第37話 新章突入の予感
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迷路公園にて、仁が逃走し、アティラ、レオン、そして鈴菜が取り残された。
「行っちゃったな」
「行っちゃいましたね」
レオンは、頭に腕を組んで半目で仁が逃げて行った方向へと視線を送っていた。
鈴菜に関しては、何かした特別な表情を浮かべる事無く、強いて言えば口を丸くして、それを右手で隠す仕草をしている。
「多分……」
アティラは口を紡ぐ。
「熊さんの場所、知っているかも……二人共、着いて来て」
導くままに、アティラは、レオンと鈴菜の各手を握り公園から出た。
■■■■
【川原豆腐店】
その看板を見て、レオンは言葉を失う。
何故なら、【川原豆腐店】に描かれていたのは、ラーメンの皿から美味しそうに伸びる麺だったからだ。
「豆腐店なのに、ラーメンって……」
レオンは引き摺った表情で、『この店本当に大丈夫か?』などと心配したくなるような要素をたっぷりと含んでいた。
「けど、川原ってどっかで聞いた事のあるような――」
そして、すぐさま【川原】という単語にすぐさま反応する。
「お邪魔しま~す」
だが、考える暇も与えず、アティラは店の戸を開ける。
「いらっしゃい……ってお前かレオン――そして、おお~♪鈴菜先輩まで~♪」
「何だこの扱いの差は……」
出迎えてくれたのは、冬休みの間店を任された望である。
「ここって、川原君の店だったのね」
「そうなんです~、先輩ぃ~。ささ、ここに座ってください。奢りますよ♪――レオン、お前はちゃんと払えよ」
「……はぁ~、何で僕がここで食べる前提になっているんだ……って、あっ!」
川原とのやり取りで注意がそれていたが、ここに来た本当の目的を見失っていた。
何故、アティラがここに案内してくれた、その理由を。
数瞬後に明らかになった。
「――ッ!!」
そこにラーメンを平らげる仁の姿があった。
最後に見た時と比べて、随分と慌てた様子を見せる。
「「……」」
失望の表情を浮かべるレオンと鈴菜。
『心配して損した』という言葉がここまでピッタリと当て嵌まるなんて思ってもいなかっただろう。
「お前ら、どうして……!?」
「ん?その子は、誰だ?どっかで見た事あるような、ないような……」
漸く事が収まり、望は最初に店の戸を開けた小さき少女に注意を向け誰かと尋ねる。
「私です。アティラです!」
「いやいやいや、確かに似ているけど……流石に――な、そうだろ、お前ら」
信じられない事を突きつけられ、急にその事実を受け止める事は到底できない。
「「「……」」」
「おい……嘘、だろ」
信じ難い現実を突きつけられる。
「なるほどね、それが理由でここのただ飯食い野郎がいる訳、か」
一時間前、唐突に望の店現れた仁は、こう言った。
「飯を……食わせて、望」
そして、そのまま倒れ込んだ。
迷惑極まりないが、店に放り出すのも居た堪れない為、仕方なくラーメンを奢っているのである。
そして、既に三杯目を平らげ中。
「はぁ~、それで、今度は何があったんだ?」
「……」
「どうせ、またしょうもない事だろけど、まあ、話せる時に話してくれればいいから」
「望……」
「あっ!でも、それ付けだからな、ちゃんと後で払えよ」
「望~(くそ~鬼め~!)」
一瞬優しく見えた望を仁は、まるで光で包んだ天使に見えた。
しかし、先の言葉で一転して、悪魔の如き笑みを浮かべる。
――そう、仁は捉える。
「しっかし、信じられないな。ここにいるお子様があのアティラだなんて」
醤油ラーメンのチャーシューを平らげるアティラを見ながら望は呟く。
「だが、これが事実だ」
理由も何も判らない状況の中、望は考え込む。
「そういやさ、アティラちゃんが、その『ちびっ子現象』つーったっけ、それが起きたのって、学園で行ったクリスマスイベントの時だよな。そこに何があったのか考えた方がよくない?」
店内の客が食べる音しか聞こえる。
「あれ?俺、何か変な事でも言ったか?」
「いや、望……お前」
「案外頭が回るじゃないか」
仁が始め、レオンが終わらせた言葉。
しかし、そこで全員の思考が一致していた。
「そんな言い方酷くない!?」
望への暴言を余所にアティラは、幸せそうにラーメンを食べる。
「でも、そうだね……あのイベントの翌日に現象が起きたとしたら、充分に考えられる可能性だね、アティラちゃん何か思い当たる節はない?」
絞り切れた可能性、アティラにその時の行動を鈴菜が尋ねる。
「ん~、あまりないですね……あの時はただ楽しくて、あっ、でもあの時の料理はまずかったですね~」
あの時、料理と言えば、それはイベント最後。
明日香が用意させたプレゼントとその罰ゲームにもにたおぞましい仁の料理。
「あ、あ、あ、あ、アティラさん、いつあの殺人料理を食べたんだ?!」
「えっ、ん~ん、確か、明日香さんが熊さんと話していた時ですよ」
「それで、アティラちゃん。君はどうもなかったの?!」
信じられないという眼で凝視する望。
経験しているからこそ解かる。
あんなおぞましいしか言葉が出ないものを、この世とは思えない料理を望は知らない。
だが、アティラは首を傾げながら告げる。
「味はあまりだったのですけど、別にそれ以外に文句を付ける所はありませんでしたよ」
何て事だ!!
あの340人をも病院送りにした惨劇の料理を生き残った唯一の人。
いや、もはや、人としてカウントしてもいいのだろうか、とさえ思えてくる。
だが、もしそれが本当なのであらば、可能性は充分にあり得る。
「普通の材料をダークマターが如く変化させる仁の料理の腕……可能性は充分にあるな」
「どういう事なの、レオン君?」
ふ、と横で尋ねる鈴菜。
「この世界の人間には、病院送りにする仁の料理なのだが、アティラにはまた別の効果を及ぼしたと推測できる」
はっきりとした原因を言わず、レオンが発言する。
だが、ここでもう一つの疑問が生じる。
「でも、レオン君も病院送りにされたのだろ。それなら、たまたまアティラの身体が丈夫なだけなんじゃ……」
これは、レオン自身の発言が矛盾している点に触れる。
「確かに、アティラが育った環境を考慮すればそれもそうだろう。だが、それだったとしても、どうやって身体の収縮に繋がる?!何か科学的な反応を示さない限り、ここに出る全ての提案は、無駄になる!!」
これもまた然り、いい点を突いている。
考え込む間にもアティラは、ラーメンを全て平らげ、手を合わせ、叫ぶ。
「ご馳走様でした!!」
するよ――
突然、アティラの身体に金色に輝き、見る見ると身体が元の姿に戻る。
服もそれに合わせて、大きくなり、サイズピッタリとなった。
「何が起きて?!」
困惑しない者などいない。
店の客でさえ、何事だと恐れる。
「わ~、元に戻った、へへ」
大いに喜ぶべき状況の筈なのに唯一喜を表しているのはアティラのみ。
「熊さん!!私元に戻りました。これで、野宿はしなくていいですね♪」
「あ、ああ――そうですね、アティラさん。本当に良かったですね、元に戻って」
仁は、まずにアティラの姿が元に戻った事を喜ぶ。
今の時点で自分自身の事は考えている余裕はなかったからだ。
しかし、何か違和感を覚える。
アティラの現象と何か関係しているかどうかは解からないが、そんな予感を仁が察知する。
「仁、後ろ!!」
「えっ?」
突如現れた、人一人くらいのサイズの光の門。
それが、仁の後ろに現れ、見えない手に掴まれた感触をした瞬間に、その光の門に吸い込められた。
「くま、さん?」
アティラは、呆然と状況を理解できない様子で空席になってしまった椅子を凝視する。




