[社長]
[社長]
僕が部屋に入ると社長と思われる人物が窓際をそわそわ歩き回っていた。
社長「まったくうちの娘ときたらどこほっつき歩いているんだ…」
などと僕のことは目もくれずぶつくさと呟いていた。
女性社員「社長、大木様が来ていらっしゃいます。」
女性社員が少し強い口調で言った。
社長は、ハッとなって僕に顔を向け、そして少し気まずそうに頭を掻いてこちらにやってきた。
社長「すまん。すまん。ちょっと色々あって考え事をしていた。」
僕「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。
私、上丸商事の大木強志と申します。宜しくお願いします。」
僕は、社長にお辞儀をしてから名刺を差し出した。
社長は、名刺を受け取りチラッと目を通し、すぐに近くのテーブルの上に置いた。
社長「担当が君に変わったのかね。それともあきらめがついたのかい?」
そう言うと、僕に近くのソファーに座るように促した。
僕「いえ担当は変わっておりません。
世界の携帯電話事情を大きく変えることができる発明をした社長に一度お会いしたくて無理言って私からお願いさせてもらいました。
もちろん貴社との契約をあきらめたわけではありません。
むしろ、この技術を日本の誇りとして弊社で取り扱いたいので強くお願いに参りました。」
社長「ほお。言うことは言うじゃないか。
私は、回りくどいことが嫌いな性質でね。
その点は気に入ったよ。まあ、契約の話は別だがね。」
先ほどの女性社員がお茶を持ってきた。
社長「大木君とやら、ちょっとすまんな。」
そう言うとお茶を運んできた女性社員に話しかけた。
社長「おい。見つかったか?」
女性社員「いえ。今手が空いている社員で探しています。」
社長「そうか…」
社長は、さっきと打って変わって弱弱しい顔つきをした。
女性社員「社長。大丈夫ですよ。すぐに見つかります。
今は、商談に集中してください。大木様に失礼ですよ。」
社長「ははは。すまんな…ついな。」
社長の癖なのか、先ほどと同じように頭を掻いた。
そのやりとりを見ていた僕はつい質問してしまった。
僕「何か大事なものをお探しで?」
社長「ものじゃなくて。娘なのだよ。」
僕「娘さん?それは大変じゃないですか。
今回のお話は後で構いませんので、私も手伝いますので探しに行きましょう。」
社長「い、いやいいんだ。社員が探してくれとるし。前にも何度か同じことがあるのでな。」
僕「…しかし」
社長「お前さんは結婚しとるのかね。」
僕「恥ずかしながらまだ予定がありません。」
社長「そうか。まだ君には親の心はわからんじゃろ。」
…
社長「少し話を戻そう…
君も知っている通り、最近わが社で開発成功したバッテリーは世界中から引く手数多だ。
世間から将来を有望されている神童のようなものだ。」
僕は社長が何を言わんとしているのかわからなかった。
社長「神童と待ち上げられたわが子がそのまま期待された結果を出せれば特に問題はない。
しかし、世の中そううまくいくものじゃない。
もしも、その子が期待された結果を出せなかったら?
もしその子に何かしらの欠陥があったとしたら世間がどういう反応をするかわかるね。」
僕「…手のひらを返す。」
社長「その通り。世間は、今まで持ち上げていたことがうそだったかのように次の獲物に移っていく。
そして、その子は世間から捨てられるのがこの世の原理というものだよ。」
僕「社長。お言葉ですがその原理は違います。」
社長「どういうことだね。」
僕「社長のおっしゃる『捨てられる』は、あくまで世間体であって本人の意思ではありません。
本人が『捨てられた』と判断しない限り、生きる価値が必ずあります。
つまり、この世の原理と言うものは世間で決められるものではなく、
『個』に委ねられているものだと私は考えていますので、
『この世の原理』と言うものはそもそも存在しないのではありませんか。」
社長「…」
社長「君の名前をもう一度聞かせてくれないか」
社長は僕の目をしっかりと見据えた。
僕「はい。大木強志と申します。」
社長「いい目をしておる。君は名に恥じない生き方をしとるね。」




