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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
異世界転移編 ~熊さん、異世界体験譚~
69/70

~アティラ組側~ 第4話 異世界人

 66


「「わぁぁぁぁーー!!」」


 ワームホール内で上下左右に揺れる時空渡り。

 機内で暴れ回る望と春香、二人を必死に止めようとする柔悟、その光景を楽しそうにしている鈴菜、そして望と春香(あのふたり)が暴れる原因であるレオンは、機内のできるだけ隅に身体を寄せていた。


「何私達の遺伝子まで勝手に()ったの!?」

「百歩譲って、今回は仁の遺伝子は良かったけど、なんで俺らの遺伝子を取る必要がある?!」


 揉め事の原因、それは出発直前レオンが発した『仁同様に、お前達の遺伝子も採取してある』という一言である。

 それを聞いた全員が脳裏にある種の危機感を覚えた。

 痺れを切らした望と春香は、レオンに襲い掛かったということだ。


「一旦落ち着いてお前ら、時空渡りが自動で移動しているとはいえ、精密な調整が常に必要なんだ。だから暴れでもしてみろ、仁を救うどころか、二度とあの世界に帰ってこれないかも知れないんだぞ!」


 それを耳にした望と春香は、時間が静止したかのようにピタリと動きを止める。

 互いの顔を見合わせ、テレパシーでも持っているかのように二人はこくりと頷く。


「わかったわ、レオン君」

「お前の言う通り、ここ(・・)では大人しくしてやるよ」


 凍てつくような声で答えた二人だが、それさえ気付くことなく、安堵を覚えるレオン。


「「ここでは……ね」」


 席に戻る直前、望と春香の顔には悪魔のような笑みが浮かんだ。


 ■■■■


 時空間内は常に回転するような渦のように動くために上下左右の感覚を狂わす、故に窓の外を覗き込むことはできるだけ避けなければならない。


「望、大丈夫?」


 春香は顔を青ざめている望の背中を擦っていた。


「……うっ……」

「だから窓の外を見るなと言ったんだ」


 一向に体調が優れない(かれ)を呆れ顔でハンドルの手前左側の引き出しから一つの小包を取り出したレオンは、それを春香に投げ渡した。


「レオン、これは?」

「酔い止めの薬だ。気休め程度でしかならないと思うが、無いよりはマシだろ?――後、君達の右のスイッチを押してみな」


 弱々しく薬を受け取った望は、春香の座席の右側にある青いボタンをポチッと押す。

 すると駆動音と共に扉が開き、水の入ったペットボトルが現れた。


「用意周到だね、レオン君」

「ふん、まあ、少なくとも一人ぐらいは忠告を無視すると思ったからな、それがまさか望だったとは……全くもって予想通りで呆れる」

「……なんだ、と……うっ!!……」


 威圧的な眼で睨みつける望だが、目眩が思考を鈍らせ吐き気を誘う。


「レオン君、そんな言い方はないと思うよ」

「事実を言ったまでだ。僕は何も間違ったことは言っていない!」


 正論を提示するレオンの発言は正しい、しかし鈴菜と言葉を交わす様子は、子供の駄々ごと聞いているお姉さんのように一同には見えた。


「まあいい、兎に角じっとしていろよ。ここから更に加速する」


 手前のレバーを引き、身体が引き寄せる感覚に襲われる。


「……って、これじゃ身動き取れじゃないじゃないのよぉぉ!!」


 レオンの発言に逆らう余裕すらなく時空渡りの加速は凄まじく、身体と座席が一体になるような感覚を味わっていた。

 だがそれを感じるのも数秒間、すぐさま淡い光を浴び視界一杯白に支配された。

 まるでスタングレネードを投げられたかのように視覚と聴覚が奪われ、数秒間何も見えず聞こえなかった。

 ただ激しい振動と衝撃が全身を駆け巡り、気づけば時空渡りの駆動音が完全に停止していた。


「全員、大丈夫か?」


 まだ視界が治りきっていない一向に、望を始めとして全員の安否を確認した。


「ああ、なんとか」

「私も無事よ」


 柔悟も春香も望の呼び掛けに応じる。


「全員無事だよ」


 そんな中、レオンは全員の無事を伝える。


「凄いね、レオン君。見えてるの?」

「ワームホールでの移動は初めてじゃないからね。こうなることは分かっていた」

「ほ~、知っていたのに黙っていたなんてね~、レオン、()


 時空渡りが光に包まれる直前、レオンは目を瞑り衝撃に備えた。

 当然その事実を伝えなかったレオンに抗議が飛びかかるのは必然である、しかし――


「伝えようとしたさ、誰かさん達に迫らられなければその時間もたっぷりあったんだがな~」

「「……んっ……」」


 反論の意を唱えるレオンに反抗する者などいなかった。

 特にあの――説明の機をレオンに与えなかった――望と春香(元凶達)は、萎縮してこうべを垂れていた。


 ――かくして視界を回復した一同は、時空渡りを降り、初となる異世界に足を踏み入れた。


「……ここは?」


 一同は刮目する、今まで見たことがない大規模な湖、ビル以上に聳え立つ木々、ジャングルと錯覚させる動物達の鳴き声、そしてそこで感じ取れる澄んだ空気と暑くも寒くもない最適な気温。

 大自然を前に呆然と立ち尽くす一同、異世界に来たと否応なく実感させる。


「ここが……異世界?」

「……へ、へぇ~、マジかよ……」

「あっ、あああ!!」


 初めて異世界を目の当たりにした望と春香が騒然と言葉を失っている間、レオンは騒々しく狼狽えていた。


「どうしたんですか、レオン君?」

「探知機、仁を探す探知機が故障してしまった!」

「ちょっ、レオン君落ち着いて!」


 そんなレオンを気に掛ける鈴菜だったが、聞く耳を持たずレオンは動揺し続けた。


「そんなはずはない、機材が不充分ではあったが、この程度の衝撃でイカれる程ヤワに作った覚えがない。まさか、よもや僕が素材の耐久性を見誤ったとでも言うのか、この僕が!?……ボソボソ……」


 人一倍機械開発に自信があるレオン故に、今、一番必要としている探知機の故障が何よりのショックである。


「まあ、壊れたんじゃ仕方ない。でも、仁がここにいるのは間違いないんだろう?」


 ポンとレオンの肩に手を添える柔悟にレオンはやっと口を閉じ、ゆっくりと柔悟に視線を向ける。


「あ、ああ。それは間違いない。探知機が完全に壊れた訳ではない。正確に言えば、仁の居場所が正確に特定できないっと言うことだ」

「どういうこと」

「そうだな、見た方が理解しやすい」


 そういうと、レオンは探知端末を柔悟に渡した。

 そこにはこの世界の一部分を映し出していた。

 勿論、目に前の湖と周辺に森が映ってあったからそう判断したまでだが、探知機本来の意義である探知には対象物の現在地を示す役割なのだが――


「なんだ、これは?!」


 柔悟でさえわかりやすく、探知機の異変が明らかだった。


「見ての通り、探知機自体は機能している、だが仁の位置を示すはずの信号(シグナル)の範囲が本来の1000倍になっている」

「どういうこと?仁がこの世界にいるって情報だけで十分だろう」


 探知機の表示は確かに異常だが、何より仁がこの世界にいる事実がひとときの安堵を覚えた。

 だがレオンは柔悟の言うことにため息を吐きながら応える。


「つまり、仁がいる中心位置から半径を通常の1000倍になっている。この範囲だと仁を特定するのが難しいんだ!」

「ふ~ん、そんなもんなのか」


 レオンが説明しているのは、通常の信号ならターゲットが100メートルの距離を歩いたら、その距離の分だけ信号が移動する。

 しかし、仁が同じ距離を歩いても信号半径が大きすぎるため微動だに動くことはない。

 結果、仁のいる位置を特定するのが不可能に近い状態という状況である。


「じゃあ、これからどうするの?」

「兎に角、まずは――」

「宿!!宿を探そう!ちょうど向こうの方角に街があるし、ね!」


 ちょうど太陽が真上にあるから方角を知る頼りがないが、湖のところから右へ進む先に街らしき建築物が存在していた。


「それにしても、おかしくないか?」

「何がおかしいんだい、望」

「いや、気の所為かもしれないんだけど……街がこんなに近いのに静かし過ぎない?」


 歩いて10分も掛からない距離にあるにも関わらず、その街からは一切の音が存在しなかった。

 まるで(そこ)だけが音が切り取られたかのようだった。


「まるでなんかじゃない、街には魔術結界が張られている。あれは、音を外部に遮断する術式……」


 いつの間にかおかしなメガネを着けていたレオンが何やらファンタジーを語り出した。


「魔術って、よく漫画やラノベに出てくるあの?」

「ああ、お前が考えている魔術のことだ。まさかこの世界ではマナが観測できるとは……素晴らしい……」


 何やらレオンの科学者としての本能に触れ、目を輝かし興味の方向転換し始めていた。

 しかし奇異の目で睨み付けられたレオンは正気を取り戻し、今後の行動を発表する。


「じゃあ、取り敢えず街に向かい、情報収集を行う。異議は?!」

「「な~し!!」」


 こうして、仁を探す冒険が始まった一同だが、忘れていたことが一つ。


【そんな奴は知らないね】

「……?」


【すまないね、私には分からないわ】

「……?……?……」


 何故来た時に気付かなかったんだろう、と自問する。

 そして複数人に仁の写真を見せ聞き込みをした後、最初に声を上げたのは春香だった。


「もう、何を言っているのか解らないわよ!!」


 聞いたことのない言語を理解できる訳がない。

 そして、彼女の後ろに、くくくと笑う人影が立ち尽くす。

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