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05・侯爵 ジャレッド


 ジョナスという二十歳以上離れていた父方の親戚がいた。

 私にとって兄のような存在。

 貴族の三男で投資家として成功していたが、整った容姿と豊かな知識を持つ彼にはいつも女が群がり、一時期奥方がいた間でも変わらない女関係の激しさに周囲も呆れる人物だった。

 

 孤児院で気に入った子を見つけては可愛がり、すぐに「何か違う」とその子に興味を失っては別れる、といった事を続けていたジョナス兄さん。

 それが、ある少女と出会ってから、彼は他の子に見向きせず、女遊びも止め、少女中心の生活を何年も過ごすようになったのだ。 

 彼の生きがいとなった少女の名は、アルシア。

 少女と彼が楽しそうに美術館の喫茶店にいたのを見た事がある。

 愛情溢れる親子の一場面のよう。

 後でその印象を彼に伝えると嬉しそうに私の頭を撫でて言った。

「いつかあの子を君に紹介しよう。あの子と君が結ばれて欲しい。そして、君らの子達を私にも面倒見させておくれ。それが、私の今の夢だよ」


 その夢が叶わなくなったのは、彼のこれまでの行いが切っ掛けだった。

 彼の気まぐれで幼い頃に裕福な生活を味わった事がある娘が、再びジョナス兄さんの前に現れたのだ。

 また自分を可愛がって面倒を見て欲しい、と言って。

 断ったジョナス兄さんをその娘は執拗に追うようになり、彼とアルシアの仲を知ってしまった。

 危険を感じたジョナス兄さんが、アルシアに殺意を抱いた娘を呼び出し、二度と現れないよう諌めていたら、殺されてしまったのだ。

 娘の付き添いとして来ていた彼女の兄に。

 金蔓にならないなら所持品を奪ってしまえ、と思ったそうだ。


 ジョナス兄さんの遺言書に名前があったアルシアにはこの事実を隠し、事故死として伝えてもらった。

 アルシアと出会う前の彼が他の子に対し、どのような扱いをしていたか知られてはならないと思ったからだ。

 彼が私にコッソリ話してくれた事、アルシアはされていなかったが、他の子達にはしていたその行為は、誰にも話せない内容だったから。

 彼に尊敬と感謝を抱いているアルシアのままでいて欲しいから、事実を隠した。


 私の幻の婚約者となったアルシア。

 彼女がこれからどう生きていくのか興味があったので、必要なら手助けしても良いかな、と思いながら見守っていた。

 ジョナス兄さんが与えた教養のお蔭か、学園では優秀で目立った存在となり、私の従兄弟と付き合うようになった彼女。

 彼女が従兄弟に悪影響を与えるようだったら二人を離そう、と窺う私の視線の意味を勘違いしているようだったが、わざわざ否定する気はなかった。

 勘違いしている様が面白かったから。


 学園を卒業した私に、従兄弟の秘密と突拍子もない提案を叔母が言ってきた。

 誘拐された私を叔母の機転で助けられた過去があり、叔母は命の恩人だ。

 その恩返しと自分の気持ちから、アルシアと関係を持つ事を受け入れた。

 その頃には、興味の対象から好意の対象となっていた彼女に近づける口実が出来て喜ぶようになっていた私。

 アルシアが私に対する勘違いがまだ続いていたので、従兄弟の妻に対する私の本当の気持ちを知られる事はなかったのだが。

 

 皮肉なもので、ジョナス兄さんが願っていた通り、私とアルシアの子が生まれた。

 オフィーヌに対し親として見ないようにしていたが、それでも、可愛くてたまらない気持ちが溢れて来る。

 叔母から、「アルシアが『娘には婿を取らせるから、二人目はいらない』って言ってきたの。貴方の役目は終わりよ。ありがとう。これからは、なるべくあの家族と会わないようにしてくれないかしら。アルシアが不在の時、オフィーヌと接している貴方を見たけど。あの態度は危険よ。デレデレと顔が崩れて、関係を疑われるわ」と言われてしまう程、私の態度は怪しかったらしい。

 オフィーヌとの距離感を気をつけながら過ごすのも苦痛なので、すぐに会えないよう、外交目的として他国へ赴く生活をするようになった。


 その外交中のせいで、オフィーヌの不遇を知るのが遅くなるなんて。

 従兄弟に不要扱いされたあの子を捜す為、私は王の末弟の屋敷へ向かった。

 あの子は処罰されているどころか、ルディス様なりの愛情を与えられて暮らしていたとは。

 従兄弟のキールの身体についてまでは話さなかったが、オフィーヌの実父は自分だと名乗り、亡き叔母との約束もあって養女にすると伝えた。


「ルディス様。養女の手続きが済みましたら、オフィーヌを引き取りたいのですが」

「ここから連れ出す気かい? それは無理だね。私の母の実家預かりでオフィーヌは、隣国の王妃付き女官兼王太子妃の話し相手となったよ。母の実家から彼女の生活をみるよう私が頼まれているからね」


 これは我が国の色ボケ加減が悪質な王からオフィーヌを守る為の対策だと話す王弟に、「随分と用意周到だな」と感心してしまった。

 その時は…な。


 ~・・・~


 オフィーヌを養女にしてもうすぐ三年になるのか。

 今やあの王が色ボケ拗らせ過ぎて、政務を弟達に任せっぱなしだ。

 「後宮で何の遊びをしていたのか、怪我で王は身体が不自由になった」と、ルディス様がこっそり教えてくれた。

 王族間で波乱事が起こりそうだったので、お呼びが掛かるまで傍観していようと、現在は王都から離れている。


 「じ~ちゃ~」


 公爵家の執事に連れられ、トタトタと歩いて来る孫の可愛さよ。

 心が温かく満ちるこの瞬間こそ、ジョナス兄さんが夢見ていたものかもしれない。

 この瞬間を逃してしまった我が従兄弟も、いつかはオフィーヌ達と会わせてもらえるだろう。

 が、その時を決めるのはルディス様だ。

 それまでオフィーヌの捜索を続けていればいい。

 

「侯爵様。奥様から、『実家から果物が送られて来たので、こちらにお持ちして良いですか?』と、連絡が入りました。『オフィーヌ様の所に旦那様だけ入り浸っているのはずるいです』との伝言も」

「『良いですか』って、すでに彼女はこちらに来る支度をしているのだろう。ルディス様に来客追加の事を伝え欲しい」

「承知致しました。坊ちゃまですが、オフィーヌ様が眠っている間、侯爵様とお散歩したいそうです」

 二人目を妊娠中のオフィーヌは、最近横になる事が多い。

 ルディス様も何やら忙しそうだし。

 一人寂しそうにしている孫を笑顔にさせるのが、私の今の仕事だ。

 こんな楽しい仕事を断るわけがない。

「そうだな。少し歩こうか」


 執事が去った後、オフィーヌ似の孫が「えへへへ」と笑いながら手を握って来る。

 将来変な人物に引っ掛からないといいな、と心配になる愛らしさだ。

 好きな人を泣かせ苦しめても、自分なりの愛し方を貫くような危ない者にならず、近寄らないように。


「ば~ちゃまもここに?」

 ここ、とはルディス様の公爵領の屋敷の事。

 王都から離れたこの地は自然豊かで空気が美味い。

 老後はここに住まわせてもらおうか、と考えてしまう程に居心地が良いのだ。

「御婆ちゃまと叔父ちゃまも来るぞ。嬉しいか?」

「うんっ。ニコニコって優しい」

「ニコニコか…」

 この子には、私の妻と息子について、何も気づかないでいて欲しい。


~・・・~


「来る女性を拒まず、去る者追わず」というジョナスの教えを守っていたジャレッドは、周囲に「沢山の女と関係を持つ薄情な人」と言われていた。

 確かに様々な女と楽しい時間を過ごしてきたが、皆が思っているよりは節操ある付き合いだと本人は思っていても、周囲はモテ男ジャレッドの華やかな交際ネタを大げさに噂する。

 秘密裏にオフィーヌと関係を持っていた年だけは女っ気なしだったので、「いよいよ本命が現れたか」と社交界で騒ぎになったが、翌年からは再度浮名流しまくりの男となった。

 何時まで経っても独身で落ち着く様子がないジャレッドを心配した親が、勝手に結婚相手と日取りを決めてしまう。

 心底嫌そうに嫁としてやって来たのは、真面目で堅苦しそうな年下女性。

 親しくしようにも彼女はいつも素っ気ない為、愛情なんて互いに生まれない。

 二人の間に息子が出来てもその関係は変わらないままだったが、ある話が切っ掛けで侯爵家を守る同志として協定を結ぶ関係となったのだ。

 それは、オフィーヌの籍を侯爵家に移した日。


「これは秘密だが、貴女には話しておく。私の養女としたオフィーヌは、私とアルシアという子爵令嬢との間に生まれた実の子なのだ。だから、貴女が産んでくれた息子は私の初めての子ではない。オフィーヌを我が家の最初の子、長女として受け入れてくれないだろうか」

「アルシア? それはもしかして…」

 妻がアルシアの姓と特徴を確認してきので、「貴女もアルシアを知っていたのか」と答えた途端、普段無表情な彼女が初めて夫に笑顔を向けたのだ。

「あんなに魅力的な女性を他に知りません。私は、学園の先輩であるアルシア様に褒められる為、勉強を頑張りました。成績結果が良いと、先輩から抱きしめて貰ったり、頬や額に口付けて貰ったり、御褒美を下さるの。本当にもう大好き。それが何て事なのっ。アルシア様の御子様が私の娘になるなんて嬉しいですわ。わかりました。私、旦那と仲良くこの家を守りますわ。オフィーヌ様の実家ですもの。居心地良くしないとね。息子にも、お姉様がいる事を教えてあげなくては」


 激しく興奮する様から、相当彼女に憧れていたらしい。

 その日以来、『アルシア様愛』を今も持ち続けている彼女から私への軽蔑の眼差しは消えた。

 学園でアルシアのファンクラブが存在していたのは知っていたが、まさかそれに加入していた者が私の妻になろうとは、な。


「旦那様のその手がアルシア様を触れたのですね。旦那様、私にも同様な事をして下さいませ。あぁ、アルシア様と同じ事が出来るなんて最高です」


 私の前だけの変態ぶりならまだ良かったが…。

 オフィーヌとその子供がアルシア似だったため、二人を前にした妻の変態加減は増したのだ。

 オフィーヌ親子が歩けば後を付け、オフィーヌ親子が座れば見つめ続けるようになった妻。

 その母の姿を見て育った息子もそれを見習う事になろうとは。

 しかも息子の方は、自分の甥を抱きしめてはフンフンと色んな所の匂いを嗅いでは、満足したとばかりにニコニコするのだ。

 あいつ等の変態加減が怖い。


~・・・~


 新王即位後にようやく無罪が証明されたオフィーヌ。

 彼女の希望で簡素となった結婚式が行なわれた。

 公爵家の結婚式としては出席人数が少ないだろうが、来客者の豪華さには驚かされる。

 ルディス様の両親である先々代の王と王妃。

 ルディス様の次兄である公爵。

 我が国の若き王。

 隣国の王妃と王太子夫婦。

 花嫁の父席には、私と従兄弟のキールが座っていた。

 隣にいた私にキールがおずおずと「殴ってすまなかった」と謝ってきたので、「こちらも色々すまなかった」って見返したら、彼は薄ら涙目になっていた。

 こいつ寂しかったろうな。

 後妻に男が出来て離婚したって言うし。

 私と違い、家族がいなくなって独りだったのだから。


「オフィーヌとは話が出来たのか?」

「ああ。招待状が届いた翌日、彼女に会いに行った。アルシアの手紙も見せたし」

「それって、あの事が書いてある手紙だろう?! 知られて良かったのか? 私はそこまでオフィーヌに話してなかったぞ」

 キールの小さな笑みの裏に相当な覚悟であった事が見えた。

「彼女には事実を知って欲しいから。知った上でまだ私を父と思えるか、訊いたのだ。その答えのおかげで、今日、私はここに来る事が出来た。それに世間的にも、実父は私で、養父はお前となっているからな。このままで良いそうだ」

「なら、これから一緒に孫に会いに行く事が出来るな」

「ん…。ぜひ誘ってくれ。ジャレッド」


 その日から、私とキールは酒を飲みながら共通の話題で盛り上がるような付き合いが始まった。

 絶えないお喋りや楽しく遊んでいた子供の頃を思い出させるような、そんな関係に戻ったのだ。


 オフィーヌに二人目の子が産まれて喜んでいた私達を突然、王城に呼び出した者がいる。


「二人のお義父様達。少し相談したい事がありまして」

「何用でしょう? 公爵様」

 真面目なキールは畏まって訊ねた。

「嫌だなぁ。私は娘婿なのですから、ルディスでいいですよ。それにこれは、個人的な相談ですから」


 個人的な相談をわざわざ王城で?

 嫌な予感がしていた。


「新王がある場所に行ったきり戻って来ないのです。政務を疎かにしないよう、私の次兄が、王の署名が必要な書類を持って行っては、戻るよう説得を続けているのですが…。その間、どうしても仕事が溜まるのです。私が王の仕事をするので、次兄の仕事はお義父様達が助けてはくれませんか? ジャレッドお義父様には外交問題など対談事を。キールお義父様には予算の確認とか書類仕事をお願いします。この城で泊まれるように部屋はすでに用意されています。今すぐ動いて欲しいのですが」

「決定事項かよ…」

 私の呟きに義息が笑顔で返してきた。

「一段落したら、お好きなだけ我が家にお泊まり下さい。お義父様方、言っていましたよね。『時間を気にせず可愛い孫達の寝顔をずっと見ていたい』って。どうぞ一緒に寝てあげて下さい」

 キールがすぐに頷いたので、私も賛同した。


 その時は、「そんな事言う程切羽詰まっているんだ。一時的なら、領地管理は妻と弟に頼んでおこう」と軽~く思うだけだったが…。

 まさか、それから事が発展して、私達の役職が宰相と宰相補佐になるなんて…。

 忙しくなるにも限度があるわ!



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