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02・伯爵 キール


 娘であったオフィーヌと縁を切ってからの処罰だったからか、伯爵家としての謝罪は多数ある土地の中の一つの提出で済んだ。

 といっても、広大で立地が良く、その土地に建てられた屋敷は、数代前に降嫁して来た王女が住んでいたという由緒ある所だったが。

 他者から見れば価値ある物だろうが、建物自体年代物で修理箇所も多く、維持費が掛かる物件でもあったので、むしろ厄介な物が片付いたと思う。

 

 我が身可愛さに娘を捨てた非情な親という風評を気にしなかったキールが今、後妻の衣装請求額を睨んでいた。

 世間から前妻の美貌と比べられる後妻は、異常に見た目を気にして、飽きる事無くドレスや装飾品、美容品にと金を注ぎ込んでいる。

 キールがお小遣いとして毎月渡す金額以上に使い込む。

 後妻が実家から多額の持参金を持って来たが、半分程すでに彼女の買い物代に消えたらしい。


 妻が亡くなって三年後だったか。

 伯爵家縁の者達が集まった席で、乳児を連れて離婚したという父方の親戚の娘が、私の後妻候補として現れたのには驚いた。

 その時はお淑やかに見えた娘が、こんなに聞き分けがなく、強欲で見栄っ張りだったとは。

 前妻は無駄遣いせず、着なくなったドレスを手直して着たり、子供服に仕立て直しては誰かに譲っていたのに。

 自分の事ばかりではなく、他人との付き合いも上手いので、実力者達に可愛がられる前妻とは大違い。

 どんなに見栄え良くしても、根本的に前妻には敵わないのに。

 美しい前妻アルシアは、私と我が伯爵家の自慢。


 そして、私を裏切った麗しき女神だった。


 彼女が私を裏切った証し、オフィーヌ。

 妻似の容姿でも、私以外の男の陰が見え隠れする不快な存在だった。

 いつか我が家の為に役立つようにと面倒を見ていたが、とんだ失敗をしてくれたものだ。

 アルシアの人を惹きつける能力は遺伝しなかったのか。


 キールが前妻を思い出していると廊下側から騒々しい物音が聞こえてきた。

「どういう事だ! オフィーヌが王城で裁かれたと聞いたぞ! 私が他国へ行っている間に何があった?! 何故減刑を求めない!」


 息荒げて執務室の扉を開けたのは、私の三歳年下の従兄弟、ジャレッド。

 彼の母親と私の母は双子で、姉の方が侯爵家に嫁いだのだ。

 現侯爵である彼は、髪の色や目の色と顔立ちが私と似ているが、雰囲気が大違いだった。

 派手で陽気な華やかさが溢れている彼の方が人に好かれやすく、私はそれが羨ましく思う時がある。


「減刑だと? 私と無縁になった娘をどうして助けなければならない?」

「お前。捨てたのか、オフィーヌを」


 あの娘の為に、この男はこんなに怒れるのか。

 昔から可愛がり方が度を越していると思っていたが、こいつはあの娘との関係を知っていたんだな。


「それより、君とは数年ぶりに直接会話をしたな。私の前妻の葬儀後以来か?」

「ああ。無言のままお前が俺を殴った日、以来だ」

「私の妻を寝取った男をいつか殴ってやろうと思っていたからね。忘れもしない。大雨の日だ。二週間の出張で、予定より一日早く帰宅した時、君と妻の行為を見てしまった。私はあの日から耐えていた」

 キールの眼差しは、先日オフィーヌに実の娘ではないと告げた時と同じ冷たさがあった。

 だがジャレッドもその視線に負けず睨み返す。

「俺達の事を知っていて、一度も奥方に訊かなかったのか? 知らないふりしていたのか?」

「そう知らないふり。君に惹かれている様子が彼女から全く見えなかったからな。私よりも身分高く人気がある君との子が出来ても、私から離れなかった。私としても、妻を自らの手で離すつもりはなかったが」

 伯爵自身、アルシアに愛されていると感じていたから、まだ憎悪と怒りの感情が抑えられたのだ。

「君達を見た翌日に私が風邪で寝込んだり、書類整理に追われたりと結局、妻と触れ合う機会は一か月後だった。オフィーヌの出生日からして君の子だろう。裏切りを暴かなかったのは、妻との別れが怖かったからだ」

「お前…」

「君を殴った日。妻を失って、つい感情が爆発してしまったんだ。お前が憎い、と。お前が彼女に手を付けた証明でもあるオフィーヌも憎いって。私にとってオフィーヌは不要な存在だと改めて認識した日だったよ」

「だから、冤罪かもしれない娘を救おうともしなかったのか。…わかった。それなら、お前がオフィーヌを不要というなら、私が貰い受けても良いな?」

「君があの娘の実の父親なのだから、御自由に。私には関係ない」

「このっ!…ちっ」

 私の態度に激しく苛立った彼が、舌打ちで感情を抑え、上着のポケットから厚みがある封筒を取り出した。

「お前の許可を得たから、自由にさせて貰うさ。これから先、俺達に関わるなよ。あとこれは、お前の前妻からの手紙だ。渡す日が来ない事を彼女は願っていたがな。お前が娘を苦しめた時か俺との関係がバレた時、渡すよう言われていた物だ」

 机の上にそれを置いた彼は再度私を睨みつけてから、執務室を去って行った。


 手紙だと?

 ほのかに彼女が愛用していた香水の匂いが封筒の中から漂ってくる。

 私が特注して誕生日に贈った香水だ。

 本当に彼女からの手紙なのだな。


 ~・・・~


 翌日、役所へと赴いたキールだが、すでに他家へと移されていたオフィーヌの籍。

 彼以上の権力者がこの件に関わっているらしく、役所からは詳細を教えて貰えず、籍を伯爵家へ戻す事は不可能だった。

 オフィーヌと話し合おうと王弟の所へ向かったが、「一ヶ月もあの女に関わっていたくないから早々に流刑地へ送った」と言われてしまう。

 流刑地へ使者を送ったが、『オフィーヌも同行者達も流刑地へ辿り着かないまま行方不明』という結果しか届かなかった。


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