[容態]
[容態]
医師が話を始めようとした時、
ちさとちゃんの両親の身体が硬直したのが目に見えてわかった。
真剣な眼差しで二人とも医師の顔を見つめた。
僕も、ちさとちゃんの両親と同じように身体が硬直した。
他人である私がこの話を聞いても大丈夫であるのかという恐怖をあった。
…
「ちさとちゃんの怪我の状況ですが…」
「率直に申し上げますと、無事です。」
両親は、驚いた顔をした。
もちろん僕も同じように驚いた。
母親が先に口を開いた。
「先生!怪我の状態はどうなのでしょうか?命の危険はないということですか?」
医師は、一宮仁の顔を見た。
一宮仁はうなずいた。
「ちさとちゃんの状態は無事なのです…」
両親が頭に?マークがあるかのような顔をしている。
本来ならば、子の無事を喜ぶところであるが、予想外のことで頭が回っていないのであろう。
「無事という漢字はご存知ですよね。
その言葉の通り何もなく、怪我は何もないのです。」
医師も説明し難い状況で言葉を選ぶのに手間取っている様子だ。
一宮仁が僕に目を向けて一瞬だがにんまりした。
その時、なぜ一宮仁が部外者の僕を呼んだのかわかった気がした。
今度は父親が口を開いた。
「先生、ちょっと質問させてもらってよろしいでしょうか?」
医師が頷いた。
「ちさとが無事であることは本当にうれしいです。ありがとうございます。」
父親が頭を下げた。
「私が、店の店長に話を聞いたところ、救急隊員から連絡がきて、頭蓋骨の陥没骨折、そして頭部からの大量出血でショック状態とお聞きしたのですが…それは誤報だったのですか?」
医師は言った。
「いえ、誤報ではありません。救急隊員がその状況を見て、こちらにもそのような報告が来ておりましたので」
その言葉を聞いた両親はますます意味がわからないと言った様子だった。
後ろで話を聞いていた僕は思い当たる節があった。
だからこそ、どのように説明するのか、緊張していた。
医師は、一宮仁を手で紹介しながら口を開いた。
「こちらは一宮仁先生です。うちの病院の医師ではありませんが、事故が起きたお店から応急処置、搬送まで助けていただきました。
一宮先生は、国内でもトップクラスの外科医であり精神科医でもあります。
詳しいことは、こちら一宮仁から説明します。」
一宮仁は、ちさとちゃんの両親に頭を下げた。
「ご両親、ちさとちゃんが無事で良かったですねえ」
現状の空気では合わない笑顔と大きな声で言った。
思わず両親も無理やりの笑顔で「はい」と返事をした。
「たしかに、ちさとちゃんは頭が骨折して、多量の出血をしていました。
搬送中にはショック死状態になり、私もさすがにあきらめかけました。」
「でもね、ご両親。人間生きたいという思いでまれに不思議なことが起きるのです。
長年医師を続けていたとしても一度会うかどうかの奇跡みたいことがあるんですよ。」
「ちさとちゃんは一度、死を迎えています。
その瞬間に、また新たな時間を神様か何様か、私にはわからないけど分け与えてくれたのです。」
「医師が、こんな非科学的なことを言うのはなんですが、実際に起こったことは信じてみてもいいじゃないですか。ちさとちゃんは、何か生きていかなければならない意味があるのではないかと感じます。」
「ですから、ご両親はちさとちゃんにも、たけしくんにも今以上に愛情を注いで育ててやってください。」
両親は、何か府に落ちない部分もあったが、結果としてわが子がなんの傷も残らず、元気になるのであればそれ以上のことはないと思い納得した。
一宮仁の話が終わると、続けて担当医師が話を始めた。
「まあ、私自身も納得できていないので、ご両親も御察しください。
ただ、ちさとちゃんは極度の疲労状態にあるのは事実です。
点滴で、栄養補給と睡眠補助をしています。
意識がいつ頃戻るかは断定できませんが、様子を見て2、3日入院した方がよいでしょう。」
両親はゆっくり頷いた。
医師の説明が終わったところで、看護師が姿をみせた。
両親に入院手続きの説明をし、必要書類の記入をお願いするため、
別の部屋にたけし君も連れて移動して行った。
ちさとちゃんの無事がわかり、両親共に足取りが軽く見えた。
一宮仁は、担当医師に一声掛け、ぼーっと立っている僕に近寄って来た。
「ちょっと話があるこっちにこい」
そう促された僕は、無意識で金魚の糞のように付いていった。




