[来客は名は]
[来客は名は]
「…目が見えるって、ハル!おまえは何を言っているんだ。」
春風春雄は、意味がわからないという顔をした。
「残念ながらハル!視力は戻らないんだぞ。全国の知ると知る名医に診てもらってきたお前ならよーく知っているはずだ。そもそも昼休みに出て、帰ってきたら目が見えるってそんな馬鹿げた話があるか!」
春風春雄は少し強い口調で言った。
…
少し間があいた。
周りにいる社員はだれも口を開かない。
春風ハルは、父である春風春雄を凝視している。
春雄は、娘のハルの目をしっかりと見定めた。
(目に生気が戻っている…本当なのか?)
春雄は、未だに理解できずにいた。
そんな父を見かねてハルは言葉を発した。
「父さん!老けたね!白髪もそんなに増えちゃって。髪もなんだか薄いし…でも、懐かしい顔。」
そう笑ったハルの目からは大粒の涙か湧き出していた。
周囲の社員たちもそんなハルの言葉にもらい泣きをしていた。
春雄は、そんなハルを見て社長であることを捨てた。
「ばかやろう!」
そう言ってハルを抱きしめて、まるで母親の胸の中で泣く子どものように春雄は泣いた。
「夢でもいい。俺は今死んでもいい。母さん!ハルが!ハルが戻ってきたぞ。」
そうして父と子の絆は、皆の涙で祝福された。
そんな中、上の階から降りてきた女性社員が、社長の元にやってきた。
女性社員は、フロア全員が集まり泣いている光景を驚いたように眺め、
意を決したように社長に話した。
「あ、あの社長!お取り込み中すいません。」
社長は、社長と呼ばれたことで意識を取り戻し、少し恥ずかしそうに
その女性社員に振り向いた。
その顔は、もう社長の威厳がないほど涙でぐしゃぐしゃになっていた。
それを見かねた女性社員は
「社長。大丈夫でしょうか?改めましょうか?」
社長は、ハルから身体を離し、子どものように涙を服で拭いた。
「大丈夫だ。何か急用か?」
「あ、いえそれほど急用ではないのですが、ご来客の大木強志様が、社長の急用を察して今日はお帰りになられました。また改めてご連絡しますとのことでした。」
…
社長は少し考えた後
「ああ、大木君か。そうだったな。彼には悪いことをしたな…。」
その側で聞いていた春風ハルは、「大木強志」の名前を聞いて
ハッと頭をあげた。
「父さん!」
急に大きな声を上げた娘に父も、周りの社員もビクッと身体を震わせた。
「なんだ。急に大きな声を出すんじゃない。母さんのところに行くかと思っただろ!」
なんて冗談を娘に言ったが、娘は目を見開き、驚いた顔をしていた。
「父さん!会社に大木さんがいるの?」
娘の凄みに、少し父は腰が引けていた。
「ああ、さっきまで社長室で仕事のことで話してたんだ。
ハル!大木君を知っているのか?」
ハルは顔を一度下に向けた。
「知っているも何も…」
そう呟き、何か続けて言おうとしたハルだが
すぐに顔を上げ、立ち上がった。
「父さん!大木さんに会わせて!」
そして、社長室のほうに向けて父の手をとり引きずるように歩き始めた。
父も、そして社員達もそのハル行動にあっけに取られ、
その歩いていく背中を眺めるしかなかった。




