03・伯爵夫人 アルシア
子供が出来ないという内容が嫌いな方はこちらを避けられますように。
<アルシアからの手紙>
私の愛しい旦那様。
これが読まれているって事は、オフィーヌに何かあったのかしら。
オフィーヌが旦那様の実子ではない事が知られたの?
私が生きているうちにこの事実が旦那様に知られ、浮気者と罵られて離婚する事になっても、真実は語らないつもりでした。
でも、それを話さなければならない事が起きたのね。
この際だから、色々話してしまいます。
この手紙を読み終わったら、私の事嫌いになっているかもしれないけれど。
私の家は経済的余裕が全くない名ばかりの貴族で、自慢は家族全員見目が良い事だけ。
私にも小さな頃から色んな方が近寄って来て、特に私に影響を与えたのは、三十代のとある富豪紳士でした。
八歳の私が公園で遊んでいた時に、高貴な雰囲気を持った紳士が声を掛けてきたのがお付き合いの始まりです。
子供好きがちょっと行き過ぎたこの紳士は、私を色んな所に連れて行ってくれました。
芸術作品を学ばさせようと美術館に連れて行ったり、美味しい食事で味覚を鍛えさせたり。
質が良い服飾品を与えてくれて、上品な言動や学問も教えてくれて、私にとって教師のような方でした。
子供が出来にくい身体の紳士。
自分自身の子が出来ない彼は、余計子供が愛しい存在となってたみたい。
私の髪や目の色が紳士のと似ていて、「この子は私の為に生まれてきた子だ。私が育てるはずだった子だ」と思ったそうです。
彼は私の事情を調べ、家が貧乏な事と両親にはお互い金持ちの愛人がいて、私にかまっている暇がないと知りました。
「ならば自分が娘さんの生活をみましょう。毎月の生活費も出します」と、私の親と話をつけたのです。
紳士がいてくれるのなら、私の世話をしなくていいと思ったのでしょう。
両親共に互いの愛人との間に子が出来た途端、全く家に帰って来なくなりました。
愛人の家で楽しく暮らしている彼等を見て号泣した私を抱きしめてくれた紳士の温かさ。
現在も忘れる事はありません。
紳士が使用人を雇ってくれたおかげで、何とか子供の私は暮らせたけれど。
私の結婚式の時に呼ぶまで疎遠のままだったのは、旦那様も知っているわよね。
便利を図って貰おうと来ても、彼等を追い返していいわよ。
彼等は私を捨てた人達だから。
話を戻すわね。
貴族や裕福な庶民が通う学園へ通う手配もしてくれた紳士の事。
その学園に通えたから、旦那様と出会えたのよね。
紳士のおかげで教養の面で恥ずかしく思う事はなかったと思っています。
ある日、紳士に随分とお世話になっていから、私から何かして欲しい事はないかと尋ねました。
「大人になっていく君が、私から離れて行く事が怖い。ずっと君の側にいて、君が生んだ子を私も育てたい。私の夢を叶えてくれるかい?」
その紳士の返事に私は頷いたのです。
それから五年後のある日。
紳士が亡くなったと彼の財産管理人が伝えに来ました。
遺言書に私への内容が書かれていて、結構な金額を受け取りました。
そのおかげで、学園を卒業出来たし、そこで出会った貴方との結婚の持参金も用意出来たのです。
と、このような事が私にありました。
次から本題です。
旦那様と婚約した時、旦那様のお義母様に呼び出されました。
それまでのお義母様の態度から、私は嫌われているのかと思っていたのですが…。
そこで旦那様の秘密を聞かされました。
旦那様自身も知らない事を。
お義母様の不注意で他者からの病が旦那様にも移り、その時の高熱のせいで子が出来ない身体になったと。
名門子息という周囲の期待があった旦那様は、いつも自分を完璧に見せようと努力していましたね。
完璧を求める息子にお義母様はその事実をずっと伝えられませんでした。
お義母様が私と距離を置いていた理由は、「結婚後、世継ぎが産まれないのは妻の責任だと言われてしまう」と、私の事を心配していたからだそうです。
だから、「今のうちに別れなさい」って。
もし、旦那様がこの秘密を知ったら、きっと私とも誰とも結婚なさらない。私と別れようとするはず。
ねぇ、旦那様。
すれ違っただけの旦那様を一目で好きになってから、近づけるよう私がどんなに頑張ったか知っています?
旦那様が所属している乗馬クラブに入る為、苦手な馬を涙流して克服したのよ。
旦那様に相応しい女だと周囲に認めて貰えるよう、勉強も人格も優秀な者しか手が届かない生徒会にも入ったわ。
人脈の為に先生や先輩後輩と異性同性、それぞれに合わせた付き合いは面倒な事。
恋敵達との攻防戦にも勝ち、ようやく恋が実った幸せを壊してなるものですか。
だから、「決して彼とは別れません」という答えしか私にはないの。
お義母様はその答えが返ってくると思っていたようで、ある青年を連れて来ました。
お義母様の甥という侯爵家の御子息ジャレッド様。
些か軽薄そうな旦那様に似た方を。
そして私に、「見た目も血筋も、私の息子と共通点が多いジャレッドと子を作り、キールの子として育てなさい。その子を跡継ぎにする事を私は許します」と、結婚を許可する条件を言われました。
その時、私はあの紳士を思い出したのです。
旦那様も、もしかしたらあの紳士のように、他人の子に愛情を与えるようになるのかしら。
私の知らない者に時間を割き、愛情と未来を与えるのかしら。
冗談じゃないわ。
旦那様は誰にも渡さない。
私がその条件を飲んだ結果が、オフィーヌよ。
旦那様と別れたくない想いが強過ぎた私を責めますか?
それでも私、すぐにその条件を実行する気はありませんでした。
旦那様とだけ触れ合っていたかったんですもの。
でも、結婚二年後、とうとうお義母様から「そろそろ子供を」と催促がありました。
ジャレッド様って旦那様に憧れていて大好きなのを知っていましたか?
だから、旦那様を奪った私を嫌っているのよ、今も。
学園で私と同級生だったジャレッド様はいつも私を睨んでいてね、旦那様と話している時は私に嫉妬しているような視線が痛かったわ。
お義母様から事情を聞き、従兄弟の為ならと私との事を渋々了承しただけだから、ジャレッド様と私の間に情なんてないの。
私達は互いに旦那様だけを想って子を願いました。
こじづけかもしれませんが、だからオフィーヌは旦那様との子だと思えたのです。
オフィーヌに婿をと思っていたので第二子は望まず、ジャレッド様と個人的に会う事を止めました。
彼もオフィーヌを自分の子としてではなく、旦那様の子として可愛がってくれます。
もし自分の子として見るようならオフィーヌと会わせない、と心配していましたが、全くの杞憂でした。
私にとってもジャレッド様にとっても、オフィーヌは旦那様の子なんです。
怒ってしまいましたか?
勝手に事を進めて御免なさい。
でも、この手紙を書いている今、私は娘を生んで良かったと思っています。
昨年お義母様が亡くなられ、私が病に伏せた今、旦那様がオフィーヌを受け入れられないのなら、ジャレッド様にあの子を頼むしかありません。
旦那様はそれでいいのですか?
私の旦那様への愛が詰まったあの子を他の者に渡しますか?
罪な贈り物かもしれません。
でも、あの子を少しでも受け入れて。
オフィーヌを見る度に私からの愛を感じて欲しいの。
可愛いルルンちゃんとまた逢いたいアルシアより。
ふふっ。
「ルルンちゃん」って久し振りに呼んだわね。
二人きりの時に甘えてくる貴方への私だけの呼び名。
あの時の貴方はとても可愛いの。
甘えてくる表情が本当に大好きでした。