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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
学園編 ~新入生が天然美少女だった件~
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第19話 決着前の大波乱

  35


 黒。

 これが体育館に入った最初の印象だった。

 言葉が曖昧なら、この部屋は『無』だ。

 何もないといいたい、だけどそれだと誤解を招く、だから敢えての『黒』だ。

 冗談でも、ふざけている訳でもない。

 ただ、ここがあの馬鹿でかい体育館だと考えると合点がいかない。

 例えるのならここに入った瞬間、感覚的には小さな部屋に入っていると言われれば信じられる。

 そう思える程、ここは――


「暗いですね」


 正しくその通り。

 ここ、星ノ宮学園の体育館は現在闇よりも黒く塗り潰されている。

 原因は明白、窓や扉、あらゆる出入り口付近が遮光性のマントが張り巡らせているからだ。


「そうですね」


(これが最後のステージ)


 やはや面白い事を用意してくれる。

 最後のステージが暗闇ステージだったとは……何とも面白い発想。

 何とも適当な設定。

 ここでバッジを探せという。

 浅はかな思いつきなのか、それとも何らかの意図があってそうしているのか、未だにわからない。

 だが、確信して言える事とすれば、それは――


(ここで、どうやってバッジを探せばい・ん・だ・よ!!)


 当然このような考えが出始める。



「ちょっと、どこ歩いているのよ!?」

「仕方ねぇだろ、真っ暗なんだから!」


 慣れ親しんでいる口調で口喧嘩をするペアの声が体育館の中から聞こえる。


「今の声って……」


 だんだんと声が近づき真横からまた別の女性の声がしてくる。


「望さん、春香さん、そこにいるのですか?」


 こつこつと聞こえていた足音が収まり、逆に暗闇の奥底からまたペアの声がする。


「その声って、もしかして……アティラちゃん!!」


 足音が加速していく音だけが聞こえ、うっとしい声は望である事は明らかだ。


「やっぱり、望さんだったんですね」


 暗闇の中に人間のシルエットがようやく見えてきた。

 そのすぐ後ろにもう人影。


「全く何勝手に走り出すんだよ……ってアティラさんに仁!?」


 春香驚いた様子で現れる。


「ふふふ、邪魔するなよ、仁、何せ俺達は、ドーン、リストバンド三つと――この⑤番目のバッジが集まったんだからな!!」


 自慢げに全てのアイテムを揃え、ふてぶてしい言い方で望は吼える。


「これで、俺達は1位を――」



 ――おーっと、1位通過者が出ましたぁーー!!



 校内アナウンスが鳴り響く。


「な、な、何ぃーーー!!」


 そんな馬鹿な、と言いたげそうな顔で悲鳴を上げる。

 完璧に1位を取る気でいた望は、暗闇の部屋で偶然にも踏みつけたバッジが⑤番目だと気づいた時には自分の運気を疑ったものだ。

 だが、これが神から与えられた天命だと信じて、帰り道に迷ってしまった。

 おそらく、いや確実に1位を取れていたものを痛々しいミスで出遅れた。


「何やっているんだよ、アホむ!!」


 さらりと名前と罵倒を合体させ、春香は望を蔑む目で見やる。

 彼の襟首を掴み、猛ダッシュでゴールを一気に駆け抜ける。


「じゃあな、仁、アティラさん……ゴールで待っているから……」


 アティラと仁は流石に二人の茶番に苦笑をする。

 だが、状況はかなりまずいと言っても過言ではない。

 三つのバッジの内、既に二つも見つかっている。

 残すは後一つのみ。


「この体育館で望達が一つ見つけたとすると、残すのは校舎内か密林……だけどさっき校舎内には血眼に

探しても見つからなかった……だとすると残された三つ目のバッジは――おそらく……あの密林の中……はは、ははは、アティラさん、俺もう気が遠くなりそうです」

「諦めては駄目ですよ、熊さん!!密林の中にあるのならまだ可能性が残っています、きっと!!」


 またあの密林に入らなければならない、そう思った瞬間仁の心がポキッと折れる音が聞こえたのは気のせいだろうか。

 その隣で彼を元気つけようと根拠の無い言葉を投げ掛けるアティラ。

 どのステージでもバッジを探し当てるのは至難だ。

 しかし、難易度で見比べて見ると校舎内、密林、体育館の順に難しさが並び替えられる。

 だから、一番簡単だった校舎内を誰かが見つけ出し先にゴールをした。

 そして、奇跡に近い確率で体育館で見つけた望もまたゴールを目指している。

 残すは中間難易度の密林だが、これも中々難しい。

 密集している木々に様々なバッジが転げ落ちている。

 ここでこの状況を立派にきっぱりと合う(ことわざ)がある。

 それは――木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、ならバッジを隠すならバッジの中。

 そして、木と人とバッジが集まっている場所はというと、そう密林だ。


(本ッッッッ当に――心が折れそう……)


 その中で⑤番目を見つけ出すには、望に近い奇跡が必要になってくる。

 仁は涙を流しながらも、アティラにこれ以上格好悪い所を見せて堪るかの気持ちで、置き去りダッシュを決め込む。


「く、熊さん?!」


 感情を所々変わり行く様を見ながら、驚愕した表情で離れる仁を見る。

 だが、アティラは、まず、体育館の入り口の赤いリストバンドを手に取り、左手に飾る。

 振り向いた時には、仁の姿が何処にも見当たらない。


「ど、どうしよ~?」


 逸れてしまえば、あの密林の中で合流するのはかなり困難だ。

 見つける所かすれ違うばかりで正直にいって時間の無駄だ。



――2位通過者、決定!!



 望と春香がゴールした知らせが鳴る。


「そっか、望さん、春香さんゴールしたのですね……私も、頑張らなきゃ」


 小さなガッツと少し目線を高くして気合を入れ、仁の後を追う。



 密林付近まで着いたアティラは、目を丸くして立ち尽くしていた。

 制服に幾つも裂け目が開き、少しばかりか右腕で一番大きいな穴の底には赤く染まっている。

 はぁはぁと小刻みに激しく呼吸をし、汗もたらたらと零している仁の姿があった。


「く、熊さん!?大丈夫ですか!?」


 体中に切り傷だらけ、ワイシャツのボタンも上一個、下二個喪失。

 こんな短時間でこれだけの傷をどう負えようか、不思議にならない。

 アティラが駆けつけるまでおよそ、六分。

 だが、仁の目は輝きを帯びていた。


「へへ、いつまでも情けない姿を晒す訳にはいきませんからね……はぁはぁ」


 腕を上げるのが精一杯の仁はへらへらと握り締めている右拳をアティラに見せる。


「……アティラさん、これを……」


 両手を合わせ、受け皿のような形で、仁の右手の真下に移動して、仁は隠し持っている何かを落とした。


「これ、は……熊さん……」


 咄嗟に仁の方を見やる。

 両手に落ちた小石程の大きさの鉄製の小物。

 その中央に⑤の数字が刻まれていた。

 これで全てのリストバンドとバッジが揃った。

 残すは、ゴールを目指すのみ。

 だが、仁の身体はバッジを探すために非常な体力を使い、その上傷だらけになって帰ってきた。

 身体は、指一本すら動けない状態でゴールするにはあまりにも無理がある。


「おい、こっちに⑤番目のバッジがあるぞ!!」


 ざわめく空気の中、一人のペアが仲間を集めるように叫び出す。

 残り一つの⑤番のラスト一個。

 それに釣られないペアは一人としていない。

 気づけばアティラは総数三十人以上の人に囲まれていた。

 オオカミの集団に囲まれている気分。

 生徒達はペナルティーを恐れてか正しい判断ができていない。

 それを裏付ける根拠に生徒全員の目が恐ろしい程に見開いていたからだ。

 バッジが見つけ出せないストレスやペナルティーへの畏怖が彼らをそうさせた。



(くっ、身体が重い。意識もはっきりしない……アティラさん困っている顔……周囲に同学年のやつら……やれやれ、情けねぇな、俺……決めたじゃねぇか、あん時、アティラさんを守るって……)


 掠れる意識を根性で保たせる。



(どうしよ、このバッジを取られる訳にはいかない……折角、熊さんが取ってくれたのに)


 少しの疲労が出始め、アティラは、⑤番目のバッジを強く胸辺りの服と一緒に握り締める。

 努力を尽くした仁がようやく手に入れたバッジを易々と渡す訳にはいかない。


「アティラさん、悪いけどそのバッジ渡してくれない、ペナルティーだけはいやなんだ」


 裏返った声で右手を差しながら男子生徒の一人がアティラに近づく。

 ねぇねぇ、と気分を害するような声、アティラは初めて人に恐れを感じる。



 瞬間、パンッ。


「おいおい、アティラさんが怖がっているじゃないですか……」


 霞む視界にやっとの思いで立った仁は男子生徒の右腕を強く握る。

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