拘束されるカイル達
「何をしているんですか」
いきなり銃を向けてきたマッカーサーにカイルは抗議した。
「巡察使は襲撃によって精神が錯乱されている。拘束して砦において治療を受けてもらう」
「精神異常は確認出来ません」
マッカーサーの言葉に医師であるヒラリーが反論する。
「君も精神異常のようだ。拘束し治療する」
「馬鹿な。私は正常だ」
性格的に問題があるのヒラリーだが少なくとも治療と医師の腕に関しては十全の信頼が置けるし職務にも真摯だ。異常だと言うのはおかしい。
「何の権限があって私を異常と言うんだ」
「ニューアングリア総督としての権限でだ」
「医師としての経験も資格も無いのにか」
「そうだ。総督としての権力をもっている。その権限を使う」
「させないわ」
レナが会津をすると背後にいた数名の海兵隊員が銃をマッカーサーに向けた。
しかし、マッカーサーの背後にいる数十名のニューアングリア軍団の兵士が銃を向ける。
「レナ、止めるんだ」
「けど」
「多勢に無勢だ」
「……分かったわ」
「姉さんも手を出さないで」
「分かったわ」
幾ら陸戦では一騎当千のレナでも数十人の銃を持った兵士に敵うわけが無い。
クレアの場合は町を半分消滅させてしまう。海賊に襲われた上にクレアによって焦土とされては町の復興は絶望的だ。
カイル達は大人しく手を上げてニューアングリア軍団に拘束された。
「砦に連れていけ。私は他の連中を抑える」
マッカーサーが命じるとカイル達は馬車に乗せられ、閂を掛けられると砦に運ばれていった。
「宜しいのですか?」
不安そうにマッカーサーの部下が話しかけて来た。
「本国の対応が気になるのか?」
「はい、懲罰部隊が送り込まれてくるのではないでしょうか」
「遙か遠いこの大地に討伐軍を送り込むわけ無かろう。そもそも本国の連中はここのことを何も理解していない。そんな連中に指図される覚えは無い。巡察使もこっちが下手に出ていればつけあがりやがって。大人しくしないから余計な手間を掛けさせやがって」
「拘束はやり過ぎでは」
「拘束しなければ連中は俺たちを捕まえるだろうな。それにここ、ニューアングリアは俺たちの土地だ。長い航海の末にたどり着き、開拓した土地だ。何人もの仲間が死にようやく開いた土地だ。その土地を何も知らない援助もしなかった本国の連中に指図されるなど腹立たしい。まして取り上げるなど言語道断だ」
本国の支援もあったが遙か遠いニューアングリアの大地においてそれは雀の涙だった。
殆ど力にならず、自力で開拓したという自負がニューアングリア軍団にはあり、特にマッカーサーにはその重いが強かった。
助けの無いなか、開拓使生き延びて発展させた土地を何の手助けもしなかった連中が後から本国からやって来て指図されるのはウンザリだった。
何もしていない貧乏人にも平等に土地を分配するなどおかしい。働かなければ生きていけない土地なのに、何故そいつらに食料を、苦労して作った食料を渡さなければならない。そんな奴らから土地を取り上げて仕方ない。自分たちの土地を増やす方が先決だ。自分たちは正しい。
前の総督も開拓地の分配がおかしいとほざき再分配すると言ってきたから、殺したのは当然だ。
その処置をニューアングリア軍団の仲間も当然と思っている。だからこそマッカーサーに意義を唱える物は居なかった。
あとは巡察使を上手く丸め込み正規の総督として就任すれば良いだけだった。しかし、失敗して拘束せざるを得なかった。
「このまま本国と断行となったらどうするのですか」
「なに、問題は無い。手はいくらでもある」
マッカーサーは卑下た笑みを浮かべて笑い飛ばした。
「マッカーサーは本国の意向に歯向かうつもり?」
馬車の中でレナは話しかけた。
整備が行き届いて居らず、所々悲鳴を上げている上に、道も石だらけで振動が酷い。お陰で従者に聞かれずに会話をすることが出来るが、気を付けないと舌を噛みそうだった。
「ニューアングリアの支配者として認めないのなら歯向かうだろうね」
レナの問にカイルは答えた。
「でもそんな事をすれば討伐軍が来るでしょう」
「だろうね。でも何年先だい?」
カイルの答えにレナは黙り込んだ。
カイル達でさえ半年もの航海の末にたどり着いた土地だ。直ぐに部隊が送られることは無い。
「今僕たちが拘束されたことが判明するまでに半年から一年。部隊を派遣するかどうかお役所が決定し部隊編成が終わるまで一年、出発して到着するのに一年。本国からの救助部隊が来るのに最低でも三年はかかるだろうね」
お役所仕事のために数年かかるとカイルは見ていた。それに大部隊になればなるほど移動も遅くなり、到着は更に遅れると考えていた。
「でも、待っているのは破滅でしょう」
「最悪の場合、マッカーサーは敵対国であるガリアに寝返るだろうね」
国内で動けなくなったら海外へ逃げるのはどの時代でも常套手段だ。マッカーサーの場合はニューアングリアを独立させ、ガリアに保護を求めるだろう。事実上ガリアの支配下へ入る事を意味するが、アルビオンに残るより良い。寝返った人間はこれから寝返る人間の為にも保護しなければならないし、敵対国のアルビオンが弱体化する切っ掛けを与えるのは良い事だ。
それにガリアも遙か遠い場所にあり、支配は難しい。
マッカーサーの臣従を許し自由にさせる。代わりにアルビオンとの交渉材料にして外港を優位にするに違いない。
「少なくとも、本国の討伐軍を気にする必要は無いだろう。討伐軍が出てくるようならガリアに寝返りの使者を送って牽制して貰えれば良いだけだ」
本国からの援護を当てにするのは無理だ。何より何年も拘束されるなど悪夢だ。
「他の士官達が奪回に来てくれるんじゃ」
「長い航海の後で、首脳部が拘束されて居るんじゃ無理だね。そもそも囚人の監視で手一杯だ」
「後続船団が助けてくれるんじゃ」
「確かに後続船団がやって来てくれれば光明はあるけど。着けるかどうかが問題だ」
カイルの言葉にレナは落胆する。
数日ほど先行して到着したが、海は状況が変わりやすい。同じ海域でも凪だと思ったら数時間後には嵐という事もある。
もし後続船団が嵐に巻き込まれたり、何らかの事故で航海が困難だと判断したら引き返すことも十分にあり得る。全艦が沈没しているという可能性もある。
後続船団が来るか否かも賭に近い。
船団を二つに分けたのも、片方が引き返したり全滅しても片方がニューアングリアに着く方がデメリットが少ないという判断もあったからだ。
マッカーサーがガリアなどの諸外国への寝返りさえ視野に入れているこの状況では、兵力の分散でしか無かったが。
故にその結果を受け容れて行動するしか無い。
「何とかこの状況を脱出するしか無い」
結局の所、自力で何とかするしか無いのが実情だ。
だが、その方法や見通しが無いのが今のカイル達だった。
そんな時、無数の銃声が馬車の外から響いてきた。