海賊の襲撃
「なんだ?」
先ほど下りてきた船がある湾の方から砲声が聞こえてきた。
「後続船団が到着したのかな」
ウィリアムは分離した船団が追いついてきて祝砲を撃っているのかと思って口にした。
だがカイルは否定した。
「いや、早すぎる。入港するときに発見できなかった」
自分たちは船団の中でも足の速い船で先発してきた。
水平線上に船団が見えなかったので、少なくとも後続の船団は二、三日は遅れて入港する予定だ。
こんなに早く来るはずがない。
「襲撃だ!」
連続した砲撃音。五秒間隔で発砲する礼砲、祝砲とは明らかに違う。囚人輸送船団とは言え栄光あるアルビオン海軍の乗員が乗っている船で祝砲の作法を蔑ろにすることはない。
「直ぐに帰って指揮を取る」
カイルはそう言うと馬首を翻して港に向かう。
「おい、ウィリアム。お前は砦に行け」
マッカーサーをおいてカイルに付いてきたウィリアムに言う。
「危険すぎる。皆と居た方が安全だ」
「確かに」
マッカーサーは異常だ。
性格もそうだが何かしら隠しているように思える。何よりニューアングリアの現状を見る限り異常が起きていることは明らかだ。
そんな連中にウィリアムの身柄を預けるなど危険だ。
襲撃されているとはいえ、フレンドシップの乗員の元に居た方が安全だろう。
二人は乾いた大地を駆け抜け、町に向かう。
「やっぱり襲撃されている!」
小高い丘を越えてジャクソンタウンが見える所まで進むと町が襲撃されているのがよく分かった。
町の所々から明らかに炊事のためではない煙が幾筋も出ている。
「知らない船が居るね」
「あの旗には見覚えがある。海賊共だ! あのメアリーとアンの女海賊だ!」
幾度もカイルの前に現れた女海賊コンビで忌々しいほど腕が立つ。
「なんで侵入出来たんだ。砲台があるだろう」
「船団の到着を報告出来なかった無能砲台だぞ。大方アルビオン国旗を掲げて船団の一隻を装って入港してきて銃口を突きつけられたんだろう。お陰で、船団は反撃出来ない」
制圧された砲台が船団へ方向を向けており海賊船へ反撃することが出来ない。
沈むことの無い陸上砲台に、穴が開いたら沈むだけの船が勝てる筈もない。
「どうするんだい」
「兎に角、町に入って味方と合流するんだ」
「あては有るのかい」
「何故かフレンドシップが座礁している。干潮の様子でボートを使わずに上陸出来る。一部の乗組員は上陸しているようだ」
入港時慎重に錨を降ろして流される事の無いよう、座礁しないよう念入りに水深を測って臆病なほど長く錨綱を出していたのに座礁している。
理由はともかく、味方と合流出来るのはありがたい。
「町に突入する」
「おう」
海賊も略奪のために侵入しているようだが、荒野にウィリアムを置いて行くより味方と合流した方が良い。
カイルはウィリアムと共に町の中に突撃していった。
町の中は海賊の襲撃により逃げ惑う住民で溢れて混乱していた。
「これ以上海賊共に好き勝手させるな! 背嚢に土を詰めてブロックにして銃撃を防げ! 障害物はそっちに設置させろ! 海賊共が来たぞ! 海兵右へ二列横隊で展開! 撃て!」
そんな中、囚人を纏め上げバリケードを作り、海兵を率いて海賊に反撃しているレナがいた。
彼女の叱咤により、その周辺は多少混乱が収まっていた。
「レナ! 状況はどういう事だ」
「アルビオン船を装って入って来た海賊船に襲撃されて大混乱よ」
「フレンドシップはどうしたんだ。どうして座礁しているんだ」
「え? 貴方の命令じゃ無いの? ニューアングリア軍団の人が物資陸揚げのため座礁させろって伝令で伝えてきたから」
「許可なんて出していないぞ!」
当初から座礁させて破棄する予定だったので伝令がカイルの命令だと思ってしまったようだ。
命令違反だが問い詰めている時では無い。
「レナ! 海兵を纏めて砲台に向かってくれ! 砲台を奪回して海賊船を追い払え」
「貴方は」
「海から海賊船を襲う。護衛艦のサプライを使えば大丈夫だ」
そう言い残すとカイルはフレンドシップに向かう。座礁しているが残っているボートを海面に浮かせ艦内に残っていた水兵に命じて沖合のサプライに向かう。
港口に怪しい船が見えた瞬間からサプライの艦長は直ちに抜錨し警戒した。しかし砲台はニューアングリア軍団のものであるため指揮が出来ない上に直ぐに砲台を奪われてしまった。
海賊船の襲撃から味方を守ろうとしていたが、奪われた砲台の砲撃により砲台の射程外に逃げるしか無かった。
丁度その先にカイルのボートが飛び出してきた。
「サプライがこちらに気が付きました。停船してくれるそうです」
「いや、止まらず進めと伝えろ。このまま乗り込む」
「どうやってですか」
「ロープを舷側に下ろして、それを俺たちが掴んで回収して貰う」
「無茶ですね」
「停船していたら行き足がとまる。止まっている船は絶好の標的でしか無い」
「確かに」
海賊船に追われている状況で止まるなど、銃を持った強盗の前に突っ立つようなものだ。
止まらずに、すれ違い様に回収して貰った方が良い。掴み損なったら死ぬかもしれないが、止まっている間に撃沈されるよりマシだ。
「了解信号です!」
「よし、皆! 覚悟を決めろ!」
カイルはボートの艇尾に張り付き舵を握る。サプライの速力と針路を見定めボートの針路を調整する。
「オールを捨てろ!」
邪魔になるオールを捨てさせ、待機させる。一瞬ぶつかると思ったが、直ぐに船首波によって外側に流され舷側スレスレを通過する。
「今だ! 掴め!」
舷側から垂れ下がったロープをボートの乗組員が一斉に掴みボートから離れる。カイルも最後の一人がロープを掴んだのを確認すると自らもロープを掴む。
無人となったボートは船尾の波に煽られ、人というバラストが無くなり簡単に転覆した。
カイル達は、我武者羅にロープを登りサプライの甲板に降り立った。
「艦長申し訳ありませんが、指揮を執らせて貰います」
「問題ありません」
サプライの艦長承諾してくれた。海尉艦長でカイルより階級は下だし序列も低いが自分の勘を他人に指揮されるのは腹立たしいと感じるものだ。
抵抗された場合、付いてきたウィリアムの権威でゴリ押しすることも考えていたが素直に従ってくれた事をカイルは感謝した。
これまでの航海でカイルが的確な指揮を執っていたこととで信頼を獲得出来た事でサプライの艦長はすんなりと指揮権を譲る事が出来たのだ。
「浜に近づけろ。海賊船を攻撃する」
「しかし、砲台からの砲撃を受けるのでは」
「流石に連中も自分たちの船を攻撃出来まい」
海賊船を盾にして砲台からの砲撃を遮らせ、撃退するのがカイルの作戦だった。
運の良いことに海賊船はハルクや商船を襲っており、こちらに向かってきている。
「わかりました。直ぐに向かいましょう」
「測深を絶やさないでくれ。座礁すれば一巻の終わりだ」
風を受けながらサプライはゆっくりと進み始める。海賊船もサプライの動きを見てハルクへの襲撃を止めて向かってくる。
沖合に舵を切るのを見てカイルも砲台との間に海賊船が挟まるようにサプライを動かして行く。
「スタボー――面舵! 左舷砲撃用意!」
カイルはサプライを旋回させつつ海賊船に向けて大砲を向けさせる。
「撃て!」
左舷の大砲が放たれたが、一発も命中しなかった。四門だけの砲撃では命中弾を得るのは難しい。それに海賊船もサプライが旋回し始めたのを見て砲撃を行うと予想して回避行動をとっていた。
「ウェアリング――上手回し!」
海賊船が船腹を見せようとしたのを見て風上にサプライを向かわせる。
急旋回させて海賊船の砲撃を回避する。直後に砲撃。
サプライの真横を大砲の弾がすり抜けて着弾する。
「今度は右舷から砲撃だ。砲撃用意!」
その後も一進一退の攻防戦が続いた。互いに砲撃を仕掛けようとすると先じて自らの船を回避行動に移し砲撃を避ける。互いに砲撃を繰り返しても命中弾は得られなかった。
しかし、アンとメアリーはカイルが自分たちを砲台の盾にしていることに気が付き、浅瀬に向かうように舵を切る。
「畜生」
アンとメアリーが浅瀬に向かうならサプライも浅瀬に向かわなければならない。海賊船が居なくなれば砲台からの砲撃でサプライはおしまいだ。
だが浅瀬に向かえば座礁の危険がある。
それは互いに同じ、いや海賊船の方が船が大きいので吃水が深い分不利だ。
カイルもそれを分かっていてアンとメアリーが動くのを待つ。
「ヤードが動いた。ウェアリング」
アンとメアリーが動くのを見て、カイルは再び上手回しでサプライを旋回させ、相対位置を保持しようとした。
しかし、それは罠だった。上手回しを終え、再び沖合に向かって走り出したときだった。
「海賊船! 裏帆を打っています!」
「しまった」
風上に船を向け反対側から帆に風を受ける事で帆船は止まることが出来る。
上手回しの途中で裏帆を打って停止させ船を後退させた。
結果、海賊船の影からサプライが砲台の前に飛び出す形になってしまった。
直後に砲台から多数の砲火が上がった。