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12/22

総督代理

 シャーロットの反乱と横転沈没という一大事が起きたが、航海計画は変更せず、捜索のために一日だけ留まった後、船団はニューアングリアへ向かった。

 ニューアングリアは一日千秋の思いで新たな船団を待っていると思われるので、これ以上遅延する訳にはいかない。

 後続船団に捜索を依頼する事も考えたが一度分離した船団同士が再合流出来る可能性は低い。

 後続船団を探している間に追い抜かれ後からニューアングリアに到着という事態にも成りかねない。

 この事もカイルが航行続行を判断した理由だった。


「航海は上手く行ったな」


 左舷にはニューアングリアの陸地が見え始めている。

 船団は、シャーロットの反乱喪失以降は順調な航海が続いた。

 嵐に会うこともあったが、幸い全艦が後続してきた。

 シャーロット喪失により残された他の艦が自分の指揮に従ってくれるかカイルには心配だったが、思ったよりも従順に各艦の艦長は従ってくれた。

 巡察使のウィリアムの威光が大きいとカイルは思っていた。

 だが、実際は各艦長ともシャーロットの一件とこれまでのカイルの指揮と観察眼を見て自然とカイルへの敬意を抱くようになった為だった。

 カイルの指示により艦内の衛生状態、毎日清掃しビルジを排除することで予想以上に艦内の状況が良かったこともカイルの指示が的確である事の証明となり、各艦長ともカイルの指示に従うことに全力を向けた。

 ただ、各艦へ直接赴くことが出来ず、各艦長が抱く敬意をカイルが知ることは無かった。

 だからカイルは日々淡々と命令を下し航路から外れていないか確認する作業に追われていた。

 それも今日で終わる。


「間もなく、ニューアングリア首都ジャクソン・タウンに到着します」


 現在位置の確認と再計算が終わって、カイルはウィリアムに報告した。

 ジャクソン・タウンは最初の探検船団が発見して支援者の名前にあやかって命名した湾から名付けられた。

 左右から突き出た半島の内部にリアス式の海岸があり、突き出た半島や岬は風を避けるのに都合が良く、水深も深いため天然の良港となっている。


「見張員! ポート・ジャクソンから信号はあるか!」


「半島に砲台があるようですが信号は上がりません」


「ふむ」


 見張員の報告にカイルは顔を顰めた。

 事前の報告では海賊や敵対勢力からの襲撃に備えて自衛用に砲台が設置されているという報告だったはず。

 自国の船団とはいえ、偽装の可能性も顧慮してニューアングリア側に湾外で停船するよう指示される事をカイルは想定していた。


「状況はそこまで悪いのか」


 砲台に見張りを出せないくらいに状況が悪化しているのかとカイルは推測した。


「仕方ない。このまま湾内に入港する。船団には本艦に続行するように指示を送れ」


 水先案内人なしに入港するため、座礁の危険もあるが、事前に作成された海図とカイルの経験、測深手に継続的に水深を測らせながら、安全と考える航路を進ませる。

 幸い座礁した船は無く、船団は湾内に進入した。


「湾内の状況はどうだ」


「数隻の船がいます! 商船と軍艦です。町の近くに停泊しています」


 見張員が指差す方向へカイルは望遠鏡を伸ばして覗く。

 情報によればニューアングリア防衛の為にブリッグが一隻、連絡用にスループが一隻、輸送船二隻が停泊しているという情報だ。

 他にも船が居るのは商船だろう。

 流刑植民地でも、貿易は認められており民間船が入港するのは良くあることだ。


「でも少し多すぎない?」


 レナが同じように望遠鏡を伸ばして覗き込むが、顔を顰める。


「なにこの匂い」


 風に乗ってきた酷い匂いに鼻を摘まむ。


「よく知っている匂いだろう。出航前に必死に消そうとして頑張ったんだから」


 カイルも匂いの不愉快さに顔を歪める。

 人の汗と脂、排泄物の混ざった匂い。監獄船の匂いだ。


「どうも監獄船として一部の船を利用しているようだ」


 マストを外して航行能力を喪失した船が三隻ほど居る。

 そのうちの一隻が甲板にボロボロ担った服を身に纏った浮浪者のような集団が溢れているため、監獄船として使用しているのだろう。

 もう二隻は、人が少ないのでハルク――浮かぶ倉庫として利用されているとカイルは考えた。


「もう少し、町に近づいて投錨する」


 何かを堪えながらカイルは、命令を下した。




「総督が来るのが遅いな」


 陸地を見てカイルは苛立った。町の近くに投錨を行っている間も、ニューアングリアの総督府から総督が来る気配がない。

 巡察使は皇帝の代理人であり、総督が自ら迎えに来るのが礼儀だ。湾口の砲台から連絡が総督府に届くには十分な時間が有ったはずなのに、来ていないのはおかしい。


「艦長、ボートが近づいて来ます」


 こちらから乗り込もうかとカイルが考え始めたとき、ようやく総督の旗を掲げたボートが接近してきた。

 カイルはボートに横付けと乗艦を許すと陸軍の軍服から日に焼けた肌を覗かせる若い三〇代くらいの男性が登ってきて陸軍式の敬礼を行った。


「お初にお目に掛かります。ニューアングリア総督代理を務めますマッカーサーと申します」


「総督代理? 総督はどうされている?」


「先々月亡くなりました。巡回中、原住民に襲われてお隠れになりました。そして急遽住民代表の私が総督代理としてニューアングリアを治めています」


「そうですか」


 珍しくも無い話だ。現地の住民と友好関係を築けず、争いになり戦死することは良くあることだ。それに植民地の環境が苛酷で健康を害して亡くなる者も多い。運が良ければ本国に療養帰国が出来るが、船が限られる中では不可能だ。

 ただ、カイルはこのマッカーサーという男の言葉がどうしようもなく信用できない。

 理屈はないがカイルの勘が囁く。低脳学習塾の勧誘係のような口ぶりにカイルのゴーストが警告を発する。


「物資の方は大丈夫でしょうか?」


「ええ、必要な物資は搭載してきております」


「ありがとうございます。早速陸揚げさせて下さい。洪水で物資不足で住民が困っておりますので」


「ああ、しかし準備が出来ておりません」


 カイルは口淀んだ。船ごと物資を引き渡すのが任務だが、帰国用の船に移る準備が必要である。そのため何時引き渡すかはカイルの手に委ねられている。

 それ以上に性急に物資を引き渡せと言うマッカーサーに異常を感じた。


「申し訳ありません。入港したばかりで乗員は疲れております」


 剣呑な雰囲気が漂い始めたカイルとマッカーサーの間にウィリアムが割り込んできた。


「紹介が遅れました。巡察使のウィリアムです」


「これは失礼いたしました。総督代理のマッカーサーです」


 ウィリアムを見るとマッカーサーは膝を甲板に着かせ、帽子を取って頭を下げた。


「総督が亡くなったのは先ほど聞きました」


「はい。私が総督代理を務めておりますが、住民は正式な総督がいないことを不安に思っている者も居ります。どうか巡察使の権限で正式な総督にして頂けないでしょうか?」


 不躾な要求にカイルもお付き武官のカークも眉をひそめた。

 巡察使は植民地の監査が主な役目だが。統治に問題があると判断すれば総督を解任し現地で新たな総督を任命する権限を持っている。

 それを行えと要求してくるのはかなり不躾だ。


「ええ、不躾なのは百も承知です。しかし、総督が亡くなられた非常事態だという事をご考慮に入れて下さい」


 何が起きるか分からない植民地であり、総督が亡くなっていることも普通にある。そのため巡察使が新たな総督を任命するのは普通だ。だが、今やってはいけないとカイルは思った。


「分かっています。しかし、現状を把握しなければ権限を行使することは出来ません」


 カイルの心が通じたのか、いやウィリアム自身も怪しいと思いマッカーサーの請願を断った。


「私に能力がないとおっしゃるので?」


「いや、私が無知故です。何も知らずに皇帝陛下の権限を行使してしまったら陛下からのご信頼を損ねます。何より先々月から代理として遺漏なく勤め上げている貴方ならば、正式な辞令が数日遅れる程度の事は些細なことでしょう」


「……分かりました」


 マッカーサーが再び頭を下げた。

 素早い動きのため咄嗟に顔色を隠すために下げたとしか思えなかった。

 だが、ウィリアムは気にせず、或いはそのように装って命じた。


「では、巡察のために上陸させて頂きます。カイル・クロフォード艦長、続いて下さい」

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