ヘイムダルの世界。
ヘイムダルは絶望ばかりの世界で生まれた。
そこは、暗い地底街だった。幽霊のような顔の人々が街路を歩いていた。
此処には、太陽が無く、星も月も存在しなかった。
みな、希望の光を欲していた。
この街では、太陽は幻想の存在なのだと語り継がれていた。
誰もが、生きる事に対して、何の価値も見い出せずに、苔やキノコのように、湿った感情のまま、惰性で生きていた。彼らには、強い怒りや悲しみなどを感じる事なんて無かったが。強い喜びや楽しみも無かった。
ヘイムダルは、そんな世界から抜け出したかった。
どうしようも無い程に、悲しさだとか空しさだとかが当たり前になってしまった人々の中において、ただ一人、ヘイムダルだけは太陽だとか、星だとか、月だとかいったものの存在を強く信じていた。
きっと、それは必ず出会わなければならないものなのだろうと。
自分は光になれるのだろうかと、彼は悩み続けていた。
自分が、天空にあるとされる存在しないものと一体化すればいい。
そして、みなを照らし出すのだ。
みな、どうやっても抜け出せない迷宮の中を生きていた。
悲観し、泣き叫び、死にたくても死ぬ事が叶わない。
そういった住民達の中で、彼は生きてきた。
望んだものを手に入れるのは、どうすればいいのだろう?
彼は、探している幸せの形を見つけるには、どうすればいいのかと。
多分、どうやっても手に入らないものは絶対に存在していて、そこに辿り着く事など叶わないのだろう。そうやって、みな、自らの生を構築していくのだろう。
自分の存在価値だとか、この世界を存在の理由だとか。
どうすれば、捻じ曲げられるかを彼は考え続けるのだ。
人は本当に欲しいものなんて、何一つ手に入れられずに、捏造された偽りの夢や希望や幸福を与えられながら、生きていくのかもしれない。
光とは、この世界に本当に存在しているのだろうか。
光学現象としての光ではなくて、象徴としての光など本当にあるのだろうか。
もし、あらゆる絶望を照らす光というものが現われれば、この世界は少しはよくなるのかもしれない。
彼は眼を閉じる。あの日々に戻りたいと、強く願う。
ある時、彼は少年だった。
まだ、何の可能性も無いちっぽけな存在だ。
未来においては、どんな事でも出来るのだと信じて疑わなかった。
彼の周りにいる者達は夢を囁いていた。
力を手に入れたのは、いつの頃だろうか。
時間が光のようになって、切り刻まれていくかのように思えた。
今は、何処の時空にいるのだろう?
偽りなら、夢が叶う事に意味なんてあるのだろう?
彼は何者でもない存在へと変わりたい。
身体の全てが、空へと溶けてしまえばいい。
多分、人の幸せは光のように形なんて存在していないのだ。
希望は蜃気楼のように、簡単に消え去ってしまうものなのかもしれない。
ヘイムダルは、光の魔法使いだ。
彼は、自身を光に溶かす事によって、時空も次元も飛び超えて、別の存在に変わる事が出来る。
ある時、彼は小さな獣で。野原を強く駆け回っていた。
彼は空から降ってきた大きな鳥の嘴によって、掴まれて、そのまま鳥に飲み込まれた。
彼は、輪廻を繰り返していく。
どんな世界なら、正しいのだろうかと。
どんな自分なら、正しい道を歩めるのだろうかと。
ヘイムダルは求め続ける、自分の理想の人生を。彼の力は、その為に与えられたものだと信じたいから。
彼は、生まれては死に、生まれては死ぬのを繰り返していく。
その先に何の解答が見つかるのか分からずに。
彼は、結局の処、死ぬ事が出来ずにいるのだ。
死んだ後、魂となって残り、別のヘイムダルへと生まれ変わる。
そして、ぼんやりと、意識は残り続ける。
前世の記憶を引きずり続けながら、また別の人生を歩んでいく。
究極的には、彼は天上の世界そのものを照らし出す巨大な光になりたい。
そればかりを、強く願っている。