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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
学園編・続 ~新たな物語の幕開けになった件~
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第25話 温かい家庭と美味しいご飯

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《引き続きside:R》


 住宅街の中でもかなり人気のなさそうな道にあった小さな家。

 その玄関先に立ち尽くしているレオンは、中途半端な気持ちで両手で服を掴んだり離したりしてもじもじしていた。

 緊張の所為か、それとも恵まれすぎた状況に甘えている自分が急に許せなくなったのか、レオン自身判らなくなっていた。


「ただいま、ママ」


 そんな心境を持っているとも知らずに鈴菜は、扉を開け、帰宅の掛け声を叫ぶ。


「あ、鈴菜おかえり……あら、あらあら、鈴菜この子……」


 早速母親らしき女性が台所から顔を出して、鈴菜を人目見てから、後ろにいたレオンの姿を見て、しかめた顔でレオンを睨み付ける。

 目が合ったレオンは、一瞬で視線を逸らす。

 顔に若干シワが寄せているが、髪の色はまだ真っ黒に染まっていて、肌には艶がまだ見られる。

 ピンク色のエプロンを着こなし、濡れていた手をそのままエプロンで拭いていた。


「違うのママ、この子は今住んでいる家に帰りたくないみたいだから……放って置くのも可哀想だし、一晩家に泊まらせてあげたいの」


 若干の勘違いはあるが、それを伝える手段は当然ながらない。

 鈴菜の母親は、手を顎に当ててしばらく考え込んでいた。

 当然だ。

 知らない子を人様の家庭に泊まらせるなど普通無理な状況だ。

 だけど、鈴菜という子は、どうしてそこまでして自分を助けるのか、レオンは、その感情を全然理解できない。

 誰かを助ける、誰かのために身体を動かす事はあってもその逆をしてくれた人をレオンは今まで知らなかった。

 だから、そんなに慌てて自分の母親に頼み事をする鈴菜を見ているうちに胸の奥から熱が沸いてくる感覚が広がっていた。


「お願い、ママ。今晩だけ、ね」


 まだ考え込んでいる母親を見て、鈴菜は、どうにかして説得を試みている。


「いいわよべつに……」

「えっ!」

【えっ!!】


 レオンと鈴菜は、意外そうな表情を浮かべながら鈴菜の母親を見詰めていた。


「いいの……?」


 頼んでおきながら、鈴菜は再び問いかける。


「いつもわがままを言わない娘が初めてわがままを言ったですもの……それに、鈴菜にしがみ付いているその子も鈴菜には懐いているみたいだしね♪今晩と言わず、好きなだけ居て良いのよ」


 最後の方には完全にレオンに向けての言葉だった。

 無口のまま、レオンは母親の前に立ちぺこりと礼をする。


「あら、無口な子だね。ねぇ僕、お名前何ていうの?」

「れ、レオン」


 まだ慣れない言葉で名前だけを言う。


「あら、照れ屋さんかな、ふふふ」

「あ、違うんだママ、レオン君は、外国から来たみたいで日本語が喋れないんだ」

「あら、そうだったのね。でも、言葉は通じているみたいに感じるけど……?」


 今の所外国人――ある意味合っている――だと思われているが、勿論言葉を喋れないけど理解はできる人もいる。

 それもかなり希少だが、確かに存在する。

 その中でもレオン自身も大いに不可解な点でもある。

 何故、言葉が解るのか?

 帰宅する途中の看板の文字を見ても理解は得られなかった。

 異なる文字を使うと理解しただけまだましだ。

 ここが全く別の世界だと実感させる。


「お腹空いたでしょう。さあ、ご飯にしましょう」


 食卓へ誘導するように促す母。


「今夜は、丁度カレーにしておいて良かったわ。レオン君の口に合うかどうかは判らないけど、きっと気に入ると思うわ」


 無口のままレオンは顔を少し下に向けさせ、応答しようと試みる。

 伝わったのか、鈴菜の母親はニコリと笑い、カレーの鍋に向き直る。



 自分の住んでいた研究所と比べると一回り、二回り小さいこの家でも中は中々個性的に飾られている。

 肌触りが心地良い椅子やソファ、見た目がオシャレなリビングに大きな液晶画面。

 リビングの壁際には大きな棚が配置してあり、その中が本でぎっしり詰まっている。

 その棚に向かってレオンが近づき、鈴菜を手の仕草で呼ぶ。


「どうしたのレオン君?」

(どうにかして、この世界の言語を学ばなければ、捜索の使用がない)


 慌てた動作をしながら、みっちり五分を掛けてどうにか捜し求めている本を鈴菜に頼み込む。


「もしかして、日本語に関する本を探しているの?」


 理解できる彼女を凄いのだが、レオンは、頷いて肯定を示す。


「そっか、(えら)いわね。この国に馴れようと頑張るその意気確かに届いたわ。ちょっと待っててね……今いいの探してあげるから」


 レオンが届かない位置の段を漁る鈴菜を見ながら、レオンはじーッと待つ事にした。


(背が高いと便利なんだな~)


 今まで、高い所は、台座などを使って何とかやり過ごし、特に気になる事はあまりなかったが、いざ、目の前に台座がないと届かない高さの本がある事を思うと、自然と背の高い鈴菜を見ると羨ましい気持ちが沸いて来る。


「あ、あったあった。はい、これで大丈夫かな……【一から始める日本語】」


 小さい頃に使っていた本を未だに大事そうに残しているとは、珍しく思うレオンであった。

 彼の場合は、一度読んだ本は、丸暗記しちゃうから二度も目を通す必要性がないから読み終わってから処分する癖が身についていた。

 研究所には沢山の本で埋め尽くされていたのは、彼がまだ見ない本がまだ沢山あったからである。

 タイトルから察するに子供用に作られた本の筈なのに――


【全く、読めん!!】


 やはり、新しい言語を学ぶというのは、難易度高すぎるのかもしれないと初めて悟った。

 この分では、助けなしでは、一生理解できなかったのかもしれない。

 しかし、自分の目の前には、この言語をマスターしている人間が目の前にいる。


「よかったら手伝ってあげよっか♪」


 願ったり叶ったりな提案を逃す手はない。

 レオンは遠慮のない頷きで両目を輝かせる。

 何より新しい知識を得るチャンスではあるからだ。

 そして、その第一歩である言語の習得は大きな情報の幅を広げるために必要な要素だ。


「ママ、あとどのぐらい掛かりそう?」


 台所の方に大きな声で問いかける。


「カレーの方はほぼできているけど、お客さんも来ているし、もう一品でも作ろうかな、と……だから、あと三十分は掛かりそうね」


 その間、鈴菜は、レオンに日本語の基礎であるひらがなを教える事にした。



「驚いた!!レオン君天才じゃない!!」


 驚きの表情を見せながら鈴菜は、今自分が直面している状況に唖然としていた。


 時にして僅か十五分。

 しかも、自分が教えたのは、五分のみ。

 レオンは紙とペンを所望し、ひらがなの『あ』から『ん』の文字を鈴菜が先に書き、一つずつ発声し、その間レオンは、自分の言葉でその一文字ずつに当てはまる文字を書き加えた。

 それだけで、理解したのか、割と簡単な脳内作業で自分の言葉を日本語という言語に置き換えた。


「鈴菜、感謝する。お陰でこの世界の言語が少し理解できた」


 理解できてもまだひらがなしか読めない。

 漢字やカタカナがあると知ったレオンは、問題であったコミュニケーションをクリアする事ができた。


「本当に驚いた。まだ十五分しか経っていないのに……もうペラペラに喋れるじゃない」


 現在進行形で幼い容姿に見えるレオンの上から目線な態度に余裕を持てず、鈴菜は、彼のずば抜けた対応力に驚いていた。

 家について気が緩んだのか、鈴菜の言葉遣いにも少々の変化が見られた気がした。


「言葉は、ちゃんと通じてたんだ。しかし、どうにもこっちの言葉が通じずにいたから困っていた所を鈴菜に会えて、凄く助かった……それと、言っとくけど、僕は十五歳だ!!子供扱いは、気に食わんぞ!」


 腕を組み、チラっと鈴菜の反応を見ようとする。


「ママ、凄いよ。レオン君がね――」


(って、聞いてねぇし……)


 呆気になりそうな勢いで無視されたのは生まれて始めての事だった。

 思い出すのは、村の端にあるレオンの研究所、そこで訪れる来客は皆、作り笑いと愛想良く振舞う姿……レオン自身の機嫌を損なわないように言葉に気を付けて、依頼内容を言い渡すだけ。

 それが自分に取って、どれ程孤独感を味わわせる事にも気づかずに、過ぎ去る日々。

 自身の親ですら、子供に気を遣わせていた。

 だから、鈴菜が無視した事に対しては、怒りよりも嬉しさが込み上げてきた。



 ――地球(ここ)では、僕は普通の人と扱われているんだ!!



 普通という言葉がここまで嬉しさを引き立てるものだろうか?


「レオンくーん!ご飯ができたよ!」



《食卓》


 机の上に並べてあるのは、艶やかな白米と様々な野菜が入っている泥色のようなソース。

 その隣にあるのは、キャベツの葉を丸めて何やら中身は肉っぽいものが入っているみたいだ。


「それでね、レオン君。たった十五分で日本語が上達したのよ、凄いでしょ!」


 母親に自慢げに語る鈴菜の姿があり、対極する形で座っていた。

 レオンの席は、鈴菜の隣。

 しかし、レオンは食卓に着いたものの座ろうとしない。


「あら、どうしたの?具合でも悪いのかしら」


 心配を掛ける母親にレオンの意識は朦朧としていた。


「一緒に食べるの?」


 流暢に話す問いに鈴菜が答える。


「だって、その方が美味しいでしょ」


 単純な答え、明快な答え、だけど理解はできない。

 思い出にズレが生じる。

 ズズズ、とテレビが地デジである前のアンテナ式に出て来る電波障害の現象。

 それと同様に自分の記憶に起きていた。

 感情が上手く働かない時、それが極稀に起きるのだが、こういった風景を思い出す。

 基本嫌な事を思い出す時に発生する。

【一緒に】という言葉が頭の中で引っ掛かる。

 食事は、栄養摂取のために行為であって、それ以上でもそれ以下の意味を持たない。

 だから、一緒の食卓で食べるのに何かしらの抵抗があった。

 仕方なく座り、二人が手を合わせている所を見て『いただきます』という言葉を聞く。


「あ、そっか。海外ではあまりこういう風習ないんだっけ。えっとね、いただきますってのはね――」


 鈴菜が語り始めた『いただきます』という言葉の意味を事細かく説明し始める。

 要約すると、神様や位の高い方から物を受け取る時に、(いただき)に掲げた事から、食べる、もらうの謙譲語(けんじょうご)として『いただく』が使われたのが由来らしい。

 その他にもご飯を作った人への感謝、食材への感謝を込めてこの言葉を食前に言うみたいだ。


「それじゃ、改めて――」


 全員で両手を合わせて。


「「「いただきます!!」」」


 先端に丸い形をした食器はスプーンというものらしい。

 木製のしかしらないレオンに取って金属製のもので食べるのにはしばらく時間が要したものだが、何の躊躇もなくそれで食べる二人を見て、手を震えながらもスプーンをカレーのルーとご飯を一緒に(すく)って口に運んだ。

 カン、という音を立てながら――おそらく勢い余って、歯にぶつけてしまったのだろう――食べ進める。

 食は次々と進み、湯気の所為か、目が霞み始めた。


「どうしたの?!何か嫌いなものでも入っていたのか、レオン君」


 心配そうな声を掛ける鈴菜の母親。



(えっ!!)


 その時に気づいた。

 レオンが食事を食べながら涙を流していた事に。

 スプーンをお皿の上に置き、両手で涙を拭った。

 何故、食事に涙なんて流すんだろう?

 締め付けられるような甘い痛みが胸一杯に広がって、思っていた程嫌ではないその痛みに頭を俯かせる。


「やっぱり、何か嫌いなものでも入っていたのかしら」

「もう、ママったら最初に聞いておいた方が良かったんじゃない!?」

「でも、鈴菜がレオン君と一緒に隣の部屋に移るから」


 二人の軽い口喧嘩を聞きながらレオンは、その涙の訳を(ようや)く理解する。



 ――ああ、これがずっと欲しかったものなのか……温かいご飯を誰か一緒に食べる、互いに栄養摂取しているだけの筈なのに、お腹だけじゃなくて、心が満たされるこの感覚。この温もりが僕が長い間ずっと足りなかったものなの?



 物心が付いてから、研究に影響がないように、食事も着替えも勉強も全て一人で過ごしていた。

 人と合うのは依頼が来る時だけだった。

 その所為で誰かと楽しい思い出を作った事がない。

 唯一心惹かれた【サクラ】と彼女を探すために機会を開発していた時間だけが自分の中で楽しいと思っていた。

 その開発に使った七年、没頭する日々がただ楽しくて堪らなかった日々が終わり、異世界へ転移する決意をした。

 親には内緒に、いや置手紙を書いているから内緒ではなくなるが……時空渡りの膨大なエネルギーで決し飛んでいる可能性もある。


(悪い事をしたな~……親孝行もできなく、というより親とちゃんと面と向かって話した事など一度もないけど、息子が急に居なくなったら悲しんでくれるかな?)


 良くはしてくれなかった両親だが、命を与えてくれた唯一の肉親。

 魅かれた女性を追い掛けるべく家を飛び出した事を申し訳なく思う始める。



――いつか、向こうの世界に帰って来た時このような家庭を築けるかな?



 その日を夢見て、再びスプーンでカレーを食べる。


「美味しい、美味しい」


 美味しいと連呼しながら食べ続ける様を鈴菜と母は、彼を笑顔で見詰める。



 食後、風呂から上がった鈴菜は、パジャマでリビングにいたレオンの所へ近づいていった。

昼間に弄っていた端末を見ていた。

 レオンは、はぁ~と端末を見ながらため息を吐いていた。


「ん、そこは、私が通っている学校じゃない」


 レオンは何も言えず、ただ沈黙が部屋を支配した。

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