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僕の大事な人  作者: ミラクルマーム
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第六話

固めに絞った雑巾を丁寧に四角くたたむと、祐一は廊下を拭き始めた。

廊下と玄関を丹念に拭き上げると、薄っすらと祐一の額に汗が滲む。

その後、玄関先を掃き出し、

それから手を洗い、勝手口に行けばそろそろ賄いの富美さんが来ていて

軽く朝の挨拶を済ませ、仏飯とお茶を仏壇にあげる。


それが祐一の朝の習慣になった。


――――――――

あの日、加瀬の従卒に案内され加瀬を待つことになった祐一だったが、

思いもよらぬ事に、そのまま加瀬宅の居候の身になったのだった。



約束通り帰宅した加瀬は、事の次第を告げる代わりに

祐一に一つの書簡を渡した。


受け取ったきっちりした文字は、祐一にとっては決して見間違う事のない筆で、

ドキッと胸を打つ鼓動に、ただ目を走らせた。


そして、

やっと加瀬に祐一の事を託して、戦地へ旅立っていたという事実を知らされたのだった。



慌ただしく外地に発つ前に、寸暇を惜しんでしたためたのだろう。

それでも光佑らしく丁寧に「一粒種の息子である祐一を頼みたい」

という光佑の思いが綿々と綴られて

上堂家の入婿としての父の想い、そして軍人としての矜持…

光佑の様々な深い想いを察し、

ポタポタと大粒の涙が、文の字を滲ませ

そこから懐かしい父の顔が浮かんでは消えた。


震える手で手紙を握ったまま動かない祐一を見つめながら

加瀬は、

敢えて、知らぬ素振りで続けた。



「事情は、それでわかったと思う。

よって、これからこの家を自分の家だと思って…生活をして貰う」




実際の所、母幸は、祐一の退院後、無事陸幼への入寮を見届けたら、

すぐさま祖母の待つ疎開先に身を寄せる事になると源蔵に聞いていたし、

急な光佑の移動で、話が急転したのだと察せられたが、

だからと言ってこのまま居座るのには、戸惑いがあった。


加瀬はそういった祐一の躊躇いを予想していたのだろう。


「既に母上には、父上が説明され、その上で、一切を私に任せると言う話で纏まっているそうだ。

かくいう私も、いつまで内地勤務でいられるか… 分からぬご時世だ。

だが、頼まれたこちらとしては、選択肢は他にないと思っている、

事情を察して、無用の遠慮は捨てて欲しい」


「ご覧の通り、男所帯で気楽な独り者だ。

賄いは富美と言う者が、一人通いで来て貰っているだけだ。


固くならないで、親戚の家だと思っていればいい


まぁ…そのうち慣れるだろう」


加瀬の手配で整えられた

白い開襟シャツ、上着、ズボンから下着に至るまで

の当座必要と思われるもの一重ねを差し出され

祐一は歯を食いしばり、涙を拭うのも忘れ頷くだけだった。




雑嚢と水筒… そして幾ばくかの所持金しか持ち合わせていない祐一は、

こうしてその日から加瀬宅の住人となったのだった。



―――――


上級士官用として借り上げたと思しきこじんまりした家は、瀟洒な作りであった。

だが通いの賄い一人では、手が回らない事もある。

居候として自分も何かしないわけには行かない…

律儀な思いで、朝の拭き掃除と仏壇へのお供えを始めたのも、

以前瀬戸口が家でしていた事を、思い出してのことだった。



まだ朝早い頃から起き出して… 諸事万端済ませると、

きっちりと整理された座敷に座って、

祐一はゆっくりと加瀬のために、茶椀に湯を入れて、加瀬を待つ。


これも最初の晩、向かい合って食べた夕餉の際、祐一の淹れた茶に


「うまいな」


そう加瀬に言われたからだった。


母が父にしていることは、そう多くはなかったが、

唯一幸でなければ…と言われて

父のために真っ先に淹れるのが、帰宅時のお茶だった。


「お父様のお茶はね。

ゆったりとした気持ちでね、淹れるのよ

そうすると、甘いお茶になるのよ。


不思議でしょう」


にこやかにそれでいて得意げに幸が、幼い頃から祐一に言っていたからだろう。


なにげに祐一が淹れたお茶に、相好崩して加瀬が初めて笑い、

恥ずかしそうに、祐一が微笑んだ。


寡黙で口数の少ない加瀬との朝のそれが、祐一のささやかな楽しみだ。





戦局は、決して有利に進んではいない。

戦火の火は身近にあって、

だからこそ、光佑は決死の思いで外地に翔んでいったし、

祐一も戦力として益になるように学ぶのだ。


もうすぐ陸幼の入学式がある。

ここで加瀬とともに過ごす僅かな時間を、大切にしよう… 祐一はそう考えていた。






書きかけていた分のアップが終わり、自転車操業です。

遅筆になりますが、お付き合い下さい。

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