合意
「おい、ウィリアム」
カイルは頭を下げたウィリアムを止めようとした。
ウィリアムは巡察使だ。
植民地の生活向きを調べるために本国から派遣される。
植民地での倒置法が悪ければあ総督を解任できる権限を、持っている。
今、頭を下げるのはニューアングリア軍団が悪いこと、アルビオンの統治が悪かったことを認めることになる。
「カイル、ニューアングリア軍団のやり方は正しいと思うか」
「いいや」
だが、ニューアングリア軍団のやり方が間違っていることも確かだ。
「マッカーサーを更迭し、ニューアングリア軍団を一掃して新体制を作り上げる」
「出来るのか?」
オブライエンが見下したように言う。
「ああ、必ずやる。本国に帰ったら新しい総督を送る。酷いようなら解任しても良い」
「だが何時になるんだ。今すぐ出来るのかよ。本国は遙か彼方だぞ」
「だから協力して欲しい。ニューアングリア軍団を引きずり下ろすために」
「そして、お前が新たな総督に丸く収まる。いや、本国から軍隊をよこしてさらに過酷な支配を行うのか」
「それはない」
「何?」
「なぜなら新総督はあなた、オブライエンだからですよ」
『はあ?』
話を聞いた全員が疑問符を浮かべた。
そしてその話の内容を理解してますます困惑を深めた。
「冗談だろ」
半信半疑でオブライエンは尋ね返すが、ウィリアムは本気だった。
「私は巡察使で必要なら新たな総督を任命することが出来る。その権限を用いてオブライエンを新たな総督に任命する。本国からの承認は必要なので総督代理だが、本国に認めさせよう」
「本国政府の操り人形になれと」
「そうなりますが、大丈夫でしょう。何しろ本国は遙か彼方です。自由に動くことが出来ます。言いなりになるつもりも無いでしょう。最低限の義務は果たして貰いますが」
「正気かウィリアム」
思わずカイルはウィリアムに尋ねた。囚人を新たな総督にするなど頭がおかしくなったかと思えた。
「僕は真面目だよ。少なくともオブライエンがマッカーサーより酷い政治を行うとは思えないし、それなりに纏められるだろう」
「確かにな」
言っていることは正論だった。
オブライエンは反抗的な態度は目立つが、性格は意外と誠実で真面目、特に配下への気配りに優れる。
反乱に加わったが、その前は一集落を纏めていたのである程度の行政手腕もあるし、何より反乱軍を率いていたため軍事能力もある。
まともな戦力をおけない遠隔地の開発途上の総督としてぴったりだ。
「だが、私たちは認めないぞ」
エオラ族の若者が言った。
「お前達が病気を持ち込み、土地を奪い、仲間を殺した」
「謝罪します。そして縄張りの範囲を決めて棲み分けましょう。こちらからも出来る限りの補償はします」
「信じられるか」
「では、病人を診ましょう。助けられるかもしれません」
「出来るのか」
「ええ、ヒラリー医師、お願いします」
「お任せあれ」
ヒラリーが病人のテントへ向かった。
目をらんらんと輝かせた不気味な動き方に全員が怯んだが、止めるのも怖くて出来なかった。
彼女はすぐに病人の手当を行った。
「天然痘だ。結構酷い。けど種痘用の牛がいればこれ以上の感染拡大は防げる」
「どういうことだ」
「これ以上、病が広がることは無いと言うことです。我々に協力して貰えば」
「信用できるか」
エオラ族の若者はかたくなだった。
必死に説得しようとするが互いに言葉が通じにくい。アルビオンの言葉を理解するのはあ若者だけのようで他の人々と話せない。
「()’~’~)()」
その時、声が上がった。
声の主を見るとオバリエアだった。
「&(%(%’&$(’~()~」
「(&)&~%%&’)==」
「通じるのか」
エオラ族と言葉を交わす様子を見てカイルは驚いた。
「はい、少し訛りが強いですし、通じないところもありますが話せます」
エオラ族とオバリエアの故郷は何千キロも離れている。
だが、海の海龍を使えば行けなくも無い。もしかしたら何百年も前にエオラ族が海に出てオバリエアの故郷へたどり着いたのか、あるいは逆にやってきたのかもしれない。
いずれにしろ彼らは共通の祖先と文化を持つことに間違いは無いようだ。
その証拠にオバリエアは踊りを見せてみた。
エオラ族の舞踊も同じような意味があり、通じている。
そのためエオラ族との間に信頼関係を結ぶことが出来た。
「エオラ族の方々は信じてくれました。協力してくれるそうです」
若者も渋々認めているようだ。
「さて、どうでしょうか? 彼らと共存してくれますか。そのためにはあなたが総督になり、ニューアングリア軍団を排除する必要があります」
ウィリアムはオブライエンに尋ねた。
「わかったよ」
オブライエンは折れた。
故郷で原住民との融和に心を砕いた事があったために何とかしたいと思っていたのだ。
「では、あなたを総督代行として承認します。悪逆非道を働くニューアングリア軍団を排除するよう命じます」
「了解しました」
オブライエンは頭を下げて受け入れた。
自然な動きだったため当人も、受け入れたことに後になって気が付いた。
しかし、悪い気分では無かったために、拒絶する気も無かった。
「さて、問題はこいつらなんだけど」
レナがアンの方を向き、全員が続いた。
明確にカイル達と敵対しているのはアンだけになった。
人数的に少数派に立たされた。
「あー、このまま手伝うのでよいかな」
「良いでしょう」
「ウィリアム」
カイルはさすがに止めた。
海賊が何をしでかすか分からないからだ。
「おいおい、信用してくれよ。なんならニューアングリア軍団を先頭に立って撃破してやるぜ」
「本当か? そのまま砦に乗り込んでニューアングリア軍団に付くんじゃないだろうな」
「まさか。嘘だと思うなら、突撃命令がでるまで待機しているぜ。それに海は抑えられているしな」
確かに、沿岸部や港は抑えている。もし逃げ出したとしても抑える自信がカイルにはある。
ニューアングリア軍団へ付いたとしても砦の中にこもる以外に方法は無く、むしろ宇民へ逃げる退路を塞がれる事になる。
「わかった、良いだろう」
「良いでしょう。戦闘に出てください」
「よし、任せろ。と、言いたいところだが大丈夫なのか。砦を破壊できるのか?」
木で出来た粗末な砦だが、防御力は侮れない。
接近する前に銃撃を受ける上に木の壁に阻まれて内部に侵入できずさらに攻撃を食らう。
攻撃には大砲が必要だが、砦は内陸部にあるため艦砲の射程外だ。
艦砲射撃を受けないようにニューアングリア軍団は冷静に砦を建設していたのだ。
艦砲は重く陸上を運ぶのは難しい。
艦載砲の攻撃を受けない内陸部に要塞や町を作るのは、軍事的な常識に合致しているし、合理的だ。
「それなら大丈夫だ」
だがカイルは軽く請け負った。
「大砲なんて運び込めば良いだけだからな」