第31話 クリスマススペシャル企画からの大騒動 ※
47
迎えた終業式。
期待で胸いっぱいにしていた生徒達に取って、普段通りの授業を終えた事に困惑していた。
新学園長による企画、クリスマス前の大イベントの催しが未だに開催する様子がない。
中には、呆れて下校を開始する生徒達、優秀不断でもう少し残るという生徒達、そして確実に何かあるという生徒達。
啖呵切って、それが冗談というオチではない事を信じて、その時が来るのを待つ。
『ねぇねぇ、一体何をすると思う?』
『ん~ん、全然想像つかないな』
所々に聞こえて来る生徒の呟き。
活気に溢れる様子を見て、仁は一つ気づいた事があった。
それは、全校生徒の表情だ。
勿論、以前より生徒からみる表情は明るいイメージとはかけ離れていたものの、多少の競争率が相まって表情に豊かさが見られていた。
しかし、全体的に見ると暗い表情を持つものばかりだった。
だが、今みたらどうだ。
いつ来るかも判らないイベントのために、期待を膨らませ、前にはなかった表情の明るさに学園は照らされている。
プーー
『校内放送です。現時刻を持って、星ノ宮学園長主催『ナンバープレート、プレゼント発掘大会』を開催いたします』
ブチッ
まるでロボットが喋ったかのような淡々とした口調の校内放送でルールもやり方の一切なし、ただ大会名だけ言い残した告知が流れてきた。
一気に学園内のテンションが下がりつつも、動揺と高揚が同時に湧き上がる。
意味を汲み取れと言わんばかり放送内容が頭の中を巡回する。
「一体、明日香さんは何を考えているんだ、仁?」
「聞くな、俺でも母さんの考えは読めん!」
聞かれていたら怒鳴りでは済まさない発言に仁は躊躇なく望に言う。
「それより、仁。貴方、顔色悪いぞ、どうしたの?」
不意に背後から調子悪そうな仁を春香が問い掛けた。
「いや、別に対した事ないんだけど、昨日徹夜だったんだよ」
理由を話す訳でもなく、ただ疲れているアピールで場を誤魔化す。
「これは、どういったイベントですか、熊さん?」
寒い冬の最中、燃え滾るようなテンションで移動を開始した他の生徒達を見てアティラは、その理由を尋ねる。
「これは、クリスマスが近づいているから開催されたイベントですよ」
「クリスマス?」
「ここは、私に任せてくださる」
唐突に現れたのは金色よりも輝かしいぐるぐるとした金髪の少女、ニーナ。
得意げな顔でアティラに、クリスマスの何たるかを、一から説明を開始した。
元は、キリスト教の――イエス=キリストの誕生を祝う祭り、キリストの降誕祭から発祥したらしい。
しかし、現在の日本で知られているクリスマスとは異なる祝い方だが、一番近しい説がトルコに存在する。
それは、全員が知るサンタさん、フルネームにしてサンタクロースのモデルになったのが4世紀頃に出て来るトルコのミュラの司祭だった『聖ニコラス』がモデルになっていたそうだ。
聖ニコラスは裕福な家庭に育ち、困っている人、貧しい人に手を差し伸べ、自分の持ち物を分け隔てなく配ったという話から――現在知る、サンタさんとして認識されてきた。
困っている人や貧しい人達の中で子供が多くみられたのが由来で、現在ではクリスマスの日に子供達に贈り物を届けるようになったそうだ。
英国生まれのニーナにとって、キリストを祝う大事な日なのだが、郷に入っては郷に従えに則って、流石天才の一人というべきか、日本で祝われているクリスマスの起源まで既に熟知している。
大間かな説明の後、アティラは、理解したようなないような顔をして、取り合えず頭を縦に振った。
「要するに、贈り物を貰う日って事です」
省略する点が大幅過ぎて、色んな意味でも捉えられるような発言である。
しかし、この日の趣旨は概ねその通りだ。
「それで、これが例のイベントなのか?」
「判らない。母さんが何の考えでこのイベントを開催したのかさっぱりだ。だけど判るのは、これがプレゼンの単語を使っただけの宝探しだ」
発掘という単語から導き出せる答えは、プレゼントを隠してあると判断できるが、それが完全な正解でない事は理解している。
「今回使われた単語で気になるのが『ナンバープレート』だ」
「それは、簡単な話じゃねぇか」
柔道しか取り得のない柔悟が初めてルール不明の大会の鍵を握る言葉の意味を説明しだした。
「学園内に散らばっている数字を見つけ出すんだよ。そこにプレゼントの在り処がわかるヒントがあるに違いねぇぜ!!」
まるで的のド真ん中を射抜いたような鋭い推理を披露した柔悟だが、遠くで話を聞いていたレオンが早速批判する。
「君の推理は半分しかあっていないよ」
「んだと、コラァ!!」
「ヒィッ!!」
柔悟の怒鳴り声でレオンの隣にいた一人の女子生徒の後ろに隠れる。
「ごめん。レオン君を怒鳴らないであげて」
優しく彩られた音色を奏でるような声で話す彼女は、胸元のリボンが緑色に染まっていた。
この学園では、一年生女子には赤いリボン、男性には赤いバンドが腕に巻きついている。
二年には同様に、だけど色には濃い緑色を、三年には、紫が使われている。
つまり、今話している人は、一年上の先輩である。
「いえ、こちらこそ、すいませんでした」
柔悟は、年上の人には言葉遣いも態度も正しくなる性格なのである。
「それは、良かった。私、三日月鈴奈、よろしく♪」
それぞれ名乗り、グループに新たに人が増える。
「おい、レオン!俺の推理に何が不満だ」
「君の数字を探す発想は正しい――が、それだけだ。単純に考えれば、数字がプレゼントの在り処を教えてくれるなら、最初の数字は校舎全体に放送してくれる筈、しかしそういった情報もない」
「つまり?」
「つまり、数字には在り処を示す道具ではなく、他の理由がある」
「で、その理由は?」
「さ~、まだそこまでは知らないね」
「おい」
ヒントとなる最初の数字が存在しない。
その理由にまだ何かが隠されているのは明らか。
だが、そこまで至っていない様子。
(え、これ、何……?……俺の出番は?それ、俺も気づいていたのに)
レオンにすっかりと出番を食われ、仁がモブが如く扱いに転ずる勢いに乗っかっていた。
愕然とする状況を見て、ドッと疲れが襲い掛かる。
「何だ何だ、一体何に落ち込んでいるんだよ」
「望、ちょっとあれ、何――説明してくれる?」
柔悟、鈴奈、レオンとアティラの方向に指を差す。
「あーあ、あれね……ま、ドンマイ!」
肩にポンと手を置き、仁の立場を理解した望は、一言充分のドンマイを見送る。
しかし、気持ちがそうであるかのように思えるが、望の表情を伺うと――
今世紀最高の嗤い顔を堪えて、今世紀一番変な顔になっていた。
白目を剥いているのかどうかすらあやふやでシワも寄せるだけ寄せて、唇も血が出るのではないのかと思えるほど噛み締めている。
どう表現すればいいのかもわからない顔を取り合えず、パシャッ、と写真を撮る。
(これ、変顔ランキングに余裕で入るんじゃねぇか?)
などと、仁は顔を引き摺らせたまま、望にドン引きする。
未だに姿を現さない明日香学園長に安堵すべきか、心配にすべきか悩み所満載な人物に仁はため息吐くのみ。
何を考えているのか、どのタイミングで現れるのかだけが頭から離れない案件である。
今となっては、本当に冗談でしたという明日香の顔が浮かべる始末。
そして、何より生徒全員の怒りの矛先が何処に向かうのかを考えただけで、鳥肌が立ちっぱなしになる。
身が震え、夜な夜な悪夢を見る勢い。
終業式が済んで一時間。
『あったぞ!!』
『こっちにもあったわ!』
『祝杯だ!!』
何人かの生徒が数字が刻まれたプレートを見つけ出して、それら全てに一つの一文が記されていた。
それらに――体育館にて――とのみ記され、そこに行った結果――
『何だよ。閉まっているぞ!』
『閉まっているつーか、封印?!』
窓は全て黒テープで貼られ、中の様子は全く見えない。
入り口も同じテープをバツ印で大きく囲い、扉が微動だにせず密封状態で現場を目撃した。
【諸君ら、良くぞ集まってくれた!】
前後左右見回しても、姿がない。
しかし、声からして、間違いなく学園長の声。
【諸君らには、新たな経験を与えるべく、敢えてルール説明もないこの企画に参加してもらった。この方
法を取ったには理由がある。それは、諸君らに判って貰いたい事があったからだ――社会に出れば大まかな説明や規律を教えてもらえる……しかし、時には何も言われず自分達だけで考え、行動を起こす必要になってくる事も多く存在する。その予行演習という裏事情を持ちまして、今日、終業式に君達にプレゼントを配ろうと考えたのだが、勿論諸君らが持っているナンバープレート――それは、体育館内にあるプレゼントを指定する数字だ!!】
長い演説の後、少し間を置いてから、良く聞こえるように言い聞かせる。
【だが、全員にプレゼントを行き渡る訳ではない。数字の中には当たりくじとはずれくじが存在します――では、入ってもらいましょうか、体育館へ!!――】
ズバッ
何かが切れる音を耳にし、ゆっくりと体育館の入り口に目を向ける。
ズーー、バタン!!――ドーン!!
クロス状に切り裂かれた扉の中から、サンタ色の武者、もといコスプレした明日香学園長の姿があった。
「さあ、皆さん、中へ」
(あの、母親ときたらぁぁぁ)
彼女の姿を見ながら、仁はため息以外の感想が出てこなかった。
壇上に立ち、マイクを取った明日香は、後ろに構える大きな包み――プレゼントを前にして、集まった、全校生徒に話の続きをする。
【諸君、ここに見えるのが、今回のプレゼント、そして、あっちにあるのがはずれくじを引いた者達に用意させたものだ!!】
壇上の前に置かれている豪華とは言えなくもないクリスマス用のディナー。
『なーんだ。別にはずれくじでもなんでもないじゃん。ただ物が食べ物に変わるだけじゃん』
――と、誰かが言った瞬間、望の脳裏にこのイベントが開始早々に見た仁の姿を思い返す。
「おい、仁。お前……徹夜って……まさか!?」
挙動不審な態度を見せる仁に迫る。
仁は、人差し指と人差し指をくっつけたり、離したりしながら、目も左右に泳がし、そっぽを向く。
「うん、いや、はい……あれ、俺が作った料理、だ、け、ど」
忌まわしき過去を思い出す。
家庭科室で初めて、仁が振舞った料理の結末を。
そして、望のみならず春香にも――犠牲者ではないが――現場に居合わせていた事からその意味を察する。
他の面々は春香と望の異様な程のリアクションに意味を見出せず、首を傾げ、望が口をパクパクしながらぼそっぼそと口を開く。
「し、死人がでるぞ!!」
自覚を持って、自分の拾ったナンバープレートが当たりくじであるよう祈る。
これは、仁の手料理を食った者にしか判らない、未知の味。
説明するにも言葉が見つからず、というより言葉を見つけるための機能が停止する方向だ。
見た目だけは完璧なはずなのに、何故かその料理には見えざる毒が仕込まれているが如く完全に隠れている。
【では諸君ら、始めるよ、いいか?!】
おおおおおお、と歓声が飛び交う。
【第14番……当たりくじ、えーっとこれだな、はい――メリークリスマス】
にこにこ笑顔で小さな箱を受け取る男子生徒。
『うおおお、最新のスマホじゃないか!?』
プレゼントの内容を聴いた瞬間、他の生徒達は期待を膨らませた。
【はいはい、では続きいきましょうか】
当たりくじが連発して、どんどん、プレゼントが消えていく。
だが、来るにして来てしまった第一人目のはずれくじ。
引いたのは、茶色の短髪スポーツ系厳つい男子。
『へぇ~全然美味しそうじゃないか、本当にこれがはずれくじなですよね?』
食べるのは平気、と考えた青少年……自分の判断をのちに悔やむ事になるとは思いもしないだろう。
普通の食材を使っている筈なのに、何故か全てがあの表現不可能な料理に転ずるのやら。
『おっ、これは美味しそうじゃないか』
「やめろぉぉ、それを一口でも中に入れるな!!」
『いっただきま~す、あむ……』
音もなく、悲鳴もなく、巨躯に見えたその身体でも瞬時に倒した。
感想も、動きが一切なく終わった。
この状況を見て、生徒達は自分の置かれている現状に、現実に目を向ける。
手にしているナンバープレートが希望のプレゼントが一転して地獄の直行便チケットに見えてくる。
外れれば死ぬと連想できるレベルまで至り始める。
しかし、この企画に参加した者達は、拒否権を禁じ、外出許可も当然禁止。
次々と宣言される死の列。
積み重なる重傷者達、そんな中、ついにアティラが持っていたプレートの数字が発表された。
【次々、ナンバー235番――当たりくじ!!】
久々に出る当たりくじに少なくとも一人は無事に生還できる。
さて、その内容とは?
「柔らかいものですね」
「冬にぴったりなプレゼントだね」
「マフラー、セーター……本当だ。良かったね、アティラちゃん」
「はい!」
賑やかに振舞い、楽しそうに笑うアティラと春香、それと――割とどうでもいい――望と一緒にクリスマス前のイベントを楽しそうだ――そこに倒れている生徒達さえいなければだけど。
「はぁ、はぁ……」
ふらふらな状態で近づいてくる赤毛の少年。
「ここまでとは……新しい生態兵器、なの、か――」
「レオン君!!レオン君!!しっかりして!!」
残念ながらはずれくじを引いたレオンは、そのまま気絶。
隣には、鈴奈が付きっ切りで看病をし始める。
「本当に殺人レベルの技だね、仁君」
「皮肉を言っているのか、望……言って置くがな、これでもまだましな方だよ!!」
更なる脅威が存在したかと思うと、気になってしまうが、ここで最後の番号の発表がされる。
【ラスト、ナンバー454番――当たりくじ!!】
仁は手元の番号を見る。
そこには、ラストと書かれた文字と454の数字が刻み込まれていた。
「はい、仁……これが最後のプレゼント……上手くやれよ!」
最後にウィンクして、明日香は演台に近づいた。
【諸君、私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。これから冬休みに入るけど……あまり羽目を外し過ぎないように気をつけるんだぞ!!では、メリークリスマス・アンド・良いお年を】
気を失っている生徒、計340名。
生き残ったやや百人以上の生徒は、どういう顔をすればいいのか悩みながら、一人また一人と帰宅していった。
「俺達も帰ろっか」
「そうだな」
「はい」
鈴奈は、レオンを抱きかかえ、先に帰った。
「私は、早速これを着てきます」
アティラは、プレゼントの中身であるセーターとマフラーを取り出し、まずセーターを着た。
紫がかったピンクのセーターを身に付けて、仁は、アティラからマフラーを巻きつけた。
「ここを、こうして、こうすると……うん、似合ってますよ、アティラさん」
僅かな微笑みを見せ、仁はこの時、抱えていた全ての苦悩を忘れていた、本心から来る笑顔。
そして、最後に自分のプレゼントを開け、アティラに被せた。
真っ赤なマフラーとお揃いの真っ赤なサンタ帽子。
冬の寒さも影響していたのか、今はもうわからない。
だが、赤面にしながら、アティラは微笑んで、そっと右手でマフラーを抑えながら言った。
「ちょっと早いけど……メリークリスマス、熊さん♪」
彼女のその笑顔に魅了されて、仁の記憶の深い所に刻まれた。
こうして、散々とも思える、母主催のクリスマス前イベント『プレゼント発掘大会』が数名の被害者を起こしながらも、終えたのである。




