エオラ族
「何事だ」
銃声が響いた後、馬車は急停車した。周囲を固めていた警備の兵士など突然の銃撃に慌てている。
無理も無い。これまで銃を知らない原住民相手に自分たちが銃を向けていただけなのだから。自分たちが銃撃を受ける状況など考えたことも無かったのだろう。
馬車の馬も混乱して激しく暴れ出し、馬車ごと倒れてしまった。
再び銃撃が起きると、彼等は仲間である従者を置いて一目散に砦へ逃げてしまった。
「おい、拘束者の安全確保も仕事の内だろう」
横転した車内でカイルが文句を言って回りを見渡した。
レナ、ウィリアム、ヒラリー、オバリエア、クレア。
全員、かすり傷程度の怪我で済んでいた。
「皆無事なようで何よりだ」
「横転して襲撃されているのに無事とは言えないわ。ここから出る事も出来ない」
「なに、直ぐに出してくれるよ」
レナの愚痴にカイルは軽口で答えていると、数人が馬車に乗ってくる振動が車内に響いた。そして閂を銃で破壊してドアを開けた。
「助けてくれてありがとう」
「なに、船の上でのお礼だよ」
ライフル銃を持って仁王立ちしているオブライエンにカイルは感謝の言葉を贈った。
直ぐにオブライエンの手下が馬車の中からカイル達を外へ出す。
解放されたわけでは無く、今度はオブライエン達に銃を突きつけられている。
「どうしてライフルなんか持っているのよ」
「教える必要は無い」
「アンとメアリーが提供したんだろう。襲撃した時にオブライエン達を逃がした上に、銃を渡したんだろう。まああの混乱の最中に銃を配布するのは難しいから一旦退却して、改めて配布したら町から馬車が出てきたんで、襲撃したんだろう」
カイルの解説に察しの良いエルフは嫌いだ、という表情をオブライエンは浮かべた。
「ああ、バレてしまったか」
海賊の頭目であるアンが手下を連れて前に出てきた。
「その通りだ。理解が早くて助かる」
「海賊と手を組むなんて、悪党が」
「大人しい市民を何万マイルも離れた土地に連れてくる方が余程悪党だ。その状況から助けてくれる人間は誰でも歓迎だよ」
レナの言葉にオブライエンは応じる。
「それにしても人数が多くないか」
ウィリアムが気が付いた。
脱走した流刑囚は一五〇人ほど。海賊を含めても三〇〇人以上になる事はない。
「エオラ族か」
カイルは推測を口にした。
特徴的な民族衣装を着ていること、先ほど彼等の村がニューアングリア軍団に焼かれるところを見ていたことから直ぐに分かった。
「彼等はニューアングリア軍団に焼き討ちされたことを怒っている」
「だろうな」
あの一件だけで無く、以前から行っていたとすれば、恨みは相当激しいはずだ。
「殺すのか」
「この場で殺しても良いが集落に連れて行ってやろう。見せしめとしてな」
ニューアングリア軍団から解放されたカイル達だったが、今度はエオラ族に捕まってしまった。
それもオブライエンと海賊であるアンと手を結んでいる。
しかも全員がカイル達に恨みを持っている。
ニューアングリア軍団よりよほど危険だった。
「さて、着いたぞ」
連れてこられたのは粗末な布、所々ほつれのある古い布で作られあちこちに当て布をされたテントで作られた集落だった。
しかし殆どの住人には覇気が無く、難民キャンプのような有様だ。
特に子供の数が少なかった。
風に揺れた布地がめくれてテントの中が見えた。
かさぶただらけの子供が寝かされていた。天然痘だ。
疫病が流行していて多くの人が病で亡くなり死につつある。
活気が少ない理由はニューアングリア軍団だけで無く疫病がはやったからだ。
「酷い場所ね」
キャンプの惨状を見たレナが本音を呟いた。
「お前達が焼き払ったからだ」
「あたしたちはやっていない。やったのはニューアングリア軍団よ」
苛立ったエレナ族の人間が怒りをレナにぶつけると彼女は反射的に怒鳴り返した。
「いずれにしろアルビオンだろう」
「連中とは違う」
「いや、同じだ」
そう言ったのはウィリアムだった。
そしてエレナ族に向かうと頭を下げていった。
「済みません」
ウィリアムは頭を下げて謝った。