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転生拘置所にて

 


 目が覚めると、僕は真っ白な部屋にいた。

 現実感のない空間は、まるで病院の無菌室。


 その真ん中で透明な椅子に座っている。

 周囲を見渡す――なにもない。ほんとうになんにもない。


 壁すら見えず、白の空間が無限につづく。

 精神と時の部屋ってこんな感じだったんだろうな。


「ここは……どこだ」


 不安をかき消すためにつぶやいてみる。

 声はどこにも吸収されることなく、拡散していく。


 僕、何してたんだっけ……。


 思い出そうとするが、記憶は茫洋(ぼうよう)としており、つかみどころがない。

 少なくとも、こんな部屋は覚えがない。

 自宅のアパートがこんなんだったら、2日で発狂する自信がある。


 え、何……。僕、死んだの?

 マジかあ。え、こんなあっさり? 

 というか、死んだ記憶がないんだけど……。

 殺された? 自殺? 事故? 病死?


 どちらにせよ、よろこばしい展開ではなさそうだ。

 嫌な想像が喚起されて、うつむく。


 あーまったく思い出せねえ。

 昨日なにしてたっけ。

 えーっと、たしか仕事を終えて、コンビニでビールと唐揚げ弁当を買って――。


「気がついたようですね」


 声がした。

 下げていた頭に突然、降り注ぐ。

 冷たさを感じるくらいに澄んだ、女性の声だ。


「あなたは地球時間の2020年8月に死亡しました。死因はトラックに飛び込んだことによる――」


「ああ、そうだ!!!!!!!!!!」


「うるさい、黙ってください」


 顔をあげて叫んだ。

 そうだ、そうだ。俺は異世界転生しようとして、トラックに飛び込んだんだ。


「ようやく思い出したようですね。これだから劣った地球人の記憶力は……ちょっと衝撃を与えただけで吹きとぶ」


 物騒なことをぶつぶつと女はつぶやく。

 ってか、こんな女、めちゃくちゃ美人だな。


 街ですれちがうと、思わず、振り返ってしまうレベル。

 真っ黒な髪を肩まで垂らし、これまた真っ白なブラウスに、紺のスカートがよく似合っている。

 しかも、ブラウスの下の胸が存在感を主張している。


 それなのに――。


 不思議と女には生気がなかった。

 雪女みたいといえばいいのだろうか。

 立って話しているのに生きている気がしない。


「当然じゃない」


「え?」


「あんた、あたしのこと死んでるみたいと思ったのでしょ」


「そうですが……」


 混乱のあまり思わず声に出していたのか。


「あんたの考えてることなんてお見通しよ」


 何人、被告を見てると思ってるのよ――。


 被告?


 聞き捨てならぬ言葉だった。

 しかし、いまはそれどころではない。


「僕は死んだのですか?」


 ならばここは死後の世界? 

 なんだか想像と違う。


「ええ、まあ、そういうことになるわね」


 まあ、いい。

 なぜなら、僕はこれから転生するのだから。


 本来の目的を思い出す。

 なら、さっさとここはおさらばしよう。

 僕には楽しい楽しい異世界での剣と魔法とハーレムの日々が待っているのだから。


「あなたにはいまから転生法廷にて裁判を受けていただきます」


 ああ、はいはい。裁判ね。いくらだって受けますよ……え?


「転生法廷? 裁判? どういうこと? 俺は異世界に転生できるんじゃないの?」


「その前に、あなたの異世界転生の妥当性を判断する陪審員裁判を受ける必要があります。裁判にて『無罪』がでれば、無事に異世界に転生。『正当転生者』の資格を得て、転生する世界を選ぶことできます。もし『有罪』になれば、あなたは『不法密告者』となり、異世界転生は認められません」


「み、認められないって……その場合はどうなるんだよ」


 おそるおそる尋ねる。非常に嫌な予感がする。


「あなたはすでに現世――あなたの世界では死んでいるのです。当然、死後の世界に行くことになります。不法密告者は例外なく、地獄に落ちます」


「そんな!」


「自分の世界を簡単に捨てて、異世界に転生しようとする甘えた人間が天国に行けるはずがないでしょ。人は本来、生まれた世界で、一生懸命、生きるべきなのです」


 女は続ける。


 しかし、ときたま、不幸な境遇や同情すべき理由によって、別世界を夢見て命を絶つ人間がいることも理解している。だから、法廷によって審判して、転生希望者の事情を聞く。


 転生希望者とは、転生を願って死亡した人のこと。そもそも、異世界転生を望んでいない人間、信じていない人間は通常のフローに乗っ取り、天国か地獄に送られる――もっとも、ほとんどの人間は天国行きらしいが。


「わるいことをすると地獄行きになるなどと人間界では語られているようですが、人間程度の悪業では地獄行きになることはめったにありません。魔王となって世界を滅ぼしたとか、地獄はもっとスケールの大きい悪党が行く場所です」


 女は見下したように笑う。つめたい表情がいっそうの冷気を帯びた。


和久井武(わくいたけし)――あなたは異世界転生を望みましたね? ならば、審判を受ける必要があります」


 こうして、僕の転生を賭けた裁判が幕を開けた。

 

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