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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
学園編 ~新入生が天然美少女だった件~
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 EX2 秘めた思いの正体 ~アティラが知る好きとは?~

  EX2


 ドックン、ドックン――

 狂気の眼を向けながら手を伸ばす男子生徒をアティラは、怯えた目で拒絶していた。

 ⑤番目のバッジを狙っていた生徒の眼の底には、相手を気遣う、いや、むしろ他人に構うような眼をもってなどいなかった。

 眼の向こう側には何も映らず、ただ自分のみ考えているように。

 初めて感じた【恐怖】、しかも同種の生物から感じるなど……それが余計に恐怖を膨らませた。

 ピンチに陥り、それを救ってくれた仁の大きな背中が【恐怖】を遮る。

 さっきまで緊張が張り詰められていた筈なのに、いつしか消えてなくなっているのを感じ取ったアティラは、何故と自問する。

 何故、安心しているのか?

 その答えが目の前にあった。

 仁が男子生徒の腕を掴み取り、それを追い払って自分の目の前に立つ。

 たったそれだけなのに、何故こうも安心できるのかを再度自問する。

 何故?――、と。



 あの一件以来、アティラは仁の事をもっと思うようになり、隣で歩くのが心の底から嬉しい気持ちでいっぱいになっている事にも自身は気づいていない様子。

 だが、変わった事がもう一つあった。

 それは、仁に近づくと胸の動悸が妙に早くなっている事だ。

 意味も解からず、かと言ってムズムズする気持ちも耐えられず、春香に相談する事にした。


「アティラさん、それって……絶対にコイ(・・)ですよ!」

「鯉?魚ですか?」

「違うわ、恋ですよ、恋……ん~ん、そうだな――アティラさんは、仁の事好き?」

「はい、好きです!!」


 満面な笑みで即答するアティラに対して、春香の反応は隠す隙すらなく呆れ顔だった。


(この子、全然わかっていないな~)


 おそらくアティラが意味する好きは、ご飯が好きと同じレベル。

 つまり、恋愛に関して全くのド素人。

 アティラの過去を知っている春香だからこそ、彼女を責める事などはできない。

 何故なら、アティラは今まで動物達と触れ合った事がないのだから。

 そんな相手にどうやって、恋愛云々を説明できようか?

 恋愛は言わば完全に感覚。

 知るよりも感じろ、という数少ない説明方法なのだが、アティラに関してはそれすら無理が見える。


「良いですか、アティラさん……恋というのはね、その人と一緒にいたい気持ちやその人と一緒にいて幸せだな~、と胸の奥がドキドキと感じる事なんです」


 一通りの説明はしたものの、さすがの春香でも恋の説明をするのも中々難儀である。

 アティラは、目を瞑り、右手を顎に当てながら深く考え出す。

 一緒にいて楽しい気持ちや嬉しい気持ち、幸せな気持ちになって胸の奥がドキドキとする。

 その感覚が当てはまるのは、いつだって隣には仁がいた。

 だけど、それはこの世界に来てからの話。

 元の世界では、多くの仲間に囲まれていた頃、アティラは毎日が楽しくて、グリズリーと共にしていた時間がとても幸せだった事も思い出す。



 ■■■■



 これは、アティラがまだ十歳も満たない頃のお話。

 初代グリズリーがアティラを見つけ出してから七年、二人で暮らしていた。

 グリズリーは基本一匹で生きる動物なので極稀にアティラと共に森の奥にある広場に向かい、他の動物と触れ合う機会をアティラに与えていた。

 自分一匹では面倒見切れないなどと言い訳をしながら、アティラにこの世界の事をもっと知って貰おうと、自分なりに努力していた。


「珍しいわね、貴方(あんた)がここに来るなんて……明日はもしや雨でも降るのかしらね」


 綺麗で白い毛並みを持った白狐(びゃっこ)がグリズリーに尋ねる。


「うるせぇ……たまには、散歩でもしたい気分なんだよ!喰われてぇのか!?」


 どうしようもない照れ隠しで言い訳をするグリズリーにコンコンコンと笑う白狐。

 彼が何と言おうとアティラの事を大事にしている事は、この周辺にいる動物全員が知っている。

 たとえ、どんなに冷たい態度を取ろうと、アティラを預かると言った時点でそんな強がりを言う必要性は皆無だというのに。

 全員が知る優しいグリズリーの一面。

 彼が行う全てはアティラのためであり、それが以外にもグリズリーが微笑む回数を増えた事におそらく本人も気づいていないだろう。

 どういう理由でアティラを預かる決心したのか、誰にもわからない。

 昔は、この辺で暴れまくる暴君だったグリズリー。

 何がきっかけで変わるものなのか。

 本当にこの世も不思議で溢れかえっている。

 勿論、動物達はグリズリーが何故アティラを預けようと思ったのかを知りたい気持ちで一杯であるが、素直に話してくれるグリズリーではあるまい。

 彼の行動を見守る以外、何もしない――いつしか、暗黙のルールとして定着していった。



 ※※※※



 ――俺自身、何故こんなガキを拾ったのかが不思議でならなかった……最初は喰ってやろうという思いで大きく口を開いて、そのガキの命を奪おうとしていた――


 だが、そんなグリズリーの行動を見ていた小さな子供は、グリズリーの鼻を撫で下ろし笑ったのだ。

 今からその命を奪おうとする者に微笑み掛けられる女の子が気になるようになり、グリズリーは、口を離した。


「おい、ガキ!何故笑う?!」


 見かけない毛がない動物、そんな女の子に言葉が通じるとは思っていなかったが一応声を掛ける。

 女の子は、人差し指を口許に当て、首を傾げる。


 ――やはり、通じないのか?……俺は、何を期待して……


 時間の無駄だと思うグリズリーだが、何故期待したのかもわからず、何故そんなに目の前の女の子が気になるのか判らず仕舞いだった。


「茶色いモジャモジャだ」


 えへへへ、と笑い、女の子はグリズリーの毛を撫で回す。

 自分の身体を触られる感覚は随分昔に忘れていた。

 女の子が全身でふわふわとしたグリズリーの身体を堪能する。

 温かく柔らかいその身体に眠気が襲い掛かる。


「茶色のもふもふ……私――すぅ~」


 寝落ちする。

 グリズリーは、その時異様なまでに驚いていた。


 ――言葉が通じたのか?


 そして、何故が自分自身も嬉しい事に気づく。


 ――何故、こんなガキに嬉しくならなければいけないんだ!!


 暴君として、恐れられてきたグリズリーがたかが女の子の一人も怯えさせる事ができないとは、情けなさで胸が一杯の筈なのに……そんな小娘の前にいると自然と苛立ちが消え行く。

 静かに、そして無防備な寝姿。


――何て、か弱い娘だ……腕も足も胴体もこんなにも華奢で触れるだけでも折れそう……一人で何もできない小さな生き物……誰かが傍にいなければすぐにでも()()んでしまう弱々しい生き物。


 自分でもおかしいとさえ思っているグリズリー……まさか、自ら少女を守りたいなどと考えてしまう何て思いもしなかったであろう。

 だが、感情には抗えない。

 彼女を食べようとしたグリズリーの鼻を笑顔で撫でた。

 自分よりも数倍強い生き物に対して畏怖すら感じずに触れ合おうとした。

 そんな少女に魅了されたのだ。



 グリズリーが親と離れ離れになったのは、一歳半を過ぎた頃――ある程度自分で餌を取れるようになって、それっきり親と別れた。

 図体は既に大人並みだが、それでも誕生してからまだ一年半しか経っていない。

 一人で暮らすのにはあまりにも寂しい思いを味わなければならなかった。

 不安と孤独感が常に纏わり付き、二年の月日が経った頃、グリズリーの心には誰も埋められない空洞が開いていた。

 関わり合いの扉を閉ざし、常に強くあれるように力を付けては、片っ端から喧嘩を吹っかけた。



 そんなグリズリーが今、初めて誰かと心を通わせようとしている。


「小娘、俺と一緒に行きたいか?」

「一緒に?……うん……一緒に行く……」


 少し寝ぼけて、両目を擦りながら頷く少女。


「そうか……じゃあ、共に俺の洞穴(いえ)に行こう!」


 グリズリーは、少女を背に乗せ、移動し始めた。



 共に暮らし始めてから数日後、グリズリーは、ふと少女に対して考え事をしていた。


「グリズリー、何考えているの?」

「いや、小娘、名前を考えているのだ……流石に小娘と呼ぶわけにはいかない」


 他の動物と違って、少女の正体がどのような動物なのかは知らない。

 何故なら、目の前の少女以外、見た事がないからだ。


「名前?べつに良いよ、今まで通りで」


 少女は、グリズリーの足に跨り笑いながら前後に動く。


「いや、決めたんだ……君に名前を与えるって……アティラってのはどうだ!!」


 何故に、そんな名前に至ったのかが気にはなるが、おそらく適当に言ったのであろう。


「アティラ……アティラ――」


 何回もアティラと口にして少女は、グリズリーに振り向いた。


「うん!!この名前、好き!!」


 適当に言った筈なのに、でも嬉しいそうにグリズリーも微笑む。


「そうか、そうか。気に入ったか……良かった良かった!!」


 お互いに笑いながらじゃれ合う。



 それからの日々はただただ楽しくて、二人で遊び、二人で食べ物を拾いに行ったりして時間だけが過ぎ去っていった。

 アティラと名づけられてからは、多くの動物がいる広場に下り、最初はグリズリーに怖がって顔を出す動物はいなかった。

 しかし、じゃれ合う二人を見ている内にだんだん動物達が集まるようになっていた。

 そして、いつしかグリズリーは、孤独感を感じなくなっていた。

 誰にも相手にされていない自分は強く生きなければならない、とずっと信じていたグリズリーは、今の光景を見てどう思うのだろう?

 ずっと欲しかった温もりがアティラと一緒に暮らすようになってようやく叶った。


 ――アティラ、俺は君と出会えてよかった……諦めてしまったものを、ずっと焦がれていたものを、ようやくこの眼で見届ける事ができた……


 グリズリーは、優しくアティラの頭を撫で下ろした。



 ※※※※



 この胸の高まりは何なのだろう?

 アティラが頭を撫でるグリズリーを見上げながら、胸の奥に潜む何かに疑問を抱く。

 共に過ごしているグリズリーとの日々は幸せで、心が休まり――何より、自分と一緒に暮らそうと言ってくれた事をとても嬉しい感情として残っている。



 ■■■■



 長い思い出を蘇らせながら、アティラは眼を見開き、春香に真剣な眼差しを向ける。

 春香が言う【恋】が一緒にいる仁にドキドキするなら、グリズリーと一緒にいた時も同じ感情なのだろうか?


「春香さん……私、熊さんの事好きですよ――」


 アティラの中に答えを見つける事ができた。

 誰とも知らない自分を助け、住処まで与え、どこまでも優しい家族に包まれている。

 かつて、グリズリーがしたように――



 春香は、アティラの反応を見て、目を丸くする。


(あれ、何で私、ライバルに塩を送るような真似を……?)


 ようやく自覚する。

 表にでないよう押さえ込んでいるものの、慌しく心情が取り乱している。


(私は、何て事をぉぉーーー!!)


 だが、アティラの次の言葉を聞いて心が落ち着くのを実感する。


「――家族として♪」


(哀れな、仁……そして、アティラさんそれはまた別の好きです)


 いつの間にか春香の感情が仁への哀れみの感情に矛先を変えていた。

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