第34話 迷える者に光あれ
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町の『迷路公園』と書かれた公園のベンチにアティラと仁は座っていた。
仁は、頭を抱えながら己の浅はかさを悔いていた。
一方でアティラは、自身の身長でベンチに座っていながらも足が地についていなかった事に少しばかりショックを受けていた。
「ここって迷路公園何だよね……ピッタリだよ、今の俺には……」
小声でぶつぶつと自分だけが聞こえる音量で囁く仁。
突然、アティラが身体を伸ばす仕草で両手を目一杯天に向けて伸ばす。
「やっぱり、慣れないですね、この身体も――昔、こんな身体だったのに、ね」
にっこりと仁に笑顔を向ける。
昔の身体、若返るとほぼ同義語の状態だが、どんな感じなんだろう?
急激に身体が縮み、それを完璧に操るために、どのぐらいの時間が必要なのだろう?
前代未聞のこの問題にどう手伝えられるか、どう言葉を掛けたらいいのか、全く持って情けない気持ちになってしまう仁。
しかし、アティラが言う昔とは仁が知りもしない、十二支が十何回も巡った時が既に過ぎていた。
この公園に着くまで、仁に手を引っ張られてきたから転ぶ事なく歩き抜いた。
足を一歩一歩精確に刻みながら歩き、その身体の感覚を掴み始める。
ぶらつく足捌きで、でも確実に慣れて来ているアティラの歩きで半回転し、仁に視線を向ける。
「熊さん、そんなに落ち込まないでください。レオンさんの住んでいる家が判らない以上、また日を改めた方がいいです」
仁の失態、それは――滑稽にもレオンの居場所に全く持って判らなかった事にある。
何せ日常会話でいきなり『お前、何処に住んでいるの?』何て、友達になってからしばらく経ってからである。
まだ出会ってから日が浅いレオンとの友情関係ではこれといった話はまずしないのだ。
まあ、はっきり言って、友情関係を築いたかどうかは若干微妙なのだが――彼がアティラと同じ異世界から来たという突発的で信じ難い真実に関しては、今となっては仁とレオンとの関係は、必然的な出会いだったのかもしれない。
「おい、誤解を生むような発言はやめろ!!」
「熊さん、誰に向かって喋っているのですか?」
……こほん――改めて、仁は天を仰ぎ叫んだ。
特定の誰かに対して、文句を言い放ち、アティラは不思議そうに彼を見る。
だが、これで確定した仁の一日目の野宿。
レオンの居場所が判らない以上、また学校で会わなければならないが、残念ながら冬休みになったばかり――登校日まで少なくとも二週間は待たなければならない。
要するに、二週間も野宿をしなければならない今、彼が陥っている状況だ。
「駄目ですよ、アティラさん。日を改めても、二週間も野宿をするのは、流石の俺でもかなりキツイです」
駄々を捏ねるように、アティラの提案をばっさりと切り捨てる仁。
希望はないのだろうか?望みはないのだろうか?奇跡は起こらんのだろうか?
縋る思いで、仁は天に祈る。
自分を救い出す奇跡を、野宿から逃れる術を、ただただ祈るのみ。
理不尽も不条理も不運も不幸を全て纏ったその人生に一滴でもいいから、一筋の希望の光は残っていないのだろうかと必死で念じる。
暗闇に覆われたその思考に一筋の光が照らされるのを信じて――
「仁、何してるんだこんな所で……それにこの子は……?」
天に声が届く。
その瞬間を仁は今、目の当たりにしていた。
「えっ?!レオン、どうして、ここに!?」
目の前に立つのは探していた相手、レオン。
「あれ、どうしたのレオン君、急に公園に向かうなんて……」
そして、彼の後ろから現れたのは、首元までに伸びた茶色の髪を持つ学園の一つ上の先輩、三日月鈴菜。
何故この二人が一緒にいるのかは、一先ず於いて置くとしよう。
丁度いいタイミングで現れてくれたレオンに感謝の意を示し、仁はこれで一日も野宿する事なく、アティラがこんな状態になった原因が解かるかもしれない。
だが、取り合えず、レオンには、今の状況を理解させる必要がある。
■■■■
「えええ~~!!」
悲鳴と共に一休みを取っていた小鳥達が一斉に翼を広げて、公園の中央に立つ一本の木から飛び立つ。
「えっ!?つ、つまり、ここにいる子供が、ア、アティラさんですか!?」
口を開きっ放しの状態でレオンは、脳内事務所が大パニックに陥っていた。
状況を整理できず、唖然としながら目を二、三回程擦り付けながら、何回か瞬きをする。
流石の天才でも仁が命名した『チビッ子現象』に関して、その原理は全くの未知数。
そもそも、身体が縮む何て事実、目の前にしても尚信じ難いものだ。
「えへへへ、こんにちは、レオン君」
己の状況をちゃんと理解していないかのようにアティラは、相変わらずの満面の笑みを浮かべる。
事の重大さをちゃんと認識すべき所に収まらず、平然としている様子を見せるアティラは、言葉で表現するならば『肝が据わっている』。
(つーか、アティラさん、肝が据わり過ぎです!!)
だが、仁もそんなアティラの性格は理解していた。
自分の事に対して平然な彼女でも、他人に同じ状況に陥っていたら、誰よりも――なっている本人ですら――心配し、回復の目処が付くまで尽力を尽くす人だと。
「それで、レオン。お前の知識を借りたい……アティラさんの状態を治す手立てはあるのか?」
仁もまた無理難題をレオンに吹っかける。
だが、レオンの頭脳ならば、と期待を勝手に抱いてしまう。
彼なら、と。
しかし――
「残念だけど、僕は発明家、もしくは、技術者だ。知識は有っても医者ではないから、正しい治療とかできない……だが――」
少し間を取って、続ける。
「結論から言う――アティラのこの状態は、一種の風邪だ」
「「「……」」」
カーカー
その場にいる全員が沈黙し、天高く舞う鴉の群れが静寂に音の雨を落とす。




