~アティラ組側~ 第3話 ワームホール
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いよいよ、出発の日が訪れた。
学校には、約十日間の公欠届を現星ノ宮学園学園長であり仁の母親である明日香に渡された。
明日香も事情を知り、仁を大事に思う友達がいることを心から喜んでいた。
ともあれ、各自の支度が完了し、例の場所に一同は集まった。
徹夜でぎりぎり機体を完成させたレオンは、ぐっすりと眠りに落ちていた。
「かわいい寝顔♪」
「んん~ん」
鈴奈は、茶化すようにレオンの頬に人差し指でつんつんと突く。
もじもじと鬱陶しそうにだが目は閉じたまま、レオンは寝返りを打つ。
「おっ!鈴菜せんぱ~い。もう来てたんですね~」
「あら、望くん。早いね~」
ふふと微笑む鈴奈に心を鷲掴みにされそうになる望は、顔に出ないよう精一杯に表情を強張せる。
「あはは、望君変な顔になってる!」
「そ、そんなこと……ない!」
「おっ!望に三日月先輩、おはよう!」
二人の間に横槍を入れたのは柔悟だった。
「おう、柔悟。お前も来たか」
「なんたって異世界旅行だからな!寝過ごす訳ないじゃん!!」
「旅行って、お前な~……」
ニシシと笑う柔悟に呆れ顔でいる望を余所に、鈴菜は構わずレオンにちょんちょんと頬を突き続ける。
「ん~ん、鈴菜……どうした、皆着たのか?」
「あら、レオン君。そうだね、後はアティラちゃんと春香ちゃんだけだよ」
「そうか。なら来るまで僕はもう一眠りする」
「じゃあ、来たら起こして上げるよ」
「うん、ありがとう……それと」
「ん?」
「次、顔を突いたら……」
あまり見れないレオンの満面な笑みを浮かばせ。
「スースー……」
何も言わずに再び眠りに落ちた。
「何だか怖い予感がするね、何をしてくるのかしらこの子は、ふふふ」
怖いと言いながらも、確実に何かを企んでいる顔の鈴菜は、満面な笑みで手を手招きの形をしながら望を見る。
同時にその頃、春香とアティラが合流場所、時空渡りがある路地裏へ到着していた。
「やっほー、着いたよー!」
「皆さんお揃いで」
そこには先日落ち込んでいたアティラの表情はすっかりと元気に彩られていた。
(良かった、アティラちゃんすっかり元気になって)
昨晩アティラを見送りに行ったその日、帰り際に望はアティラのことを気にして晩を過ごした。
誰からどう見ても、アティラが仁に寄せる思いは何か特別なものでそれが離れる寂しさはおそらくアティラ自身もそう何度も経験したことがないと一同は思った。
訳も分からずこの世界に迷い込んでしまったアティラを偶然通りかかった仁が助けたと聞いた望は、最初に人を生き物と呼んだ彼女を見てふと思った。
――アティラちゃんの元いた世界って……人間がいなかったというのか?!
今まで抱えていた望の疑念、しかしさも当たり前のように人と接するアティラを見てきて脳裏の奥底にその疑念は姿を消した。
しかし、アティラの悲痛な表情を見たその時から――再びその疑念が顔を出す。
「よ、お二人さん。珍しいね一緒にいるなんて」
望の悩みを余所に、呑気にアティラと春香に話しかける柔悟。
「そうかしら?」
「いろいろありまして……」
知る由もない二人の事情に柔悟は首を傾げるが、これ以上追求することはなかった。
「そっか」
ただ一言、それ以上言うことなく頷く。
一方で悩みを抱えていた望は鈴菜の手招きに気付き、力いっぱいに表情を整え何もなかったような振る舞いで近寄った。
「どうしたんデースーカー」
望が話し終わるまでの刹那、鈴菜は望の右手を握りしめてレオンの頬目掛けて引っ張る。
「がはっ!?」
顔面パンチを喰らったレオンは奇声を上げて目を覚ます。
咄嗟に鈴菜の仕業だと思い、鬼の形相の如く睨みながら振り向くと正面には望の姿があった。
「んふふ」
「へへ」
睨みつけてから一転にこやかに笑みを浮かべるレオン。
それに応えるように、苦笑いする望。
レオンは何やら手にしている端末を弄りながら、同時に時空渡りから機械音が鳴り響いた。
「えっとー、レオン……君……?一体何をしているのかな?」
「……」
「ちょっと、レオン君!無言が怖い!怖いって!!」
無言のまま笑顔を振る舞い、瞬間ズーッという音と望のすぐ側に閃光が通り掛かった。
焦げ臭い匂いに連られて視線を移動した望は、地面に円形に象った黒い跡を目にする。
「……レ、レオン君、今のって……?」
「機材が余ったから、時空渡りに防衛器具を追加したんだ。いや~、思いがけないところで試せてなによりだよ、。試運転の協力、ありがとう」
端末をチラつかせながら、レオンは満足な笑顔で自分で作った防衛兵器に十分納得していた。
青ざめたまま真面目な表情で望はレオンに尋ねる。
「そりゃどうも――で、その時空渡り?ってのはちゃんと使えるの?」
「ふん、誰に物を言っているんだ。使えるに決まっているだろう」
二度端末を弄り、時空渡りの頭と見える先端部分が二つに割れて中から直径十センチの銃口を覗かせる。
「ここから発射されるレーザーには強力な磁場を発生させる機能がある。磁気の力を利用して強制的にワームホールを作り、機内にある制御装置で座標を入力する――」
レオンは、更に別の端末を取り出して、全員に見せる。
端末の右上の画面に【WP18476】が表記されていた。
そして、中央には丸い朱色の点が点滅していた。
「以前、仁から採取した彼の遺伝子を使い座標を特定したものだ。飛ばされた世界はかなり遠いが、まあ、現在の時空渡りの出力なら問題ないだろう……しかし――」
少し考え込んだレオンはため息一つ吐き、淡々と無表情で呟いた。
「――そうだな、はっきり言って、帰れるエネルギーは、ない!」
「「……」」
沈黙、そう沈黙が広がる。
言葉を失って、一同は一種の放心状態に陥ていた。
「……帰れないって……どういう、ことなの?」
「いや、その前に気になることを言ってなかったっけ?」
「ん?――ああ、強力な磁力を保有する鉱石、ゲテルマリンを使用しているんだ。これも動力源としても使っている為に消費量はかなりのものでな――残念ながらこの世界には同じ鉱石はなかったが、幸い、仁が送り込まれた世界にはゲテルマリンと似た反応が確認できた」
「それじゃあ、帰れない問題は解決ってこと?」
重大な事実を述べたレオンに反応した春香、横から突っ込む望、しかしレオンは春香の問いにのみ答える。
「ねぇ、無視なの、ねぇってば」
一向に無視を貫かれる望を余所にレオンは顔をしかめながら答える。
「勿論、ゲテルマリンを採取できれば問題ないが、未知の世界だ。どんな危険が潜んでいるのか解らない今、最悪の事態を想定しなければならない」
「最悪の事態……」
一同は息を呑む。
仁の救出作戦が決定していた時に、まるで漫画や映画のような現実離れした経験ができると心を踊らせていた。
だが、別の世界にあるかもしれない危険を考えた瞬間に身体が凍えるような戦慄が走ったのを確かに感じた。
唐突に襲ってきた恐怖を払うかのように深呼吸をする春香。
彼女を追うように柔悟や望が同じ行動を取る。
そして、ふわふわしていた空気が一瞬にして重みを増した。
「遊びは、ここまでね。レオン、出発の準備まで後どのぐらいなの?」
「今すぐにでも出発は可能だ――しかしその前に……」
即答したレオンは、最後に鈴菜に近づいた。
「鈴菜……お前はここに残ってくれ」
「……」
不穏な雰囲気を漂わせ、鈴菜は少し悲しい笑みで尋ねる。
「どうして、そんなこと言うの?私のこと、信用できな、い……?」
「言いたいことはわかる。僕がお前に対して身勝手な頼みだっていうことも……だけど、お前を危険に晒したくないのは本音だ……僕を助けてくれた恩もある、もしお前に何があったら……だから!!――」
上手く言葉で表せないレオンは話しながら言い訳を模索する。
恩人である彼女に危険な真似させられない、その一心で……
「どうしても、ダメかな?」
「ああ、ダメだ……」
悔いるように、顔を俯かせ、拳を強く握りしめるレオン。
その直後、レオンは自分の肩にバサッと暖かい重みが感じる。
「君もその危険な場所に行くんだよ……不安を抱えたまま君を待つのは、私、嫌だよ」
「鈴菜……」
耳元で囁くように弱音を吐く鈴菜。
その声がレオンの胸に突き刺さる。
「断っても、行くつもりなんだな」
鈴菜はこくりと頷く。
「はぁ~、わかったよ。僕の負けだ、好きにしろ!――」
「レオン君!」
「――だけど、僕の傍から離れないこと、後――この石を常に持っていること」
レオンは白衣のポケットから小さなビー玉のような青い石を取り出して、鈴菜に渡した。
「わかった、約束するよ♪レオン君の傍を離れない、そして、この石を肌身離さず持ち歩くこと――で
いいんだよね♪」
「あ、ああ、そうだ――こほん!それじゃあ、皆。出発すっ……ってなんだよ皆して気持ち悪い顔して……」
面と向かって動向を許可された鈴菜はとびっきりの笑顔でレオンに約束を交わす。
彼女の笑顔に度々弱くなっていることを気づき始めているレオンは赤面してからすぐさまに咳払いして、振り向くと、春香と柔悟はニヤけた表情を向けていた。
「いや、別に何も……」
「なるほど、そういうことか……」
唯一望だけが、何気に悔しそうな表情を見せて……
アティラに関しては、すでに時空渡りに乗り込んで『早く出発するのです!』と訴えるように口を開閉している姿が目に映った。
「お前らな~、いい加減にしろよ~」
「早く行きましょう、レオン君!」
鈴菜はレオンの手を引っ張り、時空渡りへ乗り込んだ。
「鈴菜せんぱ~い!!」
仁と似た被害を受けつつある望である。
■■■■
時空渡りに乗り込んだ一同は、各々席に座った。
「しっかり掴まってろ!衝撃が来るぞ!」
時空渡りで作り出したワームホールに入り込んでから数秒後のこと、ホール内に存在する磁気嵐に時空渡りがぶつかり激しく揺さぶられる。
「「キャーー!!」」
「「うわーー!!」」
左右上下から来る振動波。
機体には大きく損傷はないもののギシギシと軋む音が気になるレオン以外の一同。
「これ、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない」
「もしかして、私達の世界に来る時もこんな感じだったのかしら?」
「そうだけど」
――そんな、さらっと。
激しく揺り続ける機内に、何事もないようにレオンはふと思い返したことをさらっと口にする。
「そういえば、望。仁だけでなく全員分の遺伝情報を持っているぞ」
「「はっ!!」」
それには全員が反応したと同時に眩い閃光が照らし出され、視界を真っ白に染め上げた。




