斬り込み
カイルはサプライを南東に向かって逃げるプリンス・オブ・ウェールズに接近させる。
捕まったプリンス・オブ・ウェールズを中心に船団が周りを囲んでいる。
乗っ取った連中が船に不慣れでそうだが上手くなく、包囲網を作ることは簡単だった。
だが、人質、それも船団に乗り込んでいるニューアングリアへの入植者家族がいるために下手に近づけない。
危害を加えられたら、船団の内部はガタガタになる。
「各船に徐々に接近するように伝えろ。風下側にも船を回すことを忘れるな」
「アイアイ・サー」
状況を見たカイルは指示を出して、船団へ信号を出す。
受信した後続船団の各艦はプリンス・オブ・ウェールズを囲む輪を徐々に縮めていく。
そこへサプライも西風を受けて距離を詰めていく。
「本艦が突入する。接舷したらレナ、君が斬り込み部隊を指揮するんだ」
「ええ、分かったわ。上手く寄せてね」
「もちろんだ。ああ、水兵で編成された一隊を別に編成しておいてくれ」
「良いけど、どうするの?」
「僕も斬り込みに参加する」
「大丈夫なの?」
いくら操船が上手いカイルでも、外洋で出来ることは少ない。
身動きは凄く軽やかだが、斬り込みで活躍できるかどうかレナは心配だった。
「秘策があるからね」
だがカイルは自信満々に言うとレナは方をすくめて編成していた斬り込み隊の一部をカイルへの別働隊に選抜した。
その間にカイルはサプライを操船し風上、プリンス・オブ・ウェールズの右舷側に向かう。
操船に慣れていないマッカーサー達が指揮するプリンス・オブ・ウェールズは脚が遅くすぐに追いつくことが出来た。
「さて、始めるか」
プリンス・オブ・ウェールズの甲板の動きが分かるくらいまで接近したカイルは呟く。
マッカーサーらしき人物がカイル達を見て叫んでいる。
「近づいたら人質を殺す、と言っていますが」
傍らにいたマイルズが報告する。
実力は無いが、態度と自尊心が大きく、それに比例して声も大きいため風下でもマッカーサーの声は届いた。
「人質に危害を与えれば嬲り殺しにあう、と言ってやれ」
「アイアイ・サー」
海兵の家族を人質に取っているのだ下手に危害を加えれば自分たちが危険だと言うことを教えれば少しは動きが鈍る。
手旗信号でも伝えているが、陸の兵隊は手旗信号を読めないだろうとマイルズが舳先に断ってそのことを大声で叫んで伝える。
どうやら聞こえたようで、マッカーサーの動きが止まった。
「では行くぞ! 下手回し!」
カイルは舵輪を左に回してプリンス・オブ・ウェールズへ向かって突進した。
マッカーサーは止まれ、と叫んでいるが、カイルは無視する。
急速に接近し大きくなっていくサプライの姿にマッカーサー達は顔面が蒼白となっていく。
プリンス・オブ・ウェールズも大型だが、サプライに横腹へ突入されたらひとたまりも無い。
そう思わせるだけの質量と勢いがサプライにはあった。
そしてそれは事実であり、マッカーサー達の恐怖心は事実を正しく認識し、反対側の舷へ逃げていった。
予想通りの動きにカイルはにやりと笑う。
船の事を知らない人間が見たら怯えるに決まっている光景を見せることでマッカーサー達を怯えさせる作戦の第一段階はひとまず成功した。
そして次の命令を下す。
「右へ急速回頭! スパンカー! ホールイン! トップスル、裏帆を打て」
一番後ろの帆が風をはらみ、ドリフトのように横へ流れていく。
舵が風上に切られたことで、サプライはプリンス・オブ・ウェールズの風上側に平行に並ぶように航行する。
そのためプリンス・オブ・ウェールズの帆はサプライの帆が被ったため風を受けられず急速に速力を落とした。
カイルも真っ正面からサプライを突っ込ませる木は無かった。
プリンス・オブ・ウェールズは大型だが、勢いの付いたサプライが衝突すれば衝撃を受けて損傷してしまう。最悪船体に穴が空いて沈む可能性もある。
そこまで行かなくても、衝撃で船内は大きく揺れ、乗客、女子供が多いので彼らが傷つく。
彼らの負傷を防止するためにも接舷に細心の注意を払っていた。
「よし回頭! 突っ込め」
速力が遅くなったところでプリンス・オブ・ウェールズへサプライを近づけさせる。速力が遅くなっているため接舷させた時の衝撃は小さかった。
「アポルタージュ!」
斬り込み準備していたレナに命じて突っ込ませる。
「全員続け!」
先頭を切ってレナは突撃する。
ニューアングリア軍団の連中は数が多かったが船上の先頭に慣れていなかった。
揺れる上に傾いている甲板の上で足場を確保するだけでも難儀していた。
その動揺を突いてレナは次々とニューアングリア軍団の兵士を倒していく。
「ええい! 全員並べ! 連中を通すな!」
船首から甲板の中程まで攻められたマッカーサーは配下を横に並べて甲板を封鎖するように見せた。
「おい、こいつらがどうなっても良いのか」
そして子女達を連れ出してサーベルを突きつけた。
「やっていることが海賊ね」
レナは呆れたが、危険な状況だった。
マッカーサーは人質を取っているし、甲板の中央部に並び分断している。
攻めようとしてもどうにもならない。
その時、プリンス・オブ・ウェールズが左に大きく揺れた。
マッカーサー達は船が揺れてよろめく。
「何を勝手に船を動かしている!」
舵輪のある後ろを振り返ると舵輪を握っていたのはカイルだった。
サプライが接舷すると同時に、搭載していたカッターに斬り込み隊を載せてプリンス・オブ・ウェールズの反対舷に回り込んでいたのだ。
洋上のため風が荒く波も高かったが、カイルは巧みにカッターを操作して、プリンス・オブ・ウェールズへ付けることに成功した。
レナに気を取られていたこともあり、マッカーサー達はカイルに気が付かず、ボートの接舷を許してしまった。
舷側をよじ登りカイル達は甲板に降り立つとすぐさま舵輪周りを制圧し舵を握った。
「操舵に難儀しているようなので、代わりに舵を取らせて貰った」
「巫山戯るな!」
笑うような口調で言うカイルにマッカーサーは激高した。
「制圧したんだ。降伏しては?」
「するか!」
マッカーサーは叫ぶとカイルに襲いかかる。
しかしカイルは冷静に舵輪を回し帆に風をはらませる。
艦は傾きを増して甲板が傾く。
「ぬおおっ」
傾いたことにマッカーサーは驚いて慌ててバランスを取ろうとした。しかし、すぐにカイルが駆け寄り足払いをして甲板に転がして黙らせた。
「はい、おしまい」
カイルはマッカーサーにサーベルを突きつけて降伏を促した。
他の兵士達もレナや海兵隊員に制圧されて降伏した。
「畜生」
最後に残ったマッカーサーも不承不承に両手を挙げて降伏を示した。
「船内へ突入、人質の安否を確認するんだ」
水兵達が船内に入り、残敵を掃討し人質を救出していく。
「全員無事です。敵も全て捕らえました」
「諸君! 勝利だ!」
カイルが宣言すると水兵達から歓声がが上がった。
「さあ、ポート・ジャクソンに戻るぞ」