船どころか流刑地にも行きませんよ海なんて恐ろしい所なんか嫌です。俺はここにずっといます!」


「そうか、ならそうしろ。まあ行き着く先は流刑地だがな」


「? どういう事です」


 その時、監房が、いや建物全体が大きく揺れた。

 それだけではない。少しずつだが動いている気配をジョージは感じた。まるで船が動き出すような感覚だ。


「動いているのかこの建物は」


「監獄ハルクだからな。水の上なら動ける」


「ハルク?」


「航行能力を取り去って水上に浮かぶだけの建物にした船の事だ。このハルクは元は海軍の戦列艦フレンドシップ。先の戦争で活躍したが老朽化して戦闘に耐えられないので予備艦からも除籍された。で、監房不足になっていた刑務所に引き渡され、檻を増設して収容施設になったわけだ」


 一般に監獄船とも呼ばれる船だ。

 一九世紀イギリスでは収監者が増えて溢れそうになった刑務所の代替施設として大いに活用された。

 戦列艦の場合、太い梁や床板を使っているために戦闘に耐えられなくても囚人の逃走を阻む監獄として十分機能する。


「だが今回、流刑地へ出る船団が出来たんで待機中の流刑囚を運ぶ事になった。なら監獄船になったばかりの船を再び航行できるようにすれば良いという話しになり、いま再艤装中だ。この房に居ても流刑地に行く。因みに、流刑先はアルビオンからは裏側に位置するニューアングリア。そこでこの船は植民地の建設資材として活用するために、解体される予定だ」


 カイルの言葉を聞いてジョージの背中に冷や汗が流れる。地獄の航海に強制参加。しかも目的地はアルビオンの真裏にあり、そんなところに流されたら、帰国できるかどうかわからない。

 だが、カイルは気にせずに話を続ける。


「正規の海軍将兵は、他の艦に移乗して本国に帰還する。流刑囚は当然そのまま置いていく。まあ新天地で起死回生の機会を狙うのも良いが、大変だな。まあ、今は水兵ではないのだから選ぶのは自由だ。流刑囚として残るも、乗組員として本国に帰るのも好きなように選び給え」


「ま、待って下さい」


 立ち去ろうとしたカイルをジョージは呼び止めて、水兵に志願すると懇願した。

 カイルは認めると、直ちにジョージ開放するように命じて、再艤装の作業に加わるように命じた。


「大丈夫なの? 勝手に流刑囚を解放して」


「大丈夫だよ。刑務所から水兵をひっぱてくるなんてよくあることだし」


 尋ねてきたレナにカイルは答えた。

 狭い軍艦に押し込められる水兵になりたがる人間は極少数だ。そのため人数が少ないとプレスギャングに出て行ったり、刑務所に行って囚人を連れてくることは良くある事だ。


「使える人間は多い方が良いよ、就任か否かなんて海の上では関係ない。せめて流刑地に行くか水兵として働くかぐらいは選ばせてやろう」


 かくして流刑囚だったジョージは水兵として船団に加わることになった。

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