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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
異世界転移編 ~熊さん、異世界体験譚~
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~熊野仁側~ 第2話 帰れる方法

 56


()くなる上は、この方法を試すしか……」


 鋭い寒気が背中に突き刺さる。

 喉が渇き、額から冷や汗が流れ落ちる。

 全身の水分が欠けていくのがはっきりと感じた。

 足も小刻みに前へ進み、だが徐々に進む歩が縮み、やがて完全に停止する。


「よし、俺はやってみせるぞ!」


 緊張を(ほぐ)す為か、前向きな言葉とは裏腹に震え続ける身体。

 仁は、視線を下に向け蒼い湖が黒い瞳に映り込む。


「やるぞ~、やってやるぞ~」


 言い聞かせるように、何度も何度も己に激励を送り、今行おうとしている事を促していた。


 一歩ずつ確実に進行しているその行動に崖の山麓から観察していた人影が飛び出し、叫んだ。


「やめろーー、お前ェ!!」

「!!」


 突然の奇声に仁の足は止まった。

 崖から湖まで十数メートルもある高さからの飛び込み。

 何、自殺っていう訳ではない。

 どこか噂で聞いた事はないだろうか?

 高い所からの飛び込みによる異世界転移という都市伝説。

 まあ、ともあれそれをしようとしていたところ、真下にある林の方から人影が騒がしく飛び出た。

 濡羽色の髪を激しく靡かせ、住んだ朱色の瞳の奥には燃え滾るような怒りの感情が帯びているのを高いところにいながらも仁は感じ取った。


 一歩でも進めば死に直結する事故だというのに、一体何を考えていたのか。

 早く元の世界に戻りたい、そう一心不乱になって自虐的に考えていたのかもしれない。

 何にせよ、あそこに立つ少女に助けられたのは間違いなく事実である。


 ……―――……

 ……―――――……ん?……――

 ……――あれ?待てよ……――……


 何かがおかしい。

 猛烈な違和感を覚えながら、仁は、己の中に引っ掛かるものを必死に探り当てようとしている。

 けれど、それが何なのかが今一つとして理解までは至っていない。

 そして、そう熟考を重ねている間にも下からまた少女の声が飛び込んできた。


「待ってろよ!絶対なのだぞ!」


「!!」


 聞こえた。

 それもちゃんと理解した上で鮮明に明らかに確実に、少女の声が届いた。

 解かる筈がない言語(ことば)を耳に、ただただ愕然とした表情(かお)で時間が停止したのか身動きできない。

 それが、理解者を得た感動から来るものなのか、或いは己と同じ状況に陥った者を発見した驚愕なのかわからない。

 だけどはっきりとした事が一つ――


 ――俺は、一人じゃないんだ!


 一人じゃない、と思うだけで、ここまでの安心感を得るられるものなのか、と。

 この際、少女が何であれ、言葉を交わせるのならばそれは大きな進展である。


 ぜぇぜぇ、と息を切らした濡羽色の髪の少女は、手を膝に乗せ休息を取っていた。


「……ぜぇぜぇ……お、前……偉い、ぞ……ちゃんと、待って、くれた、のな……」


 今にも心臓発作でも起こしそうな様子を見て、仁は今一度冷静に思考した。

 さっきまで何をしようとしていたのか、とか。

 仁は座り込んで少女の方へ向き直り、すぐさま確かめるべく尋ねる。


「俺の言葉解かるのか?」

「……へっ?……解かるに、決まっている、だろ……何を、言って、るんだ……」


 まだ息が上がっているのか少女が発する言葉が所々切れていた。


「そっか――ありがとう……」


 安堵からの、ぽつりと感謝の言葉が零れる。


「何だよ、兄ちゃん。感謝なんかして、気持ち悪ッ!」


 感謝をしてからの罵倒。

 グサッ。


「これは、想像以上に――」


 傷心した仁の周りには明らかに落ち込みオーラが黒い靄として現れていた。

 その傍らで見る少女の心情は如何なものかと……


「それで、お前は何者だ?」


 本題に戻るべくそう尋ねる仁に対して『そうだった』と一言言って、こほんっと咳払いした少女は、改まって仁王立ちで宛ら王者の如きオーラを吐き出しながら堂々と名乗り――


「私は、リリオーネ。この森を支配する女王だ!!」


 ――事実、王であった事を仁は知る。


「はへっ?!」


 驚愕の表情を隠しもせず、いや、隠す余裕もなかったのであろう。

 仁は、不意に……


「ぷっ、ははは、面白い事を言うガキだな、おい。森の王だと、そんなに小さいのにか」


 仁の発言は兎も角、確かに少女のふらっとした濃い緑色のワンピースにも似た服装のシンプルなデザインからして、王様として風格はまず見受けられない。

 だが、瞬時に、数十メートルもある崖を容易く駆け上り、短剣にも似た鋭い鉤爪を持った屈強な戦士の服装を着た(ひょう)が仁の喉元に突き立てる。


「貴様、よくも女王の御前に無礼な発言を弄せるな!」

「ひっ!!」


 錆び付いた声色で脅迫染みた言葉を仁の耳元で囁く豹の戦士。


「止めい、オールドダスト!」


 少女の――リリオーネの言葉一つで豹の戦士はその手を引き、仁から一歩引いた。


「これは、失礼致しました、アスタルフィールド様」


 戦士は、神を崇め奉るように跪きその場で静止した。


「えっ!!マジな話なのか……ですか?」


 怖気づいたのか、仁は言葉遣いを微妙に変えながら恐る恐る尋ねる。


「ふふふ、恐れ戦きたまえ。我が名は、リリオーネ=アスタルフィールド女王――」


 清々しいリリオーネの姿に、錯覚なのか、仁は(ひるがえ)る紅いマントを目にした。


「この広大な森は我が領域、ここに住まう全ての生き物は、我が友であり同胞だ。お前、私の領域で自殺しようとは、とんだ迷惑この上ない!!」


 いつしか説教へと変わった口調で女王は、宣言する。


「そこでだ。お前には、我の元へ来い!」


 どこでそんな事になったのかと思う仁を余所に、リリオーネは続けて言った。


「一度諦めたお前の命、私の為に尽くすが良い!!」


 むちゃくちゃな言い様、勘違いにも程があるように、彼女の無茶な発言が森を、いやこの世界の大気をも軋んだかの如く錯覚させた。

 だが、傍らにいた豹戦士の表情には曇り掛かっていた。


(人生を諦めた訳ではないがな……)


 苦笑混じりで顔を引き摺らせる仁。

 だが、今更に否定できない。

 何故なら、後ろに控えている豹の戦士が仁の応えに対して剣の柄に手を置きながら待っているからである。


「断れない提案だな、こりゃ……」

「おっ。よう解かってるじゃないか、兄ちゃん♪」


 機嫌良さげな笑みを浮かべるリリオーネ、しかし――


「――だが、断る!!」

 ――断言する、何の躊躇もなく、そう告げる仁。

「貴様!!」


 予期せぬ、いや、仁の愚かな回答に対して、手を翳していた剣の柄から遂に引き抜き、仁の首に突きつける。


「止さんか、オールドダスト!」


 だが、反面。

 女王の顔つきは何一つ変わる事なく笑みを浮かべ続けていた。


「くくく、はははは……気に入ったぞ、兄ちゃん。いいだろう、お前の言い分も聞いてやろう。だって、兄ちゃん――この世界の住人ではないみたいだからな」


 ゾクリと背中に這い登る寒気に仁は、リリオーネ=アスタルフィールド女王の不適な笑みに恐怖を覚えた。

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