囚人輸送船団
囚人輸送船
文字通り囚人を輸送する船であり、流刑を言い渡された囚人を乗せて流刑地に行く船だ。
アルビオン帝国には古くから流刑がある。土地が貧しくて人を多く養えないために人減らしを兼ねて海外の植民地へ送り出すのだ。
ここ最近は囲い込みと四圃輪栽式農法などにより食糧生産量が増大し、養える人口が増えたため流刑は減っていた。
だが、食料の生産量より人間の増加率の方が早くて飢える人間が再び増えている。
人口増加で地方では職が無く都市に流入してくる人間が増えて浮浪者となって社会問題化している。
「ニューアルビオンの流刑植民地はダメなのか」
「内乱の後だから政府は流刑囚を送りたくないらしい」
「だろうね」
これまでは地理的に近いニューアルビオンが流刑先となっていたが内乱による政情不安により政府は新たに流刑囚を送ることを控えている。
ニューアルビオン住民の政府に対する感情も悪くて、刺激したくないらしい。
何より政府に不満を持つ浮浪者をニューアルビオンに放って再び内乱の火種となることを避けたいだろう。
「それでも船団を編成して送り出すのは流刑囚が増えているからだ。このままでは出発待ちの流刑囚が増えすぎてパンクしてしまう」
「だろうね」
都市への人口流入に伴い浮浪者が増加し、浮浪罪で流刑を食らう囚人が増えている。だがニューアルビオンへ送り込む事が出来ず、本国に留め置かれる流刑囚は増える一方だ。
何としても流刑囚を送り出したい政府は、ニューアングリアを新たな流刑地として活用したいらしく、囚人輸送船団を派遣する事を決定したようだ。
「しかし、よりによって囚人輸送船団で行くことは無いだろう。フリゲートを一隻仕立てれば良いだろうに」
「船団を組むから万が一、遭難や事故が起こっても僚艦が助けてくれるよ」
「確かに、万が一の時、助けが居ることは素晴らしい。けどそれが囚人輸送船というのが危険じゃないか」
「かといって一隻も無しよりマシだよね。それに僕一人を運ぶために一隻か二隻仕立てるより、船団と一緒に行動した方が予算も掛からないし」
「帝国の財政はそこまで逼迫しているのか」
カイルは呟いたが、同時に納得もしてしまった。
海軍所属艦艇の半分近くが解役され予備役に編入されている状況だ。しかもその数は年が明けてからも増えている。
巨額の海軍の予算を維持できない政府では皇位継承者第一位のために船団を仕立てることも難しいのだろう。
「分かったよ。一緒に乗っていくよ」
「ありがとう。僕も無事に渡海できる算段が出来て嬉しいよ」
「……一寸待ってくれ。それは俺の艦にウィリアムが乗り込むという事か?」
「そうだよ。帝国一の航海者が操る船に乗るんだ。その方が安全だろう」
何の疑いも無くウィリアムは言い放ったがカイルは別の心配をした。
「僕の階級を知っている?」
現在カイルの階級は海尉だ。正規の士官であり軍艦の海尉あるいは級外艦の艦長に任命される地位だ。
ヒヨコのような候補生より上位ではある。だが、正規軍艦の艦長に任命される海佐より一つ低い。
「今回の航海では仮だけど海佐へ臨時昇進するよ。航海が上手く行けば、正式に進級できる」
「つまり僕より上級の指揮官、船団の司令官がいるという事だよね」
「そうだね」
「同じ船に乗り込んでくるの?」
「いや、序列上位者が一つの船に集まるのは危険だから別の船に乗って貰うよ」
意訳すれば、船団旗艦に乗らず、カイルの船に乗ってニューアングリアへ向かうよ、とウィリアムは言った。
特別な乗客だが同時に巡察使として司令官よりも指揮権で上位者でもあるウィリアムが船団の旗艦に乗らず、カイルの船で同行するのは、一見不自然に見える。
だが、もし旗艦にウィリアムも船団司令官も一緒に乗り込んで、万が一事故が起こって沈んでしまった場合、指揮官序列の一位と二位が同時に失われることになる。
第三位の者が指揮を継承すれば良いのだが、上位二名が同時に失われるのは避けるべき事だ。
故に、指揮権をもつ上位者が一つの船に集まるのは危機管理上危険だ。
その意味ではウィリアムの意見は正しい。
しかし、船団の司令官は良い顔をしないだろう。
ウィリアムという皇位継承者第一位が海佐に仮昇進したばかりの十代エルフ士官の船に乗り込むのは面白くないだろう。
絶対に嫉妬心から、妬むに決まっている。
ただでさえエルフという事だけでも風当たりが悪いのに、これで船団内の居心地が悪くなるのは明らかだ。
「ああ、それと航海計画の策定を頼む」
「普通は船団指揮艦が決めるんだろう」
「実は、余り大きな声では言えないのですが」
カイルの疑問にウィリアムに代わってカークが答えた。
「今回の人選ではウィリアム様への忠誠心が篤いことを基準に選ばせて貰いました。そのため航海術の腕がカイル様より落ちる方々で」
「人材不足かい」
カイルは呆れたが仕方の無い面もあった。
転生者であるカイルは、転生前は日本の船会社で航海士として勤務していた。
そのため、アルビオン帝国海軍の士官よりも腕が良い。チートと言って良い。
そのカイルを基準に他のアルビオン海軍士官の能力を見たとしたら、腕が格段に落ちるのは明白だ。
「世界一周航海を成功させた腕を見込んでのことだよ」
何より、これまでそんな遠くまで船を派遣することは、帝国においても事例は少ない。
より近いニューアルビオンまで行けば事足りた。
そのためニューアングリアのような遠隔地まで船が送られることは、探検や観測の為の航海しかない。
その数少ない観測航海を成功させたのがカイルだった。その時の経験も買われて航海責任者へ就任するようカイルに求めて来た。
「分かったよ。けど、司令官を通じて命令が下るようにしておいてくれよ」
「分かっているよ。で、どんな風に航海するの?」
「基本は観測航海の時と同じだな。夏至の前に北回帰線を越えて何処かの陸地でドラム――赤道無風帯をやり過ごして、南半球へ行く。暗黒大陸の南端から東に向かう風を掴んで一気にニューアングリアへ向かう。帰還はニューアングリアでの作業の進捗状況にもよるけれど、出航後は南東へ向かい南緯五〇度で東進。スホーテン海峡を通過後は北東へ進路を変えて、北上。回帰線を越えてから風を待ち、ニューアルビオンへ帰投する。こんな所だね」
「直ぐに航海計画を出せるなんて凄いよ。流石だよ。やはりカイル以外に適任者はいないね」
「大雑把に決めただけだよ」
「それでも十分に凄いよ。船団を頼む」
「わかったよ」
ウィリアムの素直な賞賛にカイルは照れながら答えた。
エルフという事だけで偏見の目で見られており、カイルは褒められた経験が少ない。
そのため純粋な賞賛を受ける事は少なく、褒められることに飢えていた。
「皆はどうする?」
カイルは顔を隠して、同行者に尋ねた。
「何言ってんのよ」
「囚人輸送船だろうと戦列艦だろうと一緒に乗ってやるよ。海尉としてね」
「カイルが行くなら何処にでも」
「神様と共に行きます」
「ありがとう」
劣悪な囚人輸送船でもカイルと共に同行することを約束してくれてカイルは嬉しかった。
「さて、僕の指揮艦を見に行きますか」
停泊場所をカークから聞くと駆け足でカイルは向かった。
その姿を見てレナとエドモントは互いに視線を交わして笑い合った。