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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
学園編 ~新入生が天然美少女だった件~
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第20話 本当の決着と黒幕

  36


(しまったぁーー!!アティラさんを置いてけぼりにしてしまった!!)


 何もしていない自分への焦りと無力感を脱するために、せめて最後のバッジをどうにかして手に入れようと密林に向かった仁。

 だが、突発的な行動で後先考えず前進し、アティラの存在をうっかり頭の隅っこに追いやってしまう。

 だが、今更振り返る訳にもいかない。

 残りの一つは、確実に誰かが狙っているのだから。


(すまない、アティラさん、今度こそ自分にできる事をやってみるから)



「とは、考えたものの、やっぱり考えが甘すぎたか?」


 密林に到着してすぐさま床に転げ落ちているバッジを手当たり次第に漁る。


「違う……これも違う、あああぁぁぁ、もうどれなんだよ――イテッ!!」


 頭の上を軽い衝撃が降る。

 決して痛いって言える程の痛みではないが咄嗟な故に勘違いしてしまう。


「何だこれ!?」


 落ちた小石程の大きさの物を拾い上げると、そこにはバッジがあった。


「これが、上から落ちたと言う事は……」


 盲点だった。

 何故に地面を探るだけに限定してしまったのか、考えの甘さが身に染みて出て来る。

 木の枝にも引っ掛かっている可能性を最初から捨てさえいなければどうにか鳴ったのかもしれない。


「よし、今度こそ見つけ出してみせる!!」


 得意の木登りで高さ五メートルもある樹木を軽々と登りきる。

 しかし、その足場は非常に不安定で――


「アアアアアアァァァーーー!!」


 ドーン。


 踏み間違えれば確実に落下する。

 幸い、林中に茂みがそこら中に生えて、クッションの役割を果たしている。

 だが、それでも尚落下による衝撃は強烈で生傷が絶えない。

 百も承知で仁は、改めて木々に登り続ける。


「くそ、これでもない……こっちも、これも……っく!」


 時間がどんどん押してくる。

 誰かがもう既に入手して、ゴールを目指している可能性もある。

 だが、それでも探し続ける。

 残された僅かな可能性がある限りどこまでも。


「きっとある、必ずある。あっちゃいけないんだ」


 何度も落下し、制服も身体もボロボロになりながらもそれでも手は止まらなかった。

 そして、遂に――


「やった、見つけた……見つけたぞ」


 太陽と平行してバッジの輝きが反射する。

 確かに刻まれている⑤の数字が複数の切り傷と共に見詰める。

 本当にあったんだと思い、瞬間、一気に全身の気力が緩む。

 がくがくの歩きで、本当に身体のあっちこっちが痛みに冒されている。

 歩くのも、少し残っている気力で動かしているようだ。

 左足も少し引き摺って、真っ直ぐ密林を進んだ。



 出口もわからない。殆ど勘で移動していた仁は奇跡的に密林を脱出し、丁度出て来た所にアティラも到着していた。


(へへへ、これで……俺も何か貢献できたのかな)


 腫れた目をアティラに向けながら口角が僅かに上がっていた。


(後は、アティラさんにこのバッジを渡せば……そういえば体育館のリストバンド、取ってなかったな……どうしたのかな)


 まるで死に行く自己語りをし始めた仁は、近づい来るアティラの左手に赤い何かを視認する。


(やっぱり、抜かりないな、アティラさんは……)


 ここまで来れば残すはゴールするのみ。

 だが、仁の今の状態では動けないそうにない。



「熊さん、大丈夫ですか!?」


 駆けつける少女は、倒れ行く少年の身体を支える。

 傷だらけの少年を見て、少女は酷く驚くが、少年は掠れた声で何かを囁いていた。

 右拳を少女に向け、その手を開いた。

 ストン、と落ちたそれは、少女と少年に取って、またはこのレースに参加する全ての生徒に取って、凄く大切なラストチャンス。

 バッジを手にした少女は、ゴール一直線に走るだけだが、少年を見捨てるような事はで着なかった。

 その僅かな戸惑いが、⑤番目のバッジを発見した一人の生徒が叫び出す。


「ここに、最後のバッジがあるぞ!!」


 八方に散っていた視線が一気に少女目掛けて振り向く。

 三十人程度集まり、少年と少女を囲う。

 逃げ場をなくし、一人の男子生徒が迫った。


「なあ、アティラさん。そのバッジをこっちに渡してくれない、ペナルティーだけは嫌なんだ……どうしても」


 焦りと不安と恐怖。

 これらが、生徒の判断力を曇らせ、正気じゃない目をさせている。

 無自覚の殺気に似た気配をアティラは感じた。

 彼らの視線に気圧され、初めて恐怖を味わった。

 近づくその右手に恐れおののき、だが、バッジは絶対に渡さないと強く握り締める。


「止めてください!!」


 この試験では勿論、怪我をさせる真似は見過ごさないが、奪うだけなら先生達はそれを見守る。

 生徒の行動を、思考を、この学園に通い続けられる資格を見定める。

 如何に奪い取れるかを、如何に守れるかを……これも一つの教育として見守る。


バシッ


 驚いた男子生徒は右手を捕まられている事に気づき、捕まえている人を見る。


「おい、何してんだ……アティラさんが怖がっているじゃないですか……」


 少年はギラリと鋭い視線を男子生徒に向け、右と左、交互に周りの生徒も見る。

 威嚇(いかく)のつもりで放たれたに気圧され、全員が一歩下がる。



(このまま、下がれよ……流石に全員相手はできないし、体中痛いし、怖いし、何より身体が全然動かねぇ!!)


 仁は、震える手を押さえながらズバッと男子生徒の腕を振り払う。

 立った事を奇跡と思いながら、アティラを守る姿勢で同学年の生徒達に威嚇をし続ける。


「く、熊さん……」


 今まで震えていた身体がいつの間にか止まっていた。

 アティラは、目の前に立つ仁の姿を初めて会った時と重ね合わせる。

 そして、心の底から安堵し、また何時(いつ)かのように胸の奥がムズムズするのを感じる。

 自分自身でもこの感情の正体が何なのか解からない。

 甘い痛みを感じた事もないアティラに取って、それが何を意味するのか、何故仁の前にだけ表れるのかも解かっていない。


「大丈夫ですから」


 笑顔で振り向く仁の顔を見て、アティラはさっきまで恐怖していた事を忘れさせる。


「はい!!」


 元気な返事が返され、仁の頭の中では。


(やべぇ、もう後に引けないな、だが、せめて退路を作らなきゃな)


 息を大きく吸い――


「うおおおおおおおーーーー!!」


 最後の力を振り絞るように、腹の底から叫び出す。


「アティラさん、道が開いたら真っ直ぐゴールを目指してください!!」


 仁は、自分が身に付けているリストバンドをアティラに手渡すと一気に突撃を仕掛ける。


「退け退け、道を開けろぉ!!」


 まるで獣のような声と走り方。

 とても怪我しているようには思えないその勇ましさに怯み、何人かは腰が抜けて尻餅を突き、その他は、道を開くように退けた。


「アティラさん、今です!!(イッテェェェ!!)」


 転げ落ちた仁は、アティラに叫ぶ。

 アティラも決死の覚悟で開いた道に真っ直ぐ身を進ませる。


「何、怖気づいているんだ!!」


 誰かの叫びが生徒全員の意識を戻し、アティラの跡を追う。


「させるか!!」


 仁は一番先頭にいた生徒にしがみ付き、大勢の生徒の邪魔をする。


「離せよ、おい!!」


 蹴られ殴られ、傷もどんどん広がるが、仁はそれでも笑ってみせた。


「へへへ、何よしようが俺達の勝ちだ」



 ――ゴール、3位決定ぇぇ!!これにて、今試験を終了とする。



 最後の優勝者を掲げ、長かった障害物競走、一年の部が終了した。

 怪我人は仁を除いて、切り傷少々の生徒が六人だけ。

 仁は、グラウンドに大の字で空を見上げていた。


「やっと、終わった……はぁはぁ……もう身体は一歩も動けねぇ……」


 明日の分の力を出し尽くした感じで、翌日に来るであろう筋肉痛に少し恐れて、ため息を吐く。


「熊さ~ん。救護班を呼びましたから、しっかりして下さい」


 慌てた様子の顔で近づいたアティラは、そっと仁の頭を持ち上げる。


「へへへ、ちょっと無茶してしまいました」

「全くです!!」


 頬を膨らませ、眉間のシワが寄せる。


「アティラさん、怒ってます?」


 表情にはっきりと映っているが、念のために尋ねる。


「当たり前です!怪我している上に、身体に余計な負担も与えて……本当に心配していましたから……」

「痛い痛い、痛いですよ、アティラさん」


 アティラは仕置きに仁の頬を抓る。


「でも、勝ちました。俺達の勝利だ!」


 ニカッと笑い、アティラは朗らかに微笑んだ。


「そうですね……大勝利です」



 その後も、二年、三年の障害物競走も無事に終わり、空は既に茜色に染まっていた。

 学園長は、発表を言い渡すためにマイクの前に立ち語り始める。


『本日を持ちまして、身体能力試験を終了とします。そして、発表前に今回の障害物競走を担当した方を紹介したいと思います。では、上がって貰いましょう――熊野明日香(・・・・・)さん』


「なんですとぉぉぉぉーーーー!!」

(なんですとぉぉぉぉーーーー!!)


 仁は、思っている事と実際に喋っている事が一致していた事には気づかなかった。

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