~アティラ組側~ 第5話 役割分担
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異世界へ飛んできたアティラ一行は、仁捜索のために、湖の隣に位置する街へ聞き込み調査を開始した。
しかし、当然ここで扱う言語は彼らが知る由もない未知なるものだった。
そんな絶望を露わにしていた春香だったが、くくくと何かを思いついたように含み笑いする望が全員の注目を集める。
「心配なんていらないぞ、春香よ。なんたって、俺達には秘密兵器が、あるからな!」
そう豪語する望は、真っ先にアティラがいる方向に指を差し向ける、だが――
「……って、あれ?……」
彼の先にいたのは眠り落ちたアティラを抱える柔悟の姿だった。
「眠たそうにしていた彼女に俺が背中を貸すと提案して……まあ、見ての通りだ」
「柔悟、てめぇ~……うらまぉっ落とさないよう、気をつけろよ~!!」
血の涙を流す勢いで羨む望であったが、すぐに抱えている問題を思い出す。
「――っていうか、おい、アティラちゃんが寝ちゃったら、誰が通訳してくれるんだ~」
「そう言えば、アティラさんは、どんな言葉でも理解できんだったわね」
「そうなんですか?」
「ええ、信じ難いかもしれないけどね」
アティラと出会った間もない頃、彼女が何故自分達の世界に降りてから言葉に戸惑わなかった。
その理由が、耳に入ってくる言葉を瞬時に理解できることと自ら話す言葉が通訳化されると、説明していた。
理屈は不明だが、望はそんな彼女の特殊な能力を聞き込みに使おうとしたが、呆気なく彼の魂胆は砕け散った。
「ええい、じゃあもう一つの秘密兵器!全てはお前に掛かっている!!レオン、何かないのか?」
期待で胸を膨らませる望だが、レオンは首を左右に振り答える。
「残念だが、お前の期待には応えられないね。確かに僕は天才ではあるが、万能ではない。未来のネコ型ロボットのようにお前の求める道具はないよ――」
「自分で天才って言うんだ……」
二人を頼りにしていた望は深く落ち込み、誰の声も届かないかのように塞ぎこむ。
「見事までな沈没船っぷりね、望。それで、第三の秘密兵器とやらは存在するのかしら?」
「そんなの、もうねぇよ!」
「マジ泣き……って、貴方ね~」
呆れた顔でため息を吐く春香は、万策が尽きた望をじっくりと見つめる。
落ち込む望にレオンは近づき一同に聞こえる声量で続けた。
「――だが、言葉が解らなくても、得られた情報は確かにある」
「それは……一体?」
「人がどうしても表すにはいられない現象」
「……?」
尚も理解できない一同にきょとん顔しながら、一斉に首を傾げる。
「まだ理解できないのか?」
「何がよ!勿体ぶらないで教えなさいよ!」
「それはね、春香――反応だよ」
レオンは懐に仕舞っていた写真を取り出し説明をし始めた。
「まず、僕達には仁の顔写真がある」
「「うんうん」」」
「それで、これを見た人はどう思うかな?」
「普通に考えれば、『誰それ?』ってなるわね」
「そう、だから、この写真を見せるだけで、相手が知っているか否かを僕たちは判ることができる」
「どういうこと?」
曖昧な返答をするレオンに理解できなかった柔悟が首を傾げながら尋ねる。
「見るべきは、人の反応……それで僕達が欲している大概のことがわかる」
多くの調査隊曰く、人間が取得する情報の80%は視覚からだそうだ。
故に異国の言葉であったとしも、周りの雰囲気、置かれている状況、あらゆる視線や人々の表情から多くの情報を得ることが可能である。
「まあ、少なからず、仁がこの街にいるかどうかくらいはわかるってことだ……」
レオンは、少しため息吐いて続けた。
「――それじゃあ、行くぞ」
「おい、レオン一体どこに行くつもりだ、そっちは街の外だぞ」
「それは、もちろん……食料調達だよ」
「「……ん?……」」
――食料調達?
と、皆が同時に思った。
「ははは、レオン君。どうやら俺の耳がこの世界に来てからダメになってしまったらしい。もう一度言ってみ、何をするんだっけ?」
「やられたのは君の脳みそらしいな。聞き間違いじゃないぞ、望。食料の調達だ。そうはっきり言ったはずだぞ」
はきはきと清々しく淡々とレオンの発言に絶句する一同。
予想もしなかった彼の言動が全員の魂を引き抜いた。
原子的行動。
今の人類がどのぐらいこの方法をやり続けているのか……
考えただけでも極僅かだろう。
一握り、いや、一撮みに等しいその食料調達に、その行為に最も相反する人物であるレオンが先に口走ったのが何よりの驚きだろう。
「ねえ、レオン。お前、本気で言ってんの?」
「嘘じゃないよ。合理的思考で導いた結果に過ぎないのさ……それに、考えてみろよ。僕たち今は――」
少し間を置いて、レオンは続けた。
「――一文無しなんだぜ!!」
「「はっ!!」」
皆して気づく。
ここが異世界であることを……そして、今持ち合わせている二三〇〇円が異世界では、無価値かも知れないことを。
例え価値があったとしても、ここにいる六名で賄える金額でないことは確かなのであり、結論から言うと結果は結局同じだったのだろう。
かくして一同は、一時湖周辺に向かった。
そして、自然と陣を構えていた。
「ところで、何で俺たち陣なんか組んでんだ?」
「さぁ~、成り行き?」
「こほん」
レオンが咳払いをして柔悟と望を鎮めて口を開いた。
「えーっと、これから二つの班に別れて役割を決めるぞ」
「役割?」
「ああ、湖で魚を釣る班と森の中で果物を調達する班の二班だ……で、その分担はこれで決める」
レオンは、ちり紙を6等分右手で握りしめて見せる。
「この中に長いのと短いの三つずつ入っている。くじ引き形式で取っていき、残ったのを僕がもらう、ここまで何か意見はないか?」
「くじ引きに関しては、異論はないわ。けど、レオン。肝心のテントはどうするつもりなのよ?」
レオンは、「はて?」と不思議そうに首を傾げる。
「以前に言ったと思うけど、野宿するからテントの準備をするのは必要ないはずだが……」
ふむと何かを忘れていたことに気付いたレオンを余所に「へっ!」と一時の驚嘆を春香が受けていた。
「の、野宿……しかもテントなし……あはは、はは――」
「しっかりして、春香さん」
「鈴菜先輩ぃ~!!」
デリカシーの欠片もないレオンの発言、如何にも冒険らしいこのシチュエーションは望ともちろん柔悟の心をくすぶらせていた。
一方で春香は、眠っているアティラに目線を送るが、彼女の出で立ちを思い出す。
アティラもまた異世界環境から来たということを――
故に今の時点で春香が頼れる人間が自分の頭を優しく撫でる鈴菜、唯一の人である。
レオンは、春香の言葉に何か引っかかり、思い出して発言した。
「そうだね、確かに春香の言う通りかもな。不可欠なモノがあるな」
「レオン、考え直してくれたのか!」
期待の眼差しでレオンを見つめる春香だったが、次の瞬間に希望の灯が消えさった。
「火起こしの担当がいない!」
「火、起こし~ぃ?!」
配慮が足りないと言えるレベルを逸脱したレオンの言葉。
彼にはもはや気配りという認識が存在しないと思い始めた春香だったが、レオンはニヤリと笑い、春香に呟く。
「安心しろ、テントの代わりに時空渡り内で眠ればいい、フトンとやらをいくつか積んでいる筈だ」
それを聞いた瞬間赤面した春香は威圧的な視線をレオンに向ける。
(年下にからかわれた!!屈辱ぅ~!!)
「レオンのバーカ!!」
「は~っ!!バッ……って、何を!!」
「まあまあ、二人共そこら辺にしておいて」
場を仲裁しようと鈴菜が割り込んだのだが――
「何だよ、鈴菜!!春香の肩を持つのかよ!!」
「そういう訳ではないんだけどね、困ったな~……じゃあ――」
逆効果だった模様で――
「レオン君、あの事みんなにばらしちゃうわよ」
「……な、何を言うつもりなんだ?!」
別の脅迫で静まり返ったレオンの耳元で鈴菜が何かを囁いた瞬間、貧血を起こしているかのように蒼白な表情を浮かべる。
「鈴菜……そ、それだけは……っ――」
目を泳がせながら鈴菜に縋りながら何かを言うのを止めるように懇願するレオンの姿は何ともシュールな光景なのだろうか。
((一体二人の間に何があったんだ?!))
「わかったわ、レオン君。言わないから、レオン君が何をするべきか、解ってるわね☆」
しくしくと春香に近づいていくレオンは、強張った目つきで睨み付ける。
「あれ、思っていた反応とは違うわね」
「す、すまなかった。意地悪な言い方をしてしまった……ご、ごめん……」
―こ、これは……――
強張って睨み付けるような目つきは、怒っているからではなく、必死で泣き顔を晒すのを我慢しているだけ。
その姿を真面に見せつけられた春香は、何か胸の奥で芽生える何かを確かに感じた。
春香は、そのまま鈴菜に近づき、耳元で囁きかける。
「さっき、レオンが必死に隠していたのって……まさか――」
「ふふふ、さ~ぁ、どうかな~ぁ」
はぐらかすようにクスリと微笑む鈴菜はレオンの所へ向かう。
――……――
「えーっと。じゃあ、くじ引き通りこの組み合わせになったが、異論する者は?――」
「ありません、隊長!!」
美しいフォームでレオンに敬礼する望。
森班には、柔悟、鈴菜と春香。
湖班には、望、レオン、そしてアティラと決定された。
望のくじ運に歓喜を隠せず口角が上がりきっていた。
「お前のその態度を見ると一層清々しく感じるぞ」
そんな阿保面晒す彼にレオンはため息交じりの呟きを口にしていた。
かくして、木の実採取班と魚釣り班に分かれた一同は、各々の役割に向けて出発した。




