第23話 天才児とすれ違い
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《side:R》
不思議な空間に迷い込んでしまった。
この世界にあの人がいると研究結果が示していたから。
天才的な頭脳を活かし続けて早や十年。
子供ながら持って生まれた才能に恵まれ、八歳を迎える頃には既に科学者としての人生を歩んできた。
しかし、彼は出会ってしまった。
彼の目標になってしまった女性に。
コロロ村に住む彼が偶然にも訪れた女性を人目見て惚れてしまった。
彼自身もその感情に気づき、思えば彼女の跡を追いかけていた。
村に住み着いてから半年が経ち、レオンは思いの丈を打ち明けようとしていた。
「あ、あの……一つ聞いてはくれまいか?」
天才児として認められてから対話に関する教育がままならなく、レオン自身はこれが正しい喋り方として定着していた。
年上に向かっての口調ではないが、その女性は微笑んで応える。
「ええ、いいわ。何でも聞いてあげる」
凛とした声音と優雅な姿勢で座り、美しくその栗色の髪を掻き揚げながらレオンの頬に優しく触れる。
「僕は、ずっと……君がこの村に着てから、ずっと……綺麗と思っていた。このような感情を持った事がない故、かなり戸惑っているが、それでもこれが恋愛に関する事は自覚している。だから、ええーと……一つ僕とお付き合いしてみてはくれまいか?」
大胆な告白に赤面になった少年は、緊張のあまり全身を強張せながら、カクカクと女性に背を向け――
「それじゃ、返事は今しなくていいから、また後日に聞きに来るから、じゃあ」
限界を超えた瞬間、逃げ去った。
「あ、待って……行っちゃった」
好意を持ってしまった少年と村にやってきた女性。
だが、悲しくもレオンは彼女からの返事を聞く事はできなかった。
会う度に露骨に逃げまくったり、やっと勇気を出したと思いきやタイミング悪く女性が外出していなかったり。
悉く運悪くその機会を取り逃がし続け、すれ違いで終わっていた。
そして、ある時、恋焦がれていた女性が忽然と姿を消した。
何れ来るべきが時が来てしまっただけだ。
それは判っているつもりだったレオンは、初めて後悔を覚えた。
彼はその期にある研究を行い始めた。
物理学、化学、数学――あらゆる分野を一日中没頭し続け、何処彼処も探せる探知機をたった二年で完成させた。
探知操作には、人物のまたや物質の遺伝子があれば探知できる。
幸いな事に以前、彼女から採取した一本の毛を遺伝子探知機に入れ、データを見詰める。
しかし、分析したデータによると捜し求めていた女性の反応がこの世界には何処にも存在していなかった。
(もしかして!!)
この世界に反応がない、と言う事は、この世にはいない。
簡潔に言えば死んでしまった可能性がある。
基本的には平和なこの世界でも、まだ大人になっていないレオンは、村の外に出かけた事がない。
だから、頭の中で混乱する。
いつまでも平和に思っていた世界が実は村に住む大人達が守ってきたからであると。
死に関するデータは持っていた。
それが何を意味するのかも。
だが、唯一欠けていた病死や寿命が尽きるの他に命が失われるという事。
それが事故であったり、誰かに命を奪われる事だったりする事。
何にせよデータで生きる人間が、データが全てだと信じ込んでいる人間が、自分が開発した遺伝子探知機を信じない筈もない。
たとえ、その結果が自分が一番信じたくなくても。
(嘘、だ……そんな筈がない……彼女は、まだ若い筈、なら何らかの病気……村にいた頃は、そんなそぶりもなかった。それに、仮に彼女に病気があったとしても、この探知機に何らかな異常が出る筈……)
意味不明の全ての点を自慢の分析能力で納得できる回答を探り始める。
「これは、何らかの不具合を起こして、いや、僕が管理している機械だ。不具合を出す筈がない。でも、その可能性は、いや、ないないない」
困惑する脳に負担を掛けながらも尚も思考をフル稼働させる。
何か原因がある筈……頑なに女性の死を受入れず、自分の作った機械を弄繰り回す。
すると、ピンッ!
反応を示す光点を見詰める。
「これは!?」
意味不明の位置に光りだした一粒の点。
指し示す意味は、ずばり――
「この図式は、この世界の波長とは全く異なる一座標……WP18501……この世界の波長は、WP18510だから――くっ、かなり遠いな」
自分の村の外の世界を知らない十歳児、けれど彼の頭脳はこの世界より遥か遠い様々な世界が存在している事は知っていた。
そして、レオンが話していたWPとは、略された言葉で所謂WorldPointだそうだが、特に意味を込めて名付けた訳ではないそうだ。
村一番の大賢であるレオンは、その後すぐさま、新たな機械の開発に取り掛かる。
時空を越え、別次元に移動できる装置。
名付けて【時空渡り】の開発には、更なる時間を費やしたが、それでも五年しか掛かった。
全ての準備を整った天才児――今や十五歳――は、もう一度恋焦がれる女性の座標を確認する。
「ん?また座標が変わっているではないか」
しかし、もう一つ見落としていた点に気づく。
「これは、【WP18501→18495】【WS-×16→±0】」
これを見た瞬間、レオンは驚愕し絶句する。
WS――WorldSpeed――が示す-×16は、自分の世界を基準に女性が向かった先の世界より16倍も遅いという意味。
つまりは、女性が向かった世界でこの世界が経ったのが七年だとすると、あの世界では既に112年以上が経っている計算になる。
自分達の寿命を考えても、当に死んでいる筈。
だが、これが事実なら何故また時空を越え、また別の世界に迷い込んでいる事になっている?
それでも信じて、レオンは時空渡りの設定を弄り、目標地点をWP18495に変更してスイッチを入れた。
「今、行くからな、サクラ!!」
彼の知る女性の名を叫び移動し始めた時空渡りのハンドルを握る。
高圧電流が流れ、移動の瞬間、研究所は綺麗さっぱり消し飛ばした。




