~熊野仁側~ 第1話 異世界訪問
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――あれ?……俺は、一体どうなったっけ?……
困惑と混乱が頭を占領し、思考が上手く回らない。
仁は、既に別空間にいた。
周りには、青と白と黒の渦で巡回しているトンネルのような空間が延々と続いている。
そこで、上下左右前後の感覚がまるでなく、更に脳への負担が掛かる。
バランスを失う。
踏み場所があるからこそ、周りの景色を正しく認識できるからこそバランスが保たれる。
耳石が果たしている役目を、今は正常に行えていないから、想像できるだろうが、現在、仁はただいま、最高位の吐き気と気持ち悪さに見舞われていた。
「うぇ~、何これ!?俺、どうなったんだ?!」
時間を遡っても、五分もない。
突如現れた光の門に吸い込まれ、今に至る。
原因はまるで解からない。
アティラがチビッ子現象から解放されてすぐ、背後から門が現れ、無数の見えぬ手が身体に巻き付き取り込まれた。
奇怪な現象に出くわした仁は、混乱と頭痛する頭を必死に堪え、いつか終わるのかも解からない空間をただただ流れるように待った。
トンネルの奥から光が点滅し、早い速度で空間中に広がった。
「今度はなんだ?!」
閃光に襲われ、視界を真っ白に染まり、懐かしい感覚が蘇る。
足裏から感じられる確かな重み。
仁は、これ程地面に足をつけるのがこんなにも心地いいと初めて思った。
全体重を乗せて、猛ダッシュする。
そのとてつもない快走に今更思い出す。
しかし、その一方で草や雑草、硬い地面を蹴り、実感する。
自分が今何処にいて、何が起きたのか、と。
眼を見開くと、やはりそこは、別の場所、あるいは、別の世界だった。
日本を出た事がない仁が別の世界だと理解できたのは、根本的に違うと確信を持っていたからである。
町は発達しているとはいえ、見慣れた筈のコンクリートの地面が何処にも存在していない。
何より、行き交う町の人々の服装が決定打となっている。
女性の艶やか且つゴージャスで派手な装飾を身につけ、オレンジや黄色、赤のドレスを主体に着飾っている。
男性はスーツにもにた何とも貴族らしい服装を着ているのだろう。
ほかーんと口を大きく開き、時代の違いに戸惑う。
そして、ぽつーんと立っているブラックブルーのTシャツとジーパンの少年を嫌悪の視線を向ける。
何故そんなみっともない格好しているのかという思考なのだろう。
だが、それは時代によって構築された思想、観点。
全く恥ずべき事ではない。
「これが、アティラが言っていた光の門だとすれば、俺は異世界に飛ばされたのか、それとも――」
仁は、これ以上の事は言わなかった。
予測は予測に過ぎず、何の保証も存在しない。
仁は至って冷静に思考し、心を落ち着かせていた。
だが現状、元の世界に帰れる手段は現段階で不明である。
「ふむ、一体どうしたもんかね」
これからどうすればいいのか、どう行動を起こせば良いのかを考え、周りの冷徹な視線を浴びながら、熟考し続ける。
道歩く人々からぼそぼそと不穏そうな声が響き、幸い――と考えた方がいいのかは判らないが――言葉自体は解からない。
「はぁ~、でも言葉が理解できないパターン、か……一番悲惨なパターンじゃん」
悲痛にくれる中、仁は、どこか人気のない場所まで身を移し蹲せていた。
そして、脳裏に過ぎったのは、アティラと最初に会った時の事だった。
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いつもの日常、いつもの道を歩いていた人は、一際騒がしい大衆のいる方向へ身を翻した。
その騒ぎの中心にいるのは唖然と座り扱けている全裸の美少女だった。
だが、誰一人として彼女を庇う者はいないどころか、面白可笑しく雑談している若者や嫌悪の視線を向けながら座り込んでいる美少女に非難する言葉を投げ掛ける小母さん達。
仁は胸の奥から込み上げる怒りを抑えながら、周りにいる有象無象に成り下がらないように行動を起こした。
勿論、仁の取った行動は純粋なる正義ではない。
全ては、己の中の鬱憤を晴らす為に過ぎなかった。
誇るべき行いとは言い切れないが、何もしない方よりましと思ったまで――
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まさか、その行いがここまで繋がるとは思いもしなかっただろう。
だが、自分が取った行動で後悔した事は一度もない。
そう思う仁は顔を上げ、照らされる陽光に向けて歩み始めた。




