百回告白したら思っていたのと違う展開になった。
俺には猛烈に好きな人がいる。
赤門高校一年二組、出席番号二十九番の冬咲天音。俺と同じクラスの女子生徒。茶髪のセミロングに、とろんとした眠たげな流し目。大人っぽいのにあどけなさが残る童顔がマジでそそる。
勉強に関しては常に学年十位以内をキープ。大抵のことも卒なくこなしてしまう。……おかげでどこか人を寄せ付けない孤高感があるけれど。
彼女は授業直前まで勉強しかしない。だから授業が始まる直前を見計らい、俺はいつも通り話しかける。
「天音さ~ん! 今日という今日は俺と付き合ってくれ~い!」
「お断りします夏村君」
そして、いつもどおりに振られるのが毎朝の定番だった。
彼女と会ったのは高校に上がってから。ガチの一目ぼれだった。
入学式を終え教室に入ると、なんとひと際輝く美人がいるではないか。この瞬間ほど高校は言ってよかったと思う時は無いってレベル。
しかも席が近かった。この時点で心臓バックバク。
「俺は夏村幸平っつーんだ。よろしく」
机に寄りかかるよう自己紹介すると、心ここにあらずと言った無表情がきょとんとなった。挨拶されるとは思っていなかったあたり、中学でも孤立していたのかもしれない。
「……どうも。冬咲です。一年間よろしくお願いします」
澄んだ、糸よりも細い、それでいて囁くような口ぶり。垣間見える大きな不安と、小さな不信感が入り混じった、揺れる瞳。
ヤバい。可愛い。
瞬間、俺はビビッときた。ピカ●ュウの電撃を軽く超えた。
「好きです」
俺は告った。出会って一分の女の子に俺はやった。偉大なる歴史を築いた。このチキンハートが勇気を振り絞ったのだ。誰か褒めてくれぇえぃやああと絶叫するレベルだ。
「え?」
当然硬直する天音さん。ポカンとしていた表情も可愛い。
「付き合ってください」
「それは……すみません」
謝られ、惜しくも俺の第一回目の告白はミスッたわけだ。世界が凍りついた。
絶望した俺はネットでどうすればいいかググった。なんとしても天音さんに振り向いて欲しいという謎のプライドがあった。
すると。
なんと。
『振られた後が本当の勝負!』
というタイトルを見つけた。中身は面倒だから読まなかった。漠然とそっかーと思った。
そこから俺と天音さんの長き戦いが始まった。
親睦旅行のようなものも一緒になったり、体育祭とか、男子がだりーと言う行事を率先してやったり。とにかく天音さんの気を引きたかった。
そして俺は毎日告っている。
「好きです! 付き合ってください!」
「愛してるぅ~(裏声)」
「俺と付き合うといいことあるかもだぜ!」
「スキー行こうぜ!」
最初のうちはごめんね、と申し訳なさそうな表情をしていた彼女だが、この頃は。
「ごめん、無理」
と冬将軍になっていた。
「ぶっちゃけそろそろ落ちてもいいと思うだけど」
「そんなトキメキ要素どこにあるの? 夏村君」
とはいえ何故か天音は俺のことを本気で毛嫌いすることはない。嬉しい。
「俺ほどお前のことが好きな奴絶対いない」
「人はそれをストーカーと呼ぶのよ覚えておきなさい」
昼休みにたまにご飯を食べる仲になっている。人のこと言えないが、彼女は意外と物好きだ。それともボッチだから、気分転換に話をしてくれているだけか。とにかくにこりともせず、ばっさりと人を切る戸惑いも無い発言には悪意がある訳ではないことは分かっている。慣れればよいのだが、最初は何度も死んだ。
夏休みが近づいてきている。
開け放たれた窓からは熱風が吹きだし、蝉の鳴き声がシャンシャンと喚きたてている。
そんな中、俺と天音さんは窓際の席でぼやぼやしながら昼食をとっていた。今日の天音さんのお弁当は素うどんのようだ。相変わらず独特な弁当箱だ。
「というか、よく懲りないね。これで何回目だっけ。告白したの」
「九十七回。いや~恋とは難しいものだよなぁ、うん」
「勝手にハードル底上げしてるの自覚したほうがいいんじゃない」
つるつると自作のうどんをすすりながら、天音さんは渋い顔をする。九十七回。よくここまで告り続けられるな、と自分で自分を尊敬してしまう。天音さんは落ちないけどな。どうすればいいんだろうなぁ。四十回目に告った時、どういう人が好みと聞くと、ぐいぐい来る人と言っていていたのになぁ。うーん。どうでもいいが天音さんのあきれ顔も癒される。
「今変な事考えてた?」
「べ~つに」
鋭い。
「大体貴方、いつまで私に対して告白し続けるつもりなの」
「百回! 絶対俺の彼女にしてやるからな!」
ごめん適当。たまたま社会で百年戦争習ったばかりだったから反射的に言っちゃった。
「三回しかストックないじゃない」
「人生何が起こるかわからないもんだろ。昔話の坊主も三枚のお札で山姥から逃げ切ったんだから。ミラクル起こるぜ!」
そうだけど……と天音さんは少し難しい表情を作っていた。
「それに、どこが好きなの? 私の」
窯をかける調子で彼女がずず、と麺をすする。
「そりゃ、笑顔が可愛いから」
「身も蓋もなく正直に言うあたり素晴らしい。それにそんな笑わないし」
ジト目になる天音さん。これはいかん。顔だけで選んだという最低男に降格してしまう。いや、もうとっくに降格しているだろうけど。
「いや、それだけじゃねーぞ。とにかく一所懸命に取り組んでる姿勢とか。それにお前よく困ってる人見たら助けてあげてんじゃん。この前下校中に道に迷ってた爺さん、帰り道と逆方向の駅まで案内してやってたよな」
「な……何故それを知ってる!」
はっきりとした動揺の色。よっしゃいいぞそのリアクション!
「他にもいろいろあるぜ。教師のヤローには礼儀正しいし、努力家だし、何より自分を持ってるし、それに」
「なんか鳥肌立ってきた。もう言わなくていいわ」
「ケッつめてーな~」
肩をすくめる俺に、天音さんは当然でしょ、とそっぽを向いてしまう。しかし耳が赤くなっているのに気付かないはずはない。天音さんは褒められるのが弱い。隠し通せると思っているだろうけど、髪の隙間から紅潮した頬が覗いてるし、瞬きの量も増えている。
照れてるんだ。
やばい。可愛い。
そんなツン度百パーセントの天音さんも、案外俺を虜にしている。
きっと明日も告白するだろう。明後日も。
天音さんと別れ、授業を受けてる最中だって、俺はつい彼女のことを見てしまう。ぴんと張った背筋。黒板に真っすぐに注がれる視線。いいなぁ黒板になりたい。
方向性間違ってるのは、実は五十回目くらいで気づいている。けれど、恋愛経験知ゼロの俺にはこれしかできないし、引き返すのは癪だ。
「あ~でもな~」
思わず百回まで告るって言っちまったからな。
後三回。そろそろ絶望的かもな。
私のことが好きな人がいる。
名前は夏村幸平。典型的な単細胞であり、いわゆる陽キャ。
初対面なのに一目ぼれで告白してくるという変な人。最初はありがたかったのだけれど、丁重にお断りさせていただいた。私はボッチなので、まさかこう告白してくるとは思わなんだということで。
しかしなぜか彼は熱を上げる一方。
「好きだ! 俺と結婚してくれ」
「世界の中心で愛を叫ぶ」
「俺で妥協しない?」
「あっち向いてほいで俺が勝ったら付き合って!」
毎日のように告白してくる始末だ。ちなみにあっち向いてほいは全勝した。
陽キャなのだよ。私に対し孤高とか響きのよい言葉で過大評価した陽キャ。間違いなく幻滅されるしそもそも好みでは無い。私の好きなタイプは、もっと、なんと言うか、一途な人で。金髪だし女の子と遊んでそうという印象が強すぎ。
オブラートに振っても不屈の精神で立ち上がってくる夏村君。その気力を中間テストに注げばきっと赤点は無かったはず。大体初対面で告ってくる相手が正常とは思えないし。むしろ嫌いだった。一言で言うと、うぜぇ。
二十回あたり、私はついにいらっときてしまった。さすがにしつこい。遊びにしてはたちが悪い。後々収まるかと思っていたが、一向に告白地獄から抜け出せない。
三十回頃だろうか。そろそろガツンと言わなきゃ駄目だと私は夏村君を見て確信した。
「冬咲! 俺と付き合ってくれぇ!」
授業開始寸前に叫ぶ彼の周辺には、夏村君の取り巻きがまたかよ~と茶化していた。
急に恥ずかしくなり、私はつい強い言葉遣いで返してしまった。
「遠慮するわ」
「だめかよ~あ~」
「夏村君」
「なんだ?」
初めて私から話しかけてきたからか、夏村君は目をキラキラさせ、私に近づいてくる。
「迷惑です」
良心が痛んだのだが、そうきっぱり言う他ない。そうしなければ、一生彼は私を使って遊び続けるだろうから。
無論、彼は面喰っていた。まさかの陰キャの私の反撃があるとは思っていなかったようだ。内心ザマァと笑う。
「何度も何度も押しかけないで。私は嫌と答えたはずよ。いい加減諦めて」
きっと陽キャの彼だ、すぐに次に行くだろう――と思い、彼を見ると。
なんと、顔が引きつっていた。いつも陽気で無神経な彼の瞳が、どこか寂しそうに揺れていたのを、私は見てしまう。それは怒りとかそんなものではなく、ただ、拒絶されたことに対し、嘆いているようで。
予想外の反応。いつもの煌びやかな雰囲気とはほど遠い彼に、私は夏村君の気持ちが『一応』ガチであることを知ることになる。少なくとも、遊びでは無い。一瞬でいら立ちが消え、純真を踏みにじったことに対する後悔が押し寄せた。
幸い夏村君はいつもの調子を取り戻し――取り巻きに弱みを隠すためだろうが――、俺は絶対あきらめねーぞ! と返し、事実数日後から愛を囁いてくる。
そのまま私も流されてしまい、結局告白をやめさせる手段は潰えた。
私は小学、中学と孤独な時間を送ってきた。人より物事がうまくこなせる。それは十分な致命傷だった。ねたみ、嫉妬。おかげで私は一人で黙々と生活するしかなかった。
正直他人と関わることを諦めていたし、実を言うとかなり皆を見下していた所もあった。
高校に上がっても、私はやはり孤立した。他の女子生徒も、右へ倣え方式で私に近づかない。それでも夏村君だけは周りを気にせず、私に対し好き好きオーラ全開で付いてくる。
この環境で夏村君に興味を持たないはずがない。興味、と言っても、私とは異なる価値観を持った珍生物、という所が実際正しいけれど。
この段階で、彼に対する不信感や不快感は無く、逆に私を慕ってくれる彼に対し、少しだけ興味を抱いていた。好きではないけど! これ重要! 好きではない!
「俺はお前が好きだ! よって嫁になってくれ!」
最近は結婚ブームらしい。嫁、という言葉が頻発している。
結婚は年齢制限あるよ、と諭しながら、私は次の授業の準備を進める。私の苦手な数学。文系の私にとって数学は破壊神より恐ろしい。
「数学苦手なの?」
「そう……というかワークを勝手に見るな」
「×多いな。そういやお前文系だっけ」
「そうですが何か?」
「俺理系だから数学教えられるけど」
不意においしい提案をする夏村君。
「いいの? 夏村君には利益は無いけど」
「俺の株が上がる! 喜んで教えるぜ」
それを堂々と宣言してしまうあたりアホ。上がるかボケ。
良くも悪くも馬鹿正直な夏村君は、放課後になると私のためにプチ授業を行ってくれる。私は頭が良いとか言われているけど、本当は要領がすこぶる悪い。数学は駄目。いつも夏村君に迷惑かけっぱなしだ。
「夏村君、ここってどうやるの?」
「ああ。これは公式を変形して当てはめる。その後――」
彼は頭が悪いのに、数学だけは何故かできる。学年トップレベルの私でさえ驚くほど。
「見直したわ。というか、なんで数学だけこんなにできるの? コツとかあるの」
「いや。お前が数学苦手ってダチから聞いた」
「気持ち悪! 近づかないで刺すわよ」
「辛辣……」
がっくりと肩を落とす夏村君は、次の日も、またその次の日も告白をしてくる。本当に懲りない人だと逆に感心する。いつの間にか九十回は超えていた。
夏村君はお人よしだ。いつも友人にノートを貸したり、逆にパシッたりフレンドリーだ。陰キャにも柔和で、行事では率先して仕切ってくれる。聞き上手で、バスケ部も一所懸命で、数学の教え方もうまいし。
最初はうざい奴であったはずなのに、そんな彼に頼もしさを感じている自分がいて。
「好きだよ、天音さん」
金髪を揺らし、豪快に笑う彼の笑顔が、少しチャーミングであることに気付いたのも最近だ。
ホント、陽キャは――夏村君は、すごい人だ。
そんなある日。
「大体貴方、いつまで私に対して告白し続けるつもりなの」
一緒に昼ご飯を食べてる最中、雑談がてら聞いてみた。まあきっと一生、と単純な夏村君は言うと踏んでの質問だった。
しかし。
「百回! 絶対俺の彼女にしてやるからな!」
一瞬、言語機能を忘れた。あれほど大きい蝉の鳴き声が、遠ざかった。やがて我に返り、激しく動揺している自分に驚愕する。
「三回しかストックないじゃない」
不自然さを出さぬよう言い返しますが、案の定、夏村君は気づかない。
「人生何が起こるかわからないもんだろ。昔話の坊主も三枚のお札で山姥から逃げ切ったんだから。ミラクル起こるぜ!」
何やら夏村君はペラペラ饒舌に喋っていたが、私としては会話に集中できないまま、昼休みは終わってしまった。
二日経った。
二日連続告白され、後一回で、彼の宣言した通り、百回。
「……そうか。後一回で告白地獄は終わるんだ」
家に帰ってから、布団にもぐりゴロゴロするのが、私の日課だ。
本来なら嬉しいはずの宣告。だってあんな毎日告白してくるなんてどうかしてる。初めもぶっ飛んでいて、もはやストーカー。
だけど。
「なんと言うのかな。なんか、実感湧かない」
ウザいはずなのに、今の私には想像できない。朝起きて、学校に行って、そして授業前に挨拶がてらに告白される。いつの間にか当たり前になってしまった、奇妙な現象。明日が、最後なのか。
……これが終わったら、夏村君と話せないのか。
いやいや、何を切なくなってるんだ。私は。
抱き枕を抱き寄せ、私は暖かいベッドに転がる。心臓がトクトクと高鳴っているし、何故か夏村君の笑顔が脳裏でよぎり続ける。暖房つけていないのに、体がほてる様な感覚がする。思わずパジャマを脱ぎ、額に手を置く。熱い。
清々するはずなのに。なんで、こんなに憂鬱になるのか。
「あんな奴。好きじゃないのに」
いつも告白してくる一所懸命さも。
チャラそうに見えて、無駄にいちずな単細胞な所も。
馬鹿みたいにテンションが高くて、私を引っ張ってくれる所も。
天音さん、とわざわざさん付けして呼ぶ所も。
全然、好きじゃ……。
……。ドキドキしてる。
夏村君。
自分はきっと彼を失望させてしまう。陰キャで、コミュ力だってない。
「だから、一人でいたかったんだよ」
悶々とする恋煩いなんて、一生無縁なはずだったのに。
今の関係を、崩したくない。
軽快な会話を交える、二人だけの無駄であり、楽しい時間を。
眠りに落ちる直前、私の脳裏にはどうすればいいかという答えがよぎっていた。
朝。
俺の告白が、ついに百回目を迎えようとしてる。いつもなら朝一番に天音さんの姿を探して告るが。
「今日が最後か」
ちらりと授業の準備をしている天音さんを見ると、目があった。反射的に眼をそらす俺。
何意識してんだ俺。何回告ったと思ってんだよ。
まあ、今日が最後だからな。
後一回告ったら、諦める。勝率ゼロだろ。カビルンルン一匹でアンパンマンオールスターズ相手にするレベルで勝算ねーぞ。
悶々としていたら、授業の始まりを告げるチャイムが鳴ってしまった。
いっそ一生告らずにいようかな。
「いやそれじゃあなぁ」
誰かに先を越されたくない。無駄に強い独占欲が、静観したいのに邪魔をする。
授業が始まり、そのまま昼休みまで俺はあいつに話しかける事が出来ずにいた。
内容なんて頭に入るはずがない。四時間目は憂鬱感と空腹で半分ゾンビだった。好きなのに、伝わらない。本当に厳しいものだ。
昼休み。
一人悶々と弁当箱を開けようとした時、ポンポンと背中を叩かれた。
振り返ると、天音さんがいた。
「……どした?」
「来て」
やらかした生徒の気分だ。引きずられるように俺は空き教室まで来た。
「今日は告白してこないの? 珍しいね」
淡々と話す彼女の意図はいつもながら読めない。口角が引きつるのを堪え、俺は元来た道を帰ろうとする。
「後一回だからな。チャンスは取っておかねーと」
「考えてるね」
「意外と俺だって焦るんだからよ」
長かったバトルも、後一回で終わる。そして、告ったら全てが終わる。いずれ、こいつが好きになってくれるまで、待つしかない。
「貴方らしくない」
そんな時、彼女が俺に対し、はっきりとそう言った。鋭い口調はいつも通りだ。しかし、その目はいつもとは異なる、真剣身を帯びた瞳だった。
狼狽しそうになる俺。しかし、持ち前の軽薄な態度のままなんでよと首をかしげる。
「だって頭が悪いのにそんなことねちねち考えて。そう言うキャラだっけ」
「今日は日ごろにまして毒舌だな」
何を言いたいのかは分からない。
「後一回告白すれば終わりだ。そりゃ慎重になるもんだろ」
俺がため息をもらしながら言った時だった。
「好きだ」
放たれた爆弾発言に、今度こそ俺は凍りついた。
「……え?」
「降参だよ。夏村君の熱意に負けたわ」
顔を手で隠しながら、天音さんは震える口調で呟いた。
「……いや、マジで?」
「残念ながら、ね」
天音さんは俺のもとに近づく。心臓がバクバクしているのが、耳の奥でわかる。恐らく俺は、人生最大レベルで顔がゆでダコだろう。
「先に言うわ。私は陰キャだし、貴方の想像した通りの人じゃないよ」
試すような眼差しは、どこか険しい。というか陰キャとか考えたこともなかった。
「俺からしたら、お前はお前だ。それ以上でも、それ以下でもない」
言葉を選ぶこともなく、俺は正直な気持ちを伝える。天音さんの眼差しがはっきりと揺れたのを見る。
ひょっとしたらこいつは、俺に釣り合わないとか考えていたんじゃないだろうな。
「まさか、俺の告白断ってたのってそれが原因?」
「いや。生理的に無理だった」
「ばっさり切るなぁ……」
もうやることは決まった。天音さんだけにかっこいい所をとられる訳にはいかない。
「天音さん」
「はい」
真っ赤な顔を隠した気になっている天音さん。俺はすっと息を吸い、告げた。
「天音さんが好きだ。俺と、正式に付き合ってくれ」
俺の言葉に、天音さんはふっと笑う。いつものクールな表情ではない、俺が最も好きな、清楚な微笑み。
「突然嫌いになったっていうの、無しだからね」
……それは、肯定だった。
「ああ。もちろんだよ!」
夢ではない、ついに、ついについに、天音さんが、俺の彼女に――!
「これからよろしくな。今度は、彼氏として」
「え? いや、付き合わないけど」
「え」
……。多幸感が爆弾で吹き飛んだ。
「毎日挨拶代わりに告って」
「そう来たか」
いやだって生理的に無理と言われてるからな……。へーへー甘かったよ俺の頭はふわふわクリームでできてたよ。だけどこのタイミング普通あれだろ。付き合うとかそういう奴だろ。
「私、今の距離感好きなんだ」
「サイですか……」
きらっきらの笑顔でそう言うなんてずるいじゃないか。……いいなりになるほかない。
「だけど――」
不意に、天音さんがごにょごにょと言った。
「え? なんて」
「なんでもない。じゃ、教室戻るね」
最後は聞き取れなかったけれど、彼女は満足したようで、そのまま俺を置いて教室へ帰ってしまった。
「……絶対に落とす!」
俺の告白ラッシュは、百回では止まらない。
教室に戻りながら、私は何度も自分の迷言に死にたくなった。
「いつか、告白だけで足りなくなったら、改めてお付き合いしたいな」
幸いあいつには聞こえていないようだったけれど。
「ほんと、馬鹿だな、私は」
いつもより熱い夏休みが、始まる。