攻城戦
「巡察使を逃がしただと」
部下からの報告を受けたマッカーサーは、冷静に呟いた。
怒り狂うと考えていた部下は予想が外れてむしろ驚いた。
「逃がしてよろしいので」
「逃げたとしても何処に行くんだ?」
尋ねられて部下は納得した。
本国から遙か彼方のニューアングリアで何が出来るというのだ。
少なくとも数千海里以内にニューアングリア軍団と戦闘を行えるような戦力は存在しない。
連れてくることも出来ない。
自分たちの優位が崩れるようなことは無いのに恐れる必要があるのだろろうか。
「すぐに追いかけて捕まえろ。懸賞金を出す」
「気前が良いですね」
「ミスした馬鹿どもに与える罰金から出すからな」
自分の懐を傷めずに済む方法だった。
「しかし、巡察使が逃げられたのは拙いのでは? 万が一、船に乗って逃げられると」
「その時はガリアに移るさ」
アルビオンから睨まれても植民地ごと敵国に売り渡せば良い。いっそ、独立するのも手だ。
遙か彼方の植民地をすぐにどうこうする事は出来ない。
本国に比べれば木で出来た粗末な砦だが何千海里という距離を超えて攻略することは不可能に近い。
ニューアングリア軍団は少なくとも数千海里以内では無敵であるとマッカーサーは信じていた。
だが、それを揺るがすような音が、銃声が響いた。
それも一発では無く十数発。暴発とは考えられない。
「どうした」
マッカーサーは駆け込んできた部下に尋ねた。
「逃げ出した囚人の反乱です! 先ほど流刑船からやってきたオブライエンとかいう奴が先頭に立って攻撃してきています」
「捕まえろ」
「無理です。連中はライフルを使っています。我々の射程外から攻撃してきていて無理です」
フリントロック銃は滑空砲、ライフル――銃身の内部に螺旋状の溝が掘られていないため弾が回転せず安定しない。
そのため有効射程が短く、ライフルに劣る。
このままでは一方的に撃たれる。
「遠巻きにして包囲した後なぶり殺しにしろ」
「無理です。エレナ族の連中が周りを守っています。それに」
「どうした」
「巡察使が加わっています。その護衛の海兵や水兵が武装して守っています。包囲は不可能です」
部下の報告にマッカーサーは顔をしかめた。
「すぐに後退させろ。砦に籠城する」
砦から大砲の音が轟くと馬に乗ったニューアングリア軍団が引き返していった。
「少し厄介ね」
その動きを見て陸上部隊を指揮していたレナは呟いた。
予め、定められていたようだが、規律を律儀に守る程度には統制がとれている集団ということを示していた。
烏合の衆を相手にするなど物語の中だけ、厄介な敵と戦うことが多いのが実戦だ。
「で、どうするの?」
「作戦通りに砦を囲って欲しい」
「わかった。全部隊! 展開せよ!」
陸軍軍人の家系出身だけに部隊への命令は適切だった。
所属集団ごとに、纏められた部隊が砦を包囲する。
連絡の為に海兵隊から下士官が派遣されているとはいえ、部隊を的確に動かしたレナは大した物だった。
「でもこれ以上できないわよ。近づいたら攻撃されるわ」
レナの言うとおりだった。
砦は木で出来ているが人間の攻撃に耐えられる強度を誇る。
攻撃側は強襲しようとすると壁に張り付く前に銃撃を一方的に浴び続ける。壁に取り付いても、よじ登る前に銃撃されて攻撃されてしまう。
しかも、小さいながらも砦からは堡塁が突き出ていて互いに援護できるように、接近してくる敵に十字砲火を浴びせることが出来るようになっている。
人数で圧倒しているが、力攻めをすれば、全滅しても砦は落ちないという事になりかねない。
「大砲が必要よ」
呆れたようにレナは呟いた。
砦は海岸から離れた場所にあり艦砲の射程外だ。
そのことを狙って要塞を作り上げたのだろう。ニューアングリア軍団も馬鹿では無いと言うことだ。
海からの敵は海岸の砲台が対応して撃退。撃退できなければ砦に立て籠もり敵が逃げていくのを待つ。
攻略しにくい砦に構っているほど人は暇では無い。
攻め落とせないと分かれば引き返していく。場合によっては、ニューアングリア軍団が保有する馬を使ってヒットアンドランを繰り返す。
確かに大砲が必要だが、海岸から持ち込むには距離が離れすぎているし、道もない。
一トンを超える大砲を運ぶのは容易ではないし、そのようなノウハウをレナは持っていない。
「大丈夫だ。すぐに来るよ」
カイルがそういって背後、海岸の方を見た。
釣られて見たレナはそこからやってくるマイルズ達の一団をみて驚いた。
「敵は待機しています」
「よし、接近してきたら蜂の巣にしてやれ」
砦に立て籠もったマッカーサーはひたすら気をうかがった。
これまでも原住民の襲撃があり撃退してきた。
海賊の襲撃もあり、そのたびに砦に立て籠もって撃退した。
防御力に優れる砦はニューアングリアでは最強だ。
囲っていても、攻め落とすことは出来ない。
立ち向かってくれば銃撃の雨を降らせてやる。
このまま膠着状態にして相手が弱ったところで突撃すれば良い。
夜に夜襲を繰り返して疲れさせる手もある。
小型で弾薬が限られるが大砲もあり、敵を一方的に攻撃できる。
有利なのは自分だとマッカーサーは考えていた。
その時、盛大な砲撃音が響いた。
「砲撃命令は出していないぞ!」
マッカーサーは部下が勝手に砲撃を行ったと思った。
大砲を撃てるのはこの砦の中の大砲だけだと考えていたからだ。
だが、建物の奥から破壊音が響いてきた。
「暴発か」
砦の大砲が何らかの弾みで撃って建物を破壊したかと思った。
だが続く第二射が砦の外、敵から響いてきたのを聴いて驚いた。
「馬鹿な」
外から響いてきたのは空耳だと思いたかった。
だが外壁、木製の壁に命中して破壊したのを、外から中へ砲弾が転がり建物の中へ、進路上の障害物を破壊しながら入ってきたのを見て認めざるを得なかった。