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01・伯爵令嬢 オフィーヌ


 彼女の声が薄暗い室内に響く。


「どうしてなのですか?! お父様!」

「お前の不手際が招いた事だ。数日後にお前は王城に呼び出されるだろう。何故かわかるか?」

 淡々とした父親の言い方は、娘の表情をますます悪化させる。

「では、本当に…。私の婚約が正式に破棄されるのですか?」

「そうだ。その後、お前の罪が裁かれる。愚かなお前のせいで我が家へどんな影響を及ぼすのだろうな。十七年間しかこの世に存在していないただの娘如きに、数百年続く我が家門が汚される事は許される事ではない」

「私は批難される程の罪を犯していませんっ」


 淡い金色の巻き毛。

 灰色がかった水色の瞳。

 ぽってりと厚めで官能的な薄桃色の唇。

 儚げで物憂げな色気も漂わす美しい娘が、涙を流していれば誰であろうと優しい声を掛けたくなるはずなのだが。

 そんな娘を見ても、狼狽えるどころか先程よりも苛立ちをみせる父親。


「実際にお前は、婚約者である王の末弟から、罪を公式な宴の席で皆の前で告げられただろう。例えそれがお前が言う偽りの罪であっても、彼に疎まれていると周囲に知られた事が重要なのだ」


 王から溺愛されているオフィーヌの婚約者。

 彼の一言で王の行動が決まると言われている程、末の王弟の影響力は大きいのだ。


「お父様は私を信じてくれますか? 私は何もしていないと」

「言っただろう? 真実は関係ないのだ。王族との不祥事が起きたという事実が大事なのだ。だから伯爵家当主として、お前を我が家門から外す事にした。オフィーヌよ。お前は明日から我が家名を名乗るな」

「え?」

「お前の母の遺産を引き渡す手続きは済んでいる。それを受け取ったら、この家から出て行け。お前が王城に呼び出されても、お前に何か起ころうとも、我が家は無関係だ」

「そんなっ。私はお父様の娘ではなくなるのですか?」

「元々お前は私の実の娘ではない」

「!!」


 今耳に届いた言葉の意味がじんわりと沁みて、オフィーヌの身体を強張らせる。

 身動き出来ない彼女を置いたまま、父親は部屋を出て行った。

 勢いよく閉まる扉の音が彼女の皮膚を刺す。

 強く閉じた扉の音はまるで父親からの恨みと怒りの叫びのようだった。


 湧き出る涙をそのままに、オフィーヌは床に座り込む。


 私は、本当にお父様の実の娘ではないの?

 この水灰色の目は、お父様の水色とお母様の灰色、二人の目の色が重なった色ではなかった?

 お父様が昔から私と距離を置いているのは、お父様の子じゃなかったから?

 私が十一歳の時、お母様が亡くなって三年後、お父様は周囲の薦めで再婚なさったわ。

 前の夫との子を連れて嫁いできた後妻は、初めから私を嫌っていた。

 他人の子だから邪魔なのだとその態度に納得していたけれど…お父様にとっても邪魔な子だった…。

 ああ、私はお父様に疎まれるべき存在だった。

 それでも、お父様は今まで私を娘として側に置いてくれていたのに。


「どうしてお父様を裏切ったのお母様?」


 裏切り。

 お母様の報いを私が受けたのかしら。

 婚約者である王弟ルディス様が私を裏切ったのですもの。


 彼とは小さな頃からの知り合いで、王様とお父様が私達の婚約を決めたのは、私が十二歳の時。

 八歳年上だった王弟は私の初恋の人。

 彼からの婚約希望と知って、一層ときめいたの。

 婚約が決まってからは、何度も抱擁と口づけをして、「一生、何があっても離さないよ」と甘く言って下さった。

 好かれていると自信があったから、彼が他の女性達とばかり過ごすようになっても、そんなに不安はなかったけれど。

 最近、レシィという二十歳の女性が彼と親しなり、二人はいつも行動を共にしていた。

 酒場で働いていた彼女を自分の屋敷に使用人として雇ったという。

 いつも私を鋭い目つきで睨んでくる理由を、「あの者は、自分よりも容姿が良い者を嫌います。ルディス様に寵愛されているから驕ってしまい、身分ある方にも身をわきまえない者なんです。貧しい庶民だったあの者は、オフィーヌ様とは身分も美しさも比べ様がありませんのに」と、古参の使用人が説明してくれた。

 レシィは何かにつけて、私を悪者に仕立てて行く。

 彼に泣きつきながら、私がしてもいない悪事を訴える事数々。


 「王弟様と私の仲を羨んで、私を何度も殺そうとしたのは知っています。それが今度は、好きな人が出来たからって邪魔な王弟様を殺そうとするなんて!! 私、見たんです。この人が飲み物に毒を入れたの!! ほらっ、銀のスプーンが変化したじゃない。毒ですよ、毒っ」

 しまいには、こんな事を彼の前で言い出した。

 レシィが使用人として、その飲み物を用意していたのに。

  

 大体、何で私が婚約者の遊び相手をいちいち殺さなければならないの?

 彼女以外にこれまで何十人相手がいたと思っているの。

 本当、きりがないって。

 それに、私に好きな人が出来たって、誰を指しているのよ。


 あんまりな彼女の行動に呆れていた時間が長すぎたのだろう。

 彼女がでっちあげた殺人未遂の証拠を信じ、容疑を否定せず黙ったままの私に怒鳴ってきたルディス様。

 慌てて彼に誤解だと説明しても、信じてくれなかった。

 王城で行われる宴の席で、彼は婚約破棄を宣言したのだ。

 宣言した後、いつの間にかやって来たレシィの肩を抱くのおかしくない?

 宴は王主催の席で、参加資格がない彼女がそこにいるのを注意すべきなのに。

 周囲から注目を浴びていた私達を王が呼び、「後日改めて話し合おう。お前達は早々に帰りなさい」と告げられた時の恐ろしさ。

 可愛がっている末弟の命を狙った者に容赦しないはず。

 私が無実と言っても信じてもらえないかもしれない。

 長年過ごしてきたルディス様とお父様にでさえ、全く信じてもらえなかったから…。


 私は結局、婚約者とも、お父様とも、何も築き上げていなかったみたい。


 ~・・・~


 後日、王城に伯爵家の娘オフィーヌの噂が広がった。

 実家との縁切り。王弟との婚約破棄。王弟と次期婚約者への殺人未遂。王弟直々一ヶ月間の処罰後、僻地への流罪。

 名門令嬢の中でも群を抜いて美しく、優しい笑顔と清らかな歌声が有名だったオフィーヌの失墜。

 誰もが信じられない思いで、その噂を耳にしていた。



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