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04・王弟 ルディス


 私は王にとって十五歳年下の異母弟。

 長兄である王からの寵愛が三人兄弟のなかでも一番と言われているが、それは違う。

 弟の物で気に入ったものを勝手に奪い、代わりの物を贈るのが寵愛と言うのか?

 あの長兄は昔から私に嫉妬している。

 兄二人の亡き母は国内貴族出身。

 私の母は隣国の貴族出身で、隣国王妃の妹だった。

 長兄に王位を譲った後、先代王と私の母は自然豊かな田舎に引っ越し、楽しく隠居生活を満喫しているらしい。

 この国の指導者として厳しく育てられた長兄は、隣国と縁を結ぶ重要人物として周囲に甘やかされ可愛がられていた私が不愉快だったはず。

 王を継いだ長兄は、影で私から何かを奪っては、奪ったものより質が落ちたものを人前で贈ってくるようになった。

 いかにも弟を可愛がっています、という言動が腹立だしい。

 王の優しい口調に私への陰険な企みが含まれている事を誰も気づかず、「王に愛されてますね」と言って来る周囲も癪にさわる。

 

「オフィーヌ。ほら、もっとお食べ」


 以前のような朗らかな笑顔を見せなくなった彼女の口元にスープを運ぶ。

 王城の牢から来たばかりの彼女は表情を失い、何事も無反応。

 それが、心の壊れを心配した私が彼女の名を耳に囁いたら、突き飛ばしてきたのだ。

 彼女の意思がある反応には安心したが、初めての拒絶は私に痛みを与えた。

 全身から私に「嫌い」と言っている。

 何故私を嫌うのか。

 彼女を奪われないよう、沢山嫌な事もしてきた私を。

 理解してもらおうと何日も、言葉と行為で彼女に示していく。

 その効果なのか、少しずつ以前の彼女に戻ってきたようだ。

 説得方法に怖い所があったのか、彼女は私の機嫌を気にするようになった。

 おどおどした表情も可愛いが、早く笑顔が見たいな。


「ああ。口から零れたね。勿体ない」


 零れた汁をすくい取るように私の舌が彼女の首から唇へ。

 ビクビクと体を震わせるオフィーヌは涙目だ。


「そんなに泣きたいなら、もっと泣かせてあげようか?」

「…貴方は私を裏切ったのに。何故、こんな事っ」

「裏切る? 私はずっと君に言っているだろう。愛しているって。まだ信じていないの? もっと愛情を示すしかないね」


 空腹の時は私の名を呼んで。その口に食べ物を運んであげるから。

 話したい時も私を呼んで。君の声をしっかり聴いてあげるから。

 寒い時も私を呼んで。頬が赤く染まるまで温めてあげるから。

 哀しい時や寂しい時は私に触れて。哀しさや寂しさに嘆く暇がない程、君を抱きしめてあげるから。

 

「これからの君は、私がいないと生きていけなくなるんだ」

 

 ~・・・~

 

 長兄と彼女の父である伯爵が婚約を薦める前から、私は八歳年下の彼女に恋していた。

 物憂げな瞳で壁に寄り掛かっているオフィーヌの姿に色気を感じ、彼女の手に触れた時の歓喜は忘れられない。

 オフィーヌが私にとって特別な存在だと長兄に気取られないよう行動に気をつける日々。

私が心寄せる事に異常なくらい食いついてくる長兄へ、オフィーヌの防波堤にと他の女達と絡んできた。

 案の定、私と絡んだ女達を長兄が奪っていく。

 後に、その女達を捨てた長兄が、笑みを隠しながら言ってくる。


「あの女は美しいお前よりも逞しい私の方が良いと言っていたぞ。すぐ裏切るような女と別れて良かったな。お前には私が決めた婚約者がいるんだ。彼女をもっと大事にしろ」

 そして私はいつも、婚約者に全く興味がないと答えてきた。

「オフィーヌ嬢は私の好みではありません。彼女の魅力は、実家の伯爵家が保有する多数の土地と鉱山だけでしょう。彼女自身は大人し過ぎて、私には全く魅力を感じませんけどね」


 だが、その誤魔化しがもはや効かなくなったと知る。

 あれは王妃の生誕祝いとして宴が開かれた時だった。

 貴族の娘達が余興をする事になり、オフィーヌは仲が良い友人達と歌を披露したのだが、その後、長兄がとんでもない事を言ってきたのだ。


「成長したオフィーヌを見ると亡き伯爵夫人を思い出すな。美貌は称えられるが、優秀過ぎて強気な所が私に合わなかったが、娘の方は儚げな雰囲気が良いな」

「…」

「お前は彼女に興味がないのだったな。だったら、結婚後、彼女を私の愛妾として迎えてもいいだろう? 公爵夫人としてお前の子を産んだ後、私が手を出してもいいな? それまで私の城へ通い、私達の愛を育てる事を許せ。お前は、好みの女と遊べばいい」


 私達の愛だと?

 この兄は何を言っているんだ。

 渡すわけないだろう。

 私の大切なオフィーヌを。


 だから、長兄からオフィーヌを離す計画を立てた。

 狡猾でありながら考えが足りないレシィという庶民を利用して。

 レシィという女とは街の酒場で知り合い、私の身分を知るとますます媚びを売って来たので、その下品さに嫌悪しながら計画の駒として扱った。

 卑しい女が私のオフィーヌを馬鹿にする度、苛立ちを隠し笑顔でいる。

 この女に長兄も興味を持ち始めたので、女もいずれ『王の玩具』になると予想は出来た。

 それまでにオフィーヌと婚約解消しなくては。

 彼女をどこかへ移し、長兄の手が出せぬようにしないと。

 その策の駒であるレシィは至る所で事を荒らしまくってくれた。

 結果は成功したと言ってもいい。

 変な所で潔癖な長兄が、罪人オフィーヌに失望し興味を失ったのだから。

 いずれ証拠と証人を使い、彼女が無罪だと明かなくてはならない。

 その時には、彼女が容易に手出し出来ない存在となっている事に長兄は驚くだろう。


 私は、オフィーヌに会いに来たジャレッド殿から、彼女の出生の秘密を聴き、すぐ行動を起こした。

 彼女をジャレッド殿の養女にした後、私の伯母である隣国の王妃に連絡し、処理を頼む。

 前々から、母にはオフィーヌの事は話していた。

 屋敷に囲い、夫婦として過ごす事も。

「息子のお嫁さんが奪われないよう、私も何かしましょう。そうだわ。隠居の身の私より、隣国の姉の力を借りましょう」と母は、隣国の王妃である姉に連絡してくれたのだ。

「面白そうね」と隣国王妃は、オフィーヌを王妃付きの特別女官に任命する手はずを整えてくれた。

「あと、他国から嫁いできたばかりの王太子妃の話相手にもなってくれないかしら? こちらの女官となったからには、年に一度は挨拶に来て欲しいけど、そちらにいる時は、王太子妃と文通して親しくしてちょうだい。二歳しか違わないから、話も合うでしょう。王太子妃も新しい友人を歓迎しているから」

 その提案は心強い物だった。

 隣国の王太子妃は、武に秀でた大国の王女だ。

 八人兄弟で唯一人の女の子だったため、家族から特に可愛がられていたらしい。

 彼女と親しくなれば、一層オフィーヌの守りは固くなる。

 いくら長兄、いや我が国の王と言えども、二つの国が背後にあるオフィーヌを簡単に愛妾になど出来るはずがない。


 ~・・・~


「さ、オフィーヌ。少し休んだ後、お風呂に入ろう。足輪が擦れた所は…かなり治ったね。拘束具を金属より肌触りが良い布の物にして良かった。お腹の子が重くなってくるから、身体の負担を減らそうと変更してみたが、軽くなったろう?」


 甲斐甲斐しく女性に接するのは、オフィーヌが初めてだ。

 色んな女に触れてきたが、こんなにも触れる度、頬ずりや舐めたい衝動に駆られる事はなかった。

 私の愛情から逃げようとする彼女に、仕方なく拘束具を使うしかなかったのだ。

 新婚生活を邪魔するなと言っているので、屋敷の使用人達は呼ぶまで来ない。

 行動に制限がある彼女を私が気をつけて世話をしてあげなければ。

 何て楽しい時間なんだろう。

 誰の目も気にせず、彼女といられるなんて。

 ずっと待っていた。

 彼女に触れ、愛を伝えるのを。


「愛している。これからも、私の言動全ては君の為に」


 彼女に頬擦りしながら、今日あった事も伝える。


「レシィって女を覚えている? 後宮に部屋を貰える程、王のお気に入りとなったのに、王以外の男達をその寝室に招いていたんだ。その場面を王が見てしまってね。激怒した王に殴られ過ぎて、彼女御自慢の顔が台無しさ。相手の男達は、レシィが前に働いていた酒場の常連達だった。後宮に不法侵入した罪と王の愛人に手を出した罪で刑を受けたよ。勿論、彼女にも刑が下された。王の愛人としては長続きしていて、いつか王の子の母にもなれたろうに。残念だねぇ」


 実際は、後宮の警備を緩めたのは王。

 時々、後宮にいる女達の自分への愛を試すのだ。

 王の渡り以外は暇を持て余していたレシィが、その罠に引っ掛かっただけ。


 ~・・・~


 この国で王弟という地位しかない私の結婚は、現王である長兄の許可が必要だ。

 オフィーヌとの婚約が駄目になったので、長兄は新しい婚約者を私に宛がってくるはず。

 その前に私自ら選んだ、次の婚約者を長兄に紹介するつもりだ。

 昔、長兄の愛妾だった男爵家の未亡人を。

 その美貌が王の目に留まり、最愛の夫と娘と無理矢理引き離され、王城へ連れ込まれた彼女は一ヶ月もしないうちに追い出されたという。

 いつも頑な態度を取っていたら、王に不愉快だと捨てたのだ。

 夫のもとへ帰ったが、日々泥酔する生活を過ごしていた夫が事故で亡くなっていた。

 弟夫婦に男爵家の資産を使い込まれ、娘は彼等によって娼館に売られてしまい、家族の人生を壊されたと王を恨むが、社交界を離れた彼女に復讐する機会はなかった。


「私に協力してくれたら、王への復讐に協力しよう。すでに弟夫婦に罰を与え、娼館から娘を取り戻した私に『否』とは言えないか?」

「いいえ。大変、感謝しております。私と娘は、ルディス様に生涯尽くしましょう。それにしても私がルディス様の婚約者になるのは無理がありませんか? 十も上ですのに」

「これまで王に奪われた私の恋人は、それ以上の年上もいましたから。変に思われませんよ。ですが、王と会うまで、荒れている肌の手入れなどの下準備が必要です。王好みの女にならなくては」

「はい。これまで社交界と無縁でしたから、覚えなくてはならない事も多そうですね」


 長兄に男爵の未亡人を婚約者として紹介してみると案の定、未亡人が気になるようだった。

 王の頼みとして、未亡人と婚約解消したのは三か月後。

 未亡人を随分と気に入ったようだ。

 その際、王からの詫びだと隣国との国境近くの領地と公爵の位、国宝を幾つか私に与えられたのだから。

 ようやく長兄の元から独立出来た。

 これでいちいち干渉されないし、結婚も長兄の許可なく出来る。

 私に都合良く事が進んだのは、あの未亡人の口添えもあったのだろう。

 オフィーヌと共に早々と領地へ引き籠る事にした。

 

 婚約解消後、すぐに王の愛妾として後宮の部屋に暮らし始めた未亡人。

 長兄好みに容姿も性格も変えた彼女が、想像以上に良い働きを見せてくれた。

 後宮に入り浸り、次第に政務に手を付けなくなった王。

 自分の娘も後宮に呼んだ未亡人が何をしているか不明だが、私に影響がないよう動くと約束した事は守ってくれているようだ。

 それから二年経っても、王の寵愛が続いている未亡人とその娘は、「傾国の母娘」と庶民にも噂される程になっている。

 一切政務を行わなくなった愚王っぷりにとうとう忍耐の緒が切れた次兄が怒り、長兄の退位と新しい王の即位準備を始めたらしい。

 ある日突然、次兄が私の屋敷にやって来て、こう言い出した。


「私も私の家族も王になれる気質を持っていない。後方で支える補佐的な方が合っている。お前に次の王になって欲しいのだが」

 私は即断る。

「私より長兄の息子の方に継承権があるでしょう」

「あの兄が沢山の女に手を出した結果、生まれたのが三人の娘とたった一人の息子だけというのも不思議だよな。私も考えてみたが、あの息子はまだ十代半ばと若いし、病弱だ。兄が狩りの時に出会った村娘が母親だぞ。何の力もない庶民が片親なら、王としては地盤が緩いだろう。逆にお前は隣国との縁がある」

 確かにそれは私の強みだが…。

「それでも継承順に従った方が良い。今の王に従っている臣下達の手前もあるから。彼等と敵対しないように穏便に進めようよ。若さが気になるのなら、補佐上手な兄さんが後見人として教育していったら? 父親の行いを見て育ったからか、異性よりも学問に興味があって、責任感が強い子のようだよ」

「あの子とは会話らしい会話した事がなかったから、私にはわからない。お前の言う通り、あの子を次の王にしてみるか。まずは面談か?」

「私は、兄さんがしようとしている事にこれ以上口を出さないから。この件はそっちで頑張って下さい」

 呻りながら考え込む次兄。

 決心がついたのか、急に笑顔になって「また遊びに来る。何かここは居心地が良いな」と帰って行った。


 さて、私の方はオフィーヌの名誉回復の為にそろそろ動こうか。

 改めて結婚式も挙げる際は、キール殿を招待しよう。

 オフィーヌと彼は何年振りの再会だ?

 いきなりは無理だったが、少しずつ実父と名乗ったジャレッド殿を許したオフィーヌ。

 これからキール殿とどんな関係になるかわからないが、和解の機会をそろそろ与えよう。

 オフィーヌがずっと気にしているし、キール殿と完全に縁を切るのは勿体ない。

 彼の人脈は、私と外交で諸外国に人脈を持つジャレッド殿とは異なる。

 こちらの手に持っていて困る事はないだろう。


~・・・~


 新王の即位式後、療養を理由に小さな館に隔離されてる長兄は先代王となった。

 先代王妃と後宮にいた女達は、先代王と共に田舎町で暮らす気はなかったようだ。

 長兄の女で付き添っているのは、ルディスに忠誠を誓った元男爵夫人とその娘のみ。

 彼女達が館の使用人達と長兄の面倒を見るようになって約半年後。


 元男爵夫人からの手紙を呼んで脱力してしまうルディス。


『王が、父の見舞いだと初めてこちらへいらっしゃったのですが、困った事が起きました。

 私の娘に一目惚れしたらしく、娘から離れようとしません。

 娘はその好意を鬱陶しがり、避けているのですが、全く彼には通じていないのです。

 王のお付の人達も、王都へ帰ろうとしない彼に困っています。

 来年結婚する予定の女性がいらっしゃるのに。

 またあの母娘かと、このままだと世間の悪意の目がこちらに向く事になります。

 王城にいた頃と比べるとまるで別人のように静かで大人しい先代王。

 事故で不自由になった体に時々苛立っていますが、本当に穏やかな目をするようになりました。

 そんな先代王の姿を見た私達は、ようやく復讐心が治まり、使用人から「三人は本当の家族のようです」と言われてしまうような、和やかな日々を過ごしていたのに。

 年若い王のせいで、私達の生活が荒らされるのには我慢がなりません。

 それに彼は暴走しがちな所があるので、少し怖くもあります。

 ルディス様。私達はどうしたらいいのでしょうか? 』



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