第七話
玄関から続く数枚の飛び石づたいに門扉脇に立っている石灯籠まで
丁寧に掃き清めると、
ちりとりを手に取り、そこに纏め、
それから、水を撒く。
いくら丁寧にやった所で、そう長い時間はかからない。
何故なら、今朝一度やったことだったからだ。
朝一番に祐一は、拭き掃除をして、
玄関先に水をまき、目に付いた小さな雑草も根こそぎ取ってしまっている。
だから、今更、草むしりしようにも草一つ生えていなかった。
それでも、祐一はしゃがみこんだ。
うつむいて、ちりとりの柄を握り、一応草むしりをしてる体をとり
耳だけ、門扉の先にある道から聞こえる車の音を聞き漏らすまいと
そばだてた……
今日も、遅いのかもしれない。
祐一が居候の身になって最初の頃は、判で押したように夕食の頃には
帰ってきた加瀬だったが、
次第に、そそくさと夕食後またどこかへと出かけて行くようになった。
富美の話によれば、それが加瀬の従来の日常で、
むしろ夕方同じ時刻に戻っていたのが、ごく稀な事であったと知った。
一度、祐一もその現場を目にしているので、加瀬が多忙を極めている事は知っていたし、
もしや自分のために寸暇を割いていたのかと思うと、済まないと…思う気持ちと、
子供扱いされている… と憤慨する気持ちで
すぐさま、加瀬にそのような気遣いは無用だと伝えた。
するとあっさりと加瀬は、戻らなくなった。
戻っていた頃だって、話などほとんどしていなかった。
食事を一緒に取り、何をしているか聞かれ
それに祐一が答える…
ただそれだけだった。
だから寂しいと言うことではない。
だが
今思うと、
祐一の言い方は子供じみていたと恥じる気持ちが湧く。
その証拠に
「そうか、それは済まなかったな」
加瀬が笑いながらそういった事を思い出す。
もうちょっと、言い方があったはずだった。
後悔する気持ちと裏腹
一旦戻って、慌ただしく風呂に入り
身ぎれいにしたと思うと、夕食を取るのさえおぼつかない様子を目にすると
いつか加瀬が言っていた言葉が、祐一の脳裏によぎるようになった。
『いつまで、内地勤務か分からない』
もしかしたら、加瀬も何処か外地へ赴く事になるのかもしれない。
父親が急に外地へ飛んでいった事で分かるように、命令一つで
いつなんどき移動になるか… 分からない事は、周知のことではあった。
祐一だって、いつまでも加瀬の居候というわけではなく、
入学の時期も、もうすぐそこだ。
時間は限られている…。
埒もしない事を考えてムッツリとしゃがみこんだまま
祐一は少しだけ育った飛び石ぞいの苔を撫でた。
「坊っちゃん 坊っちゃん」
慌てて顔を向けると富美が、玄関先で手招きをしていた。
「もうそろそろ…夕餉の時間ですよ」
そう言えば、今日は富美に早めに帰るようにと話をしていたのだった。
恐らく、祐一分の配膳を済ませたら、戻るつもりなのだろう。
いつもの割烹着を脱ぎ、帰るばかりの姿をしていた。
「あ、はい」
慌てて下駄履きの素足を綺麗に拭きながら、祐一は答えた。
「どうぞ、もうここは大丈夫ですから。
急ぐんですよね?」
「すいませんねぇ。
旦那様が戻られるまで…と思ったんですけどね」
富美の心ここにあらずな様子は、祐一の目にも明らかだった。
「さぁ急いで…帰って下さい」
祐一がそう言うと、富美の綺麗な目が一瞬潤んだようになって
「すいません」
小さく何度も頭を下げ、駆け出して行った。
カタカタと下駄の音に合わせて、揺れる小さな矢羽の見慣れたもんぺが物悲しい。
昼間遅く、赤紙が来たという知らせが入ったようだった。
誰もが赤紙一つで招集される。
大きなため息が一つ、漏れた。
すっかり間が空いてしまいました。
区切りのいい所で切ったので、短めですが
宜しくお願い致します。