第30話 大イベント前の緊急報告
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「母さん!!何をしているんだ!!」
第一声は、仁の叫び声から始まった。
新しい学園長の挨拶の途中、それは無作法とも言えるタイミング。
「星ノ宮って何だよ。俺は何も聞いてねぇぞ!!」
初めて聞く名字に戸惑い、仁は自分の発言を止める事はできなかった。
いくつか抱いていた疑念が一気に爆発する感覚に襲われながら、ただただ一つの答えを追求し続けた。
何故、旧姓が星ノ宮なのか、或いは、何故ずっと黙っていたのかとか。
文句を一つや二つも言わずにはいられないこの状況。
心の収まり所を見出せず、乱心して自分の気持ちをぶつける。
静かに会場で全校生徒が二人の様子を見守る。
そして、一人がぽつりと呟く。
「そういえば、あの人。例の試験の最終試験を担当した人じゃない?」
「言われてみればそうだよね……確かあの時、熊野って名乗らなかったっけ?」
「そうだよ、間違いない!!」
「じゃあ、彼女があの熊野仁の母親!?」
一転して会場内はぼそぼそと呟きが広がり反響し静寂と言い難い状況になっていた。
『静粛に諸君ら……それと、熊野君。今は演説中だ。少し黙りたまえ』
聞き慣れない口調の母親に動揺を隠せずにいた。
「おい、仁。これはどういう事だ?全然意味が判らねぇぞ」
「こっちの方こそ、知りたいよ――」
未だに状況把握できずに、終には涙にでてきそうな状況に陥っていた。
冬休み前の、いや、終業式目前の今になっての学園長交代。
それがまさかの母親で、旧姓が星ノ宮。
学園と同じ名前からして、色んな事が納得いった自分もどうにかしている。
何故、学園最高権力者がアティラの転入をあっさり認めたのか。
レオンも同様だ。
全ての合点が滞りなく繋がる。
『さて、諸君冬休みも近づいており、待望のあのイベントももう間もなくだ。しかし、残念ながらその日を向けえられるのは冬休みに入ってから……であるからして、ここで皆に宣言する!!終業式、十二月二十二日に私から諸君らにプレゼントを用意するから楽しみに待っていろ、以上』
嵐を擬人化した人の発言が全校生徒の胸の内に刻まれた。
峻厳に構成されたこの学園のイメージを砕きかねない勢いで進む。
それを先導しているのがこの学園の新たな長だと考えるとうっすら笑えてくる。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
長年築き上げてきた地位も名声も、その理念に突き進んできた先人達の思いも踏み潰すような出来事が今起きようとしている。
そして、その張本人が実は、自分の母親という事実にどう向き合えばいいのか思い悩んでいる仁をどうフォローできようか?
レオンの話の途中、謎が深まり、頭が満タンになっている状態で今度はこれだ。
(もう、いい加減に楽にさせてくれぇぇぇ!!)
艱難辛苦、苦心惨憺、涸轍鮒魚、四苦八苦、七難八苦等々、当てはまるものも多い仁の人生。
これ以上の苦労を抱えたくない、限界に近い頭で尚上乗せされる日々。
意図的にも感じるこの現状、恨みたくなる運命、様々な要素に取り囲まれ常に苦が膜のように覆っている状態。
このまま続けば別の意味で楽になっちまいそうだ。
そんな彼に手を差し出したのが――
「大丈夫です。明日香さんも何かを考えてやっています、きっと」
「アティラさん……」
根拠のない言葉。
しかし、心に染みるその言葉に感動を覚え、一時の安らぎを仁は堪能していた。
(トラブルの中心が安心をくれているなんて、皮肉なものだ)
仁は、アティラが故意を持ってやっているのではなく、彼女の周りがそうさせている事をちゃんと理解している。
その主な原因が自分の母である事には流石に頭が回らずであるが。
緊急公告も終了し、解散となった体育館もすっかりと蛻の殻になり、残った仁は、明日香と話を付ける。
「母さん、これは一体どういう事……それに星ノ宮って……」
言いたい事が山積みなのに、上手く言葉が出てこない。
「隠していた事は悪いと思っている。秘密にしなきゃいけない事が多くてね。でも、まあ、まだ話せない事は多いけど……今、聞いてしまった事はちゃんと順追って説明してやるよ」
意味深な発言を残したまま、明日香は深く深呼吸し、しばらく沈黙したまま時間が流れた。
「さっき聞いた通り、私の旧姓は星ノ宮――つまり、この学園の初代学園長の孫娘だ」
「――ッ!!」
「私の祖父は厳しい人でね、勉強ばっかりさせられて、そりゃ酷いぐらいに過酷で非道な時間を過ごしたもんさ……そして、高校を卒業する前に家出を決意した。まあ、学んだ全ての知識を利用して、様々な所で働き、金を稼いで一人で暮らして――でも仕事も転々と変わっている時に、貴方の父さんと出会ったのさ」
過去を語りだした明日香は、懐かしい思い出を掘り起こすように遠くを眺めていた。
「二人は、恋に落ちて、やがて結婚まで発展してね、そりゃもうカッコいいプロポーズをしてくれてねぇ――こほん」
話の筋が外れ、惚気話になる前に我に返った明日香は、話の続きを語った。
「彼にはかなり助かったのよ。今持っている家とか、台所の装置とか――」
「待って――聞き捨てならない箇所が……あの装置を付けたのって、父さん!?」
「私が頼んでね、造ってくれたの」
幾ら息子の仁の料理が脅威的だからって瀕死状態までさせる装置を作らせる親って……如何様に思えばいいのだろうか?
「それはさて置き――」
(置いとくなよ!!)
「私が学園長になったきっかけはね、仁……ある意味貴方のためなの――理由はまだ教えられないけど、今後に起きる事に貴方は必ず関わってくる」
「それってどういう意味?」
会話の尾すら掴めず、理解不能な状態で仁は明日香の話を聞き続けた。
だが、明日香は『ここまでしか話せない』と言い、仁を通り越して壇上から降りた。
「時が来れば話すわ」
また意味深な発言を残したまま明日香は体育館を立ち去った。




