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巡察使

「ウィリアムが?」


 カークの言葉を聞いてカイルは小首を傾げた。

 ウィリアムとは、アルビオン帝国の皇位第一継承者、ウィリアム殿下のことだ。

 カークはウィリアム付の御付武官だ。皇位継承者になってからずっと近侍として仕えており、ウィリアムが海軍に入隊してからも一緒に入隊して世話をしていた。

 正式に士官へ任官してからは殿下の近くで仕える士官、御付武官に任命された。


「ウィリアムの奴、一体何の用だろう」


 だが、カーク以上にウィリアムとの付き合いが長いのがカイルだ。

 現皇帝が即位する前は、ウィリアムとカイルの領地が近い上に、誕生日がカイルの方が少し早い。そのため家族ぐるみで付き合った。

 だがそれも帝都の政変で上位の継承者が軒並み早死、あるいは失脚したため皇帝に即位するまでの話で、即位後は帝都暮らしに。

 初めの頃は帝都での話し相手にとカイルがウィリアムの側に仕えていたが、エルフは不吉という帝国の偏見故にカイルは疎まれカークと入れ替わる形で退いている。

 ウィリアムはカイルが止めるとき残念がり、同時に守れなくて申し訳ないと思っていたが、カイルは気兼ねせずに海軍に入隊できると寧ろ喜んでいた。

 その後、ウィリアムが海軍に入隊して来た後も友情は変わらず続いている。


「呼び出してくるなんて相当な物だね」


 付き合いが長いからこそカイルはウィリアムが易々と殿下の名で呼び出すことはない。

 使用ならもっと気軽に呼び出すか、自らお忍びで出てくる。

 それも頭が痛いが、公式に呼び出す、それもエルフであるカイルを呼び出すのであれば重大な事だ。


「直ぐに支度していくよ」


「私たちも行く」


 カイルがカークに承諾するとレナの声が響いた。

 既にルームシェアの仲間は一緒に行く気満々で準備を始めている。


「遊びに行くんじゃない。それに同行出来るどうか」


「それならご心配なく。殿下はこのような事態を想定されており、全員が乗れる馬車で行くよう命令されています」


「本当に手際が良いな」


 少し抜けていたり、子供っぽいところがあるが、ウィリアムは意外と気配りが出来る。だからこそ幼いことから付き合っているし、人付き合いが苦手なカイルとの友情が続いていた。




「呼び出して済まなかったね」


 銀髪で人の良さそうな笑顔を見せて部屋の主であるウィリアムはカイル達を自分の部屋に迎え入れた。

 カークが現れてから一時間もしないうちにカイルとその同居人は、皇帝の居城であるアヴァロン城のウィリアムの部屋に通された。既に話は通っておりエルフであるカイルも何の問題も無く通された。


「いや、大丈夫だ。予備役になってから時間はたっぷり有るからね。で、何があったんだ」


「話が早くて助かる。まだ公表されていないけど、僕の人事が発令された」


「何処かに行くのか?」


「うん、ニューアングリアへの巡察使に任命された。もうすぐ出発する」


 巡察使とは皇帝の命令により地方の監察を行う役職だ。

 アルビオン帝国は様々な領邦、貴族領、独立自由都市、直轄領からなっており、それぞれで政情が違う。しかも貴族領だと独立分権により自治が認められている。しかし勝手な政治を行い政情が乱れるとその貴族領だけでなく帝国の政情も不安定になる。それを防ぐ為に監察を行い必要とあれば処断するのが巡察使だ。

 領邦の政治に干渉する重大な役目のために権限は強く、現地の統治者と癒着するのを防ぐ為にも皇帝の信任が篤く高潔な人物しか任命されない。

 その点、ウィリアムは皇帝の長男であり、能力にも問題は無く、正義感が強いのでピッタリだ。

 だが、派遣先が問題だった。


「よりによってアルビオンの真裏にある大陸。一番遠い植民地じゃないか」


 ニューアングリアは、今から二百年ほど前に探検船団によって発見された大陸だ。

 新たな植民地を探すために出て行った末に発見したのだが、余りにも遠い場所であり入植は困難なため、その後放置されていた。

 入植が始まったのはようやく最近になってからだ。

 千人ほどの入植者が送られ、今開拓を行っている最中だ。

 だが、様々な困難によって遅れている。


「近年は洪水が入植地を襲って大変だって話じゃないか。それ以前に、到達するまでに何人もの死者を出している」


 入植地故の困難と遠距離のため長い航海となり、その間に亡くなってしまう者も多い。行くだけでも非常に困難だ。

 入植地も有望な農地があるそうだが、開拓中のため自然の脅威が常に襲っていて死者もが出ていると言う話をカイルも耳にしていた。


「普通はそんな辺境ではなくて本土の何処かの貴族領じゃないのか?」


 通常皇族が巡察使に任命されれば本土の貴族領へ赴くのが普通だ。

 皇位継承第一位なのに何故酷い扱いを受けなければならないのかとカイルは憤った。


「仕方ないよ。帝国は疲弊しているんだ。長い戦争と内乱でタガが緩んでいる。ここで締め直さないと」


「でも、そんなに遠くへ行く必要は無いだろう」


「決まった事だよ。それにニューアングリアは将来性が豊かな土地だと聞いている。開拓が成功すれば、帝国の財政を少しは助けてくれるはずだ」


「洪水で大変だって聞くぞ」


 入植したばかりで何もかもが建設中の開発途上の植民地。川の氾濫を防ぐための堤防さえ無い有様だ。本土ならば貧しいとは言え、河川工事が行われており氾濫の心配は無いが、ニューアングリアは小雨でも川が氾濫してしまうほど荒れていると聞く。

 そんな危険地帯にウィリアムを送り込むなど正気の沙汰では無い。

 だがウィリアムは怯まなかった。


「なら尚更赴いて政情を安定させないと。帝国の領土なら見捨てておけないよ。それに実はニューアングリアには悪い噂があるんだ。派遣された総督が身勝手な政治を行っているという噂が立っていて事の真相を明らかにしないと。また内乱が起こるのはゴメンだ」


 先のニューアルビオンにおける反乱は、課税負担のもめ事から始まった。現地の総督の強硬な態度と相まって現地住民の反感を買い、内乱となってしまった。

 ウィリアムも内乱を見ており二度と悲劇は繰り返したくないという思いが強いようだ。


「ここで巡察使に任命されたのも運命だ。やり遂げるよ。そのためにもカイルには僕が乗る船団の一隻を指揮して欲しい」


「まあ、そういうことなら仕方ないな」


 人当たりが良い割りに、一度決めたら曲げることのないウィリアムだ。

 でもって助けたくなるほど真っ直ぐな正義感。

 カイルはいつものように承諾した。


「ありがとう」


 カイルの返事にウィリアムは感謝を述べた。


「いいよ。指揮艦が無くて困っていたところだったんだ」


 そこでカイルはある事に気が付いた。


「ところでウィリアムは何の船で行くことになっているんだ?」


「春にニューアングリアへ向けて出航する囚人輸送船団だけど」

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