[僕]
~あらすじ~
主人公「大木強志」は、その名に似つかず虚弱な体質の普通のサラリーマン。
ひょっとしたきっかけから「手当て」という力を受け、力の担い手となる。
[僕]
僕はおなかが弱い。
いつからだろう。
物心ついている頃から弱いのは覚えている。
どれくらい弱いかって?
いくつか例えをあげたらわかりやすいだろう。
一つ、おなか一杯食事ができない。
おなか一杯までご飯を食べるとすぐに腹を下してしまうのだ。
二つ、冷たいものが飲めない。
どんなに暑い夏でも、冷たい飲み物はNGだ。
冷たいものを飲むと少しでもお腹に入ると、人体の構造的にはわからないが
舌の唾液、胃の胃酸、腸の活動が極端に低下して、食欲が全くなくなる。
三つ、必須アイテムは腹巻
僕のおなかは外部からの刺激にも弱い。
ズボンの内側にはボタン式でない限り、大抵は金具式のフックがある。
そのフックが直接腹に触れると、お腹を壊すのだ。
そんなひ弱な僕も今は35歳になり、
何回か入院を経験したことがあるが、どうにか生きている。
職業はサラリーマン。世間では少し有名な商社に勤めている。
恋人はいない。ついでに言うと生涯一度もいない。
色白で細くひ弱な男に魅力があるわけがない。
自分でもそう感じるのだからしょうがない。
そんな僕でも自暴放棄してまで死ぬ勇気もないわけで
生きていくために今も、仕事場に向かっている。
[職場]
「次は、夕霞、夕霞。お出口は右側です。
扉付近のお客様はドアから離れてお待ちください。ご乗車ありがとうございました。」
ふう、着いたか。さてと。
僕は、混雑した車内をかき分けてどうにか外にでる。
いつも思う。人ごみは嫌いだ。
精神的にもつらいし。貧弱な僕には体力的にもきつい。
そもそも人ごみが好きな人はいないか。
そんなことを考えながら改札を抜け、殺伐とした街の中に身を投げるように歩きだした。
「おはよう。」
「おはようございます。大木主任。」
遅ればせながら、僕の名前は「大木強志」。
完全に名前負けして、コンプレックスにもなっているが、
こればかりはしょうがない。
むしろ、親の希望に応えられない自分に申し訳なく思っている。
「大木主任。今日の飲み会の時間夜7時からなりますのでよろしくお願いします。」
「!?……飲み会?」
「主任忘れたのですか?前期売上の達成御祝いですよ。」
「あぁ…」
僕は若干困った顔をして返事をした。
僕が勤めている会社は前期(4月~9月)、後期(10月~3月)で
売上げを達成した場合、部署ごとに達成会という名の祝賀会を開いている。
しかも、社長の好意でその費用はすべて会社が持ってくれている。
飲み食いが好きな連中にとってはうれしい話ではあるが、
僕にとってはこれ以上ないありがた迷惑な話である。
冷たいものすら飲めないのにアルコールなんてもってのほかなのだ。
「主任大丈夫ですよ。主任は、ホットウーロン茶でも皆文句言わないですから。」
「出席だけは必ずお願いしますね。」
と笑いながら部屋を出て行ってしまった。
おなかが弱いことは部署内ではもちろん会社内でも有名らしい。
入社式の際、社員全員で簡単な祝賀パーティーの時に
当時入社したての僕は、その空気に断るわけにもいかず、アルコールを口にしてしまったのだ。お腹に異変が起きた僕はすぐにトイレに駆け込み、痛みや嘔吐と戦っていたのだが
成すすべもなく打ち負かされ、そのまま救急車で運ばれた武勇伝がある。
それ以降、僕の事は暗黙に入社時の通達事項に含まれているらしい。
僕としては、食事や飲み物についてあれこれと強要されないし、
むしろ何も言わないのに僕に適したものをオーダーしてくれているので
体のことを理解してくれている会社には非常に感謝している。
その日の職場のみんなはいつもより少し生き生きしているように感じた。
休憩時間には各々が祝賀会のお店や食事内容の話題にしていた。
最近では、若い人たちは飲み会などの付き合いを敬遠したがるが、
うちはどうやら社会的に言われている一般的な会社とは違うようだ。
そんな感じでその日の業務は早々に切り上げて
夕霞駅前の居酒屋にて毎度のように祝賀会が始まった。