第33話 そして、その人の名は――
49
仁は、アティラに起こった、命名して『チビッ子現象』を何とかしてくれるかもしれないと、心当たりのある人を訪ねようとしていた。
しかし、その前にアティラの状態を話さなければならない人と正面で語り合っていた。
「仁、今の状況をできるだけ正確に説明してみなさい」
真剣な眼で睨めながら明日香は仁に圧力を掛けていた。
説明しにくい事もあり、全く持って身に覚えのないアティラの今の幼児体型を正確に説明を求める母親にどう言葉を返すのか考えた末、全くの白紙の回答だった。
「母さん、俺に説明を求められても困るんだけど……アティラさんのこんな姿を見かけたのは、さっきが初めてで……」
「本当に心当たりがないのか?!」
そう明日香に問い掛けられ、仁は深く考え込む。
何かないのか?
本当は何か見落としているのではないのか?
悩み所は充分ある筈なのに、どうしても思考が何かに邪魔されているかのように何も思いつかない。
だから、仁は瞬時にこう答えた。
「判らない」
――、と。
※※※※
シクッシク
家のすぐ外で、仁は涙目で蹲っていた。
「熊さん、そんなに落ち込まないでください。明日香さんは、そんなつもりであんな事を言ったのではありませんですから」
アティラは、仁の背中にそっと手でなぞり励ましの言葉を投げかけていた。
「だって、あの目は本気だった。本気で俺を……」
普段、アティラに対してのみ丁寧な口調で話していた仁は、すっかりそんな事を忘れる程気が動転している。
何せ、いつも悩みの種である母には一度たりとも逆らった事がない。
だから明日香が下した命に従う他ないのだ。
■■■■
空気中に緊張が入り混じり、冷や汗を滴らせながら仁は、乾いた喉で息を呑んだ。
「いいか、仁。アティラに何が起きたのか判るまで帰宅禁止にする」
――えっ?
過酷で難解な問題を全部まるなげされた上に、それを完遂するまで帰宅を禁じられた。
そりゃ、言葉を失うに決まっている。
「あっ、アティラちゃんはちゃんと帰って来てもいいよ♪」
そして、家の子でもないアティラには優しく振舞う明日香に仁は再度言葉を失う。
(何で、そんな事を……じょ、冗談だよね……)
しかし、明日香の真剣な目を見て確信を得る。
(いや、本気だ。母さんのあの目はマジもんだ!!)
それからというもの、身が凍り、何日間の野宿を覚悟して、涙目で外出を決意する。
■■■■
「理不尽だ!!」
確かに、被害者にして見ればその考えはご尤もだ。
本当の母親から堂々と追い出され宣言されたのだから。
しかし、第三者目線からしてみれば、考え方が全く変わってくる。
そう、例えば、これは何かの試練として捉えられないのだろうか?
明日香は、以前仁に何かの事件、あるいは出来事に巻き込まれると話していた。
だから、これはそのための予行演習なのかもしれない。
しかし、冷静さが欠けている今ではこの考えには辿り着けない。
ただただ、今の自分が不幸だと、理不尽な目にあっていると、そう考える事で少しでも自分の心を救っているのだ。
矛盾しているのかって?
普通はそうだろうな。
自分の不幸を考えてそれで救われるなどある筈などないのだ。
しかし、こうは考えられないのだろうか?
自分の不幸を理不尽を自覚して、そして、それをどう立ち向かうのかを考える。
それなら、気分は少し晴れよう。
そして、隣にはアティラがいる。
一人でいない事がこんなにも心落ち着かせるなんて……思いもしなかっただろう。
勇気付けてくれるアティラに応えるためにも、今は頑張るしかない。
約束をした。
(必ず、君を元に戻してやる!!)
そのためにも、あの人の所にいかなければならない。
「アティラさん、一緒に来てくれますか?」
「私の事ですから、当然です」
未だに慣れていない今のアティラの声、互いに笑い合い仁のみ知る場所へ向かった。
――筈だった。
しかし、重大な問題点に気づき、焦り始める。
「どうしたんですか、熊さん……そんなに汗掻いて?」
仁を見上げるアティラは、仁の変な様子に気づき問い掛ける。
「すいません。どうやら、俺、あの人の住所知らないんだったみたいだ」
顔を顰めながら、そう断言する仁にアティラはまた尋ねる。
「あの~、熊さん……その人とは、一体誰なんですか?」
遅過ぎる問いだと気がするが、今日一番のご尤もな質問ではある。
アティラの『チビッ子現象』に詳しいかも知れない人物とは一体誰なのか?
そして、仁は、今まで何ではぐらかしていた意味も判らず、『そうだったな』と一言言って、アティラに向き直り、その人物の名を告ぐ。
「レオンですよ」




